第25話 消えたはずの男
丘の上に、風が吹く。
乾いた草が揺れ、ガルドの赤茶の髪がわずかに乱れる。
俺を見つめるその目は、動揺と怒りと、理解できない何かで満ちていた。
「……幻かと思った」
低い声。
「だが違うな」
はっきりと、俺を見ている。
以前は視線が滑った。
存在確率が低すぎて、認識が曖昧だった。
だが今は違う。
未記録層との接続が、逆に俺の輪郭を強めている。
「久しぶりだな、ガルド」
口に出すと、妙に現実味があった。
彼の顎が強張る。
「久しぶり?」
乾いた笑い。
「お前は死んだ」
「死んでない」
「消えたんだ」
正確な言葉。
彼は見たのだろう。
俺が“なかったこと”になる瞬間を。
パーティを追放され、記録から削られ、存在が薄れたあの夜。
「……何があった」
ガルドが一歩近づく。
背後で、リゼとグレイスが無言で状況を観察している。
ミアは俺の袖を握ったまま。
「説明は長い」
「時間はある」
「七日しかない」
俺の言葉に、ガルドの眉が動く。
「七日?」
「世界が削られるまで」
風が止まる。
沈黙。
「……また大げさなことを」
だが、彼の声に迷いがある。
丘の向こう、空がわずかに歪んでいるのが見えるはずだ。
「見えてるだろ」
俺は指をさす。
雲の一部が、薄く欠けている。
ガルドは目を細める。
「……あれは」
「侵食」
単語が重く落ちる。
ガルドはしばらく空を見上げ、やがて俺に視線を戻す。
「お前がやったのか」
直球だ。
否定はできない。
「一部は」
正直に言う。
「だが、止めようとしている」
「止める?」
「削る世界が生んだものだ」
言葉が、彼の理解を越えているのがわかる。
だが、彼は頭の回転が遅い男ではない。
剣だけの男でもない。
「……お前、昔から無茶だったな」
小さく呟く。
思わず、苦笑が漏れる。
「お前が前に出るから、俺は後ろで支えた」
ヒーラーだった頃。
傷を癒し、死を削り、仲間を守った。
「なのに」
ガルドの拳が震える。
「なんで俺に言わなかった」
「何を」
「消える前だ」
目が、怒りで揺れる。
「一言でも言えただろ」
胸が痛む。
あのとき、俺は削られかけていた。
存在確率が低下し、言葉も届かなくなっていた。
「言えなかった」
それが真実だ。
「……ふざけるな」
ガルドの声が荒れる。
だが。
その奥にあるのは怒りだけではない。
後悔だ。
「俺は」
低く続ける。
「お前を追い出した」
空気が止まる。
丘の上で、誰も動かない。
「役に立たないって」
拳が白くなる。
「弱いって」
言葉が、重い。
あの夜の記憶が蘇る。
俺は笑っていた。
削ればいいと、どこかで思っていた。
傷も、因果も、仲間の不信も。
削ればいいと。
「……弱かったのは俺だ」
ガルドが言う。
俺を見る。
「お前が消えたあと」
声が震える。
「ずっと、胸が変だった」
違和感。
削られた記録の残滓。
「何か大事なものを忘れてる気がして」
未記録層の粒子が、記憶を揺らした。
「それで来た」
「なぜ今」
「空が、欠けたからだ」
歪みが、記憶を繋いだ。
俺は静かに言う。
「七日後、本体が来る」
「本体?」
「界喰い」
初めてその名を聞いたガルドは、顔をしかめる。
「……化け物か」
「削られた世界の堆積だ」
「わけがわからん」
「俺もだ」
苦笑する。
だが、目は真剣だ。
「協力してくれ」
ガルドは一瞬、驚いた顔をする。
「俺が?」
「前に出るのはお前の役目だ」
昔と同じだ。
違うのは。
今度は削らない。
均す。
ガルドはしばらく黙り込む。
風が、再び吹く。
やがて、低く言う。
「……借りは返す」
短い言葉。
だが、十分だ。
グレイスが小さく息を吐く。
「戦力増強は歓迎だ」
リゼが静かに告げる。
「元パーティとの再接続は、あなたの存在安定度を上げる」
「どういう理屈だ」
ガルドが眉をひそめる。
「名を呼ばれ、記憶されるほど、彼は固定される」
存在確率が上がる。
削られにくくなる。
ガルドは俺を見る。
「アルド」
はっきりと名を呼ぶ。
胸の奥が、わずかに温かくなる。
輪郭が、わずかに濃くなる。
未記録層の冷たさが、少しだけ後退する。
「……ありがとう」
小さく言う。
「礼は七日後に言え」
ガルドが剣を背負い直す。
「生きてたらな」
その言葉に、誰も笑わない。
七日。
世界規模侵食までの猶予。
過去と、現在と、未記録層が交差する。
空が、またわずかに揺らぐ。
時間は、止まらない。
俺は丘の上から町を見下ろす。
守る。
削らずに。
喰わせずに。
七日後。
本体が来る。
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