第22話 空白の対話
落ちる。
光も、音も、重力もない。
ただ、白。
未記録層。
二度目だ。
だが前回とは違う。
今回は、自分の意志ではない。
削った未来の残滓が、俺を引きずり込んだ。
体の感覚が曖昧になる。
輪郭が溶ける。
存在確率が、急落しているのがわかる。
――削ったね。
声が、直接思考に触れる。
前に聞いた影の声とは違う。
もっと幼く、もっと濁っている。
白の中に、黒い粒子が集まる。
形を取る。
人型。
だが、内部は空洞。
虚無色の瞳が、こちらを覗く。
「こんにちは」
無邪気な声。
「また来たね」
「……界喰い」
名を呼ぶ。
それは嬉しそうに笑う。
「うん、そう呼ばれてる」
近づいてくる。
足音はない。
ただ、距離が縮む。
「君、優しいよね」
首を傾げる。
「迷うから」
胸が軋む。
「迷わなかったら、さっきの人は死ななかった?」
言葉が刺さる。
「削れば助かった?」
沈黙。
界喰いはくすくす笑う。
「でも削ったら、僕は強くなる」
両手を広げる。
「どっちも僕のごはん」
理解する。
削る未来も。
迷いの時間も。
選択の重さも。
すべてが餌だ。
「お前は……何だ」
問いかける。
界喰いは少し考える仕草をする。
「削られたもの」
即答。
「なかったことにされたもの」
白の空間に、影が浮かぶ。
戦争。
封じられた疫病。
隠された失敗。
削除された歴史。
「いっぱい削った」
無邪気な声。
「いっぱい落ちてきた」
それらが、積み重なっている。
未記録層は廃棄場ではない。
堆積層。
「だから喰べる」
「復讐か」
「ちがうよ」
笑う。
「おなかすいた」
純粋な欲求。
悪意ではない。
だが止まらない。
「君も同じだよ」
指を差される。
「削るとき、ちょっと安心したでしょ」
息が詰まる。
守れたという感覚。
選べたという感覚。
確かにあった。
「だから僕は生まれた」
界喰いの瞳が、近づく。
「削る世界が、僕を作った」
否定できない。
俺も削った。
守るために。
だが。
積み重なれば。
「止めたいなら」
界喰いが囁く。
「削らないで」
簡単な答え。
だが不可能だ。
削らなければ、救えない命がある。
「均衡を保て」
低い別の声が響く。
前回の影。
冷たい、静かな声。
界喰いの背後に、淡い輪郭が現れる。
「喰うだけでは崩壊する」
影が言う。
「削るだけでも崩壊する」
界喰いが不満そうに振り返る。
「うるさい」
「均衡」
影が繰り返す。
俺を見る。
「抱えよ」
簡単に言うな。
抱えきれなかったから、落ちた。
「お前はまだ軽い」
影の声。
「削った量に比して」
界喰いが笑う。
「もっと重くなればいい」
両腕を広げる。
「全部抱えれば、消えないよ」
誘惑。
抱えきれない重さ。
存在が崩壊する。
だが。
削るのも、喰われるのも違う。
「……再編」
呟く。
界喰いが首を傾げる。
「削らない」
「うん」
「喰わせない」
「え?」
未記録層の白を、掴む。
削られた歴史の粒子。
界喰いに流れ込む前の堆積。
それを。
分配する。
世界へ戻すのではない。
均す。
堆積を広げる。
一点に集中させない。
界喰いの体が揺らぐ。
「なにそれ」
粒子が散る。
集まりにくくなる。
「おなかすかない」
困惑。
影が、静かに頷く。
「均衡」
俺は息を荒げる。
完全には止められない。
だが。
界喰いの集中度を、下げられる。
成長を、鈍らせられる。
「つまんない」
界喰いが顔をしかめる。
「でも、いいや」
後退する。
「君、面白いから」
白の中へ溶ける。
影だけが残る。
「境界に立つ者」
低い声。
「次は地上で均せ」
未記録層が揺らぐ。
光が差す。
引き戻される。
ミアの声。
「アルド!」
視界が戻る。
瓦礫の上。
グレイスが陣を維持している。
ミアが泣きながら俺を抱えている。
俺は、地面に触れている。
存在している。
だが。
胸の奥が、さらに重くなっている。
削らなかった。
喰わせなかった。
だが。
戦いは、終わっていない。
グレイスが息を吐く。
「……戻ったか」
「ああ」
立ち上がる。
まだ、立てる。
界喰いは完全ではない。
均せば、鈍らせられる。
だが。
いつか本体が来る。
そのとき。
削るか。
抱えるか。
選択は、また迫る。
空が、ゆっくりと明るくなる。
新しい一日。
だが。
世界の均衡は、薄氷の上だ。
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