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救ったはずの仲間が、俺を忘れていた。〜追放ヒーラーは“存在を削る回復魔法”で世界の裏側に立つ〜 ―未記録層と界喰いの神話―  作者: 白銀レン


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第20話 削れない侵食

 焼けた石と、湿った土の匂いが混じる。


 夜はまだ明けていない。


 統合体を未記録層へ押し戻した代償で、広場の半分は瓦礫と化していた。


 消えた執行官の痕跡はない。


 血も、肉も、残らない。


 ただ、欠けた空間だけが現実を告げている。


 記録院は敗北した。


 その事実が、空気を重くしていた。


 グレイスは立ち尽くし、双剣をゆっくりと鞘に収める。


「……侵食規模、拡大傾向」


 冷静な声。


 だが、その奥に揺らぎがある。


「あなたの再編は有効だ」


 俺を見る。


「だが、出力が足りない」


「わかってる」


 胸の奥が、鈍く痛む。


 抱え込んだ粒子が、まだ沈殿している。


 未記録層の冷たさが、内側を侵食している。


 ミアが、そっと俺の袖を握る。


「アルド、まだ来る」


 その瞬間。


 瓦礫の向こう側で、何かが崩れた。


 家屋の壁が、音もなく消える。


 中にいた老人が、宙に浮く。


 足元がない。


 空白。


「……くそ」


 俺は駆け出す。


 削らない。


 だが、再編だけで間に合うか。


 老人の輪郭が、揺らいでいる。


 界喰いの粒子が絡みつく。


 再び、分体が現れる。


 だが今度は、笑っていない。


 目が虚ろだ。


 統合体の残滓。


 未分解の侵食。


「削らないの?」


 小さな声。


「削れないよ」


 答える。


 削れば、餌になる。


 抱えれば、俺が崩れる。


 分体が、老人の胸に手を伸ばす。


 時間が伸びる。


 ここで再編すれば、助かる。


 だが。


 再編は分離。


 侵食の粒子を俺に引き寄せる。


 抱えきれなければ。


 未記録層への接続が暴走する。


 町ごと巻き込む可能性がある。


「アルド!」


 グレイスの声。


 彼女が跳ぶ。


 だが距離がある。


 間に合わない。


 削るか。


 削らないか。


 抱えるか。


 見捨てるか。


 ほんの一瞬の迷い。


 その瞬間。


 分体の指先が、老人に触れた。


 老人の上半身が、消えた。


 声もなく。


 残された下半身が崩れ落ちる。


 静寂。


 時間が戻る。


 空白が閉じる。


 分体は満足そうに目を細める。


「おいしかった」


 そして、霧のように消えた。


 俺は立ち尽くす。


 削らなかった。


 抱えなかった。


 迷った。


 その結果。


 死。


 明確な、消失。


 グレイスが息を呑む。


 周囲の人々が悲鳴を上げる。


 今度は、見えている。


 侵食は可視化されている。


「……守れなかった」


 声が、震える。


 胸の奥が焼ける。


 削れば助かったかもしれない。


 だが、削れば統合体が再形成されていたかもしれない。


 抱えれば、俺が崩れていたかもしれない。


 選ばなかった。


 だから。


 死んだ。


 ミアが、俺の背を握る。


「アルド」


「俺が」


 言葉が詰まる。


 削ることも、削らないことも。


 どちらも罪だ。


 グレイスが低く言う。


「これはあなたの単独責任ではない」


 だが、その声も硬い。


 現実は覆らない。


 記録院の執行官が敗れ。


 界喰いが町を喰い。


 そして。


 一人が消えた。


「削れない侵食」


 グレイスが呟く。


「再編でも、間に合わない規模へ移行している」


 遠くで、また建物が欠ける。


 侵食は止まらない。


 俺は、拳を握る。


 痛みはある。


 存在は、まだある。


 だが。


 均衡は崩れ始めている。


 未記録層の冷たい粒子が、胸の奥で囁く。


 ――均衡を忘れるな。


 だが。


 均衡は、人を救わない。


 俺は、初めて理解する。


 調停は、万能ではない。


 削らなければ救えない命がある。


 削れば、崩壊する未来がある。


 界喰いは、笑っている。


 どこかで。


 俺の迷いを、喰らっている。


 夜が、静かに明け始める。


 空が白む。


 だが。


 町は、もう以前の形ではない。


 俺の中にも。


 消せない死が、刻まれた。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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