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救ったはずの仲間が、俺を忘れていた。〜追放ヒーラーは“存在を削る回復魔法”で世界の裏側に立つ〜 ―未記録層と界喰いの神話―  作者: 白銀レン


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第18話 執行官グレイス

 界喰いの分体が消えたあとも、胸の奥の冷たさは消えなかった。


 抱え込んだ黒い粒子が、沈殿している。


 削っていない。


 だが、消えてもいない。


 俺の中にある。


「アルド、大丈夫?」


 ミアが覗き込む。


「……重いだけだ」


 事実だ。


 痛みではない。


 負債の重み。


 広場の人々は何も知らない。


 少年は母親に抱きしめられ、泣き止んでいる。


 だが。


 空気は変わった。


 どこか、世界が軋んでいる。


 そのとき。


 石畳に、金属音が響いた。


 乾いた、鋭い音。


 振り向く。


 黒の軍装。


 長身の女が立っている。


 背に双剣。


 無駄のない立ち姿。


 目は琥珀色。


 感情を排した視線。


「対象確認」


 低い声。


「アルド・レヴァイン」


 リゼとは違う。


 熱がない。


 冷徹な刃のような雰囲気。


「記録院実働執行官、グレイス=エル・カリオ」


 名乗る。


 その瞬間、周囲の空気が一段階締まる。


 彼女は町の人々を一瞥する。


「被害、局地的歪曲。未記録層の漏出」


 少年を見た。


 そして、俺を見る。


「あなたが原因」


 断定。


「違う」


 即座に否定する。


「俺は止めた」


「止める前に発生した」


 事実だ。


 言葉が詰まる。


 グレイスはゆっくりと歩み寄る。


 足音が規則的だ。


「界喰い分体、確認済み」


 双剣の柄に手をかける。


「排除対象」


「削れない」


 俺が言う。


「削れば餌になる」


「削るな」


 即答。


「斬る」


 彼女の瞳に、迷いはない。


「固定も凍結も通じない。だが物理干渉は有効」


「……無茶だ」


「無茶であっても実行する」


 その姿勢に、ほんの一瞬、ガルドを思い出す。


 覚悟。


 死ぬ覚悟で振るう剣。


 グレイスは本気だ。


「再出現を待つ」


 彼女は広場中央に立つ。


「あなたは干渉するな」


「命がかかってる」


「だからだ」


 琥珀色の瞳が、俺を射抜く。


「あなたの干渉は長期的崩壊を招く」


 リゼと同じ論。


 だが、彼女は対話をしない。


 排除が前提。


 空気が震える。


 再び、空白が開く。


 今度は広場の屋根の上。


 瓦が消える。


 建物の角が削り取られる。


 黒い粒子が、降り注ぐ。


 人々は気づかない。


 だが、建物は確実に欠けている。


 界喰いの分体が現れる。


 今度は少し大きい。


「また会ったね」


 無邪気に笑う。


「削らなかった?」


「やめろ」


 俺は前へ出る。


 だが。


 グレイスが先に動いた。


 地を蹴る。


 双剣が閃く。


 分体の胴を斬る。


 火花のような星屑が散る。


 分体が後退する。


「いたい」


 楽しそうだ。


 傷口から黒い粒子が溢れ、再構成される。


 斬撃は効いている。


 だが。


 消えない。


「物理干渉、有効率三割」


 グレイスが冷静に分析する。


 再び踏み込む。


 連撃。


 瓦礫が砕ける。


 だが。


 分体が手を振る。


 空間が、欠ける。


 グレイスの左肩が、消えかける。


「!」


 俺は反射的に手を伸ばす。


 削らない。


 分離する。


 界喰いの粒子だけを引き寄せる。


 肩の輪郭が戻る。


 だが。


 俺の胸に、さらに冷たい重みが沈む。


 グレイスが距離を取る。


 俺を見る。


「干渉するなと言った」


「死ぬぞ」


「死なない」


 即答。


 彼女は再び構える。


 覚悟だ。


 本当に。


 分体が笑う。


「みんな削らないの?」


 挑発するように両手を広げる。


「じゃあ、喰べちゃうね」


 広場の端。


 露店の老人に触れようとする。


 時間が、止まる。


 削れば餌になる。


 斬っても再生する。


 抱え続ければ、俺が限界を迎える。


 選択。


 均衡。


 未記録層の影の言葉。


 削るな。


 抱えろ。


 だが。


 抱えきれなければ。


 老人が、分体に触れられる。


 その瞬間。


 胸の奥で、何かが決壊する。


 俺は、叫ぶ。


「止まれ!」


 分体の動きが、一瞬だけ鈍る。


 削っていない。


 固定でもない。


 ――再編。


 老人の“死の可能性”を分解する。


 分体に繋がる因果だけを、切り離す。


 空間が、震える。


 分体が目を見開く。


「それ、きらい」


 老人は、無事だ。


 だが。


 分体の体が、歪む。


 不安定になる。


 グレイスが、そこへ踏み込む。


 双剣が交差する。


 分体の核を断つ。


 黒い粒子が、爆ぜる。


 空白が閉じる。


 静寂。


 分体は、消えた。


 完全ではない。


 “返った”。


 未記録層へ。


 俺はその場に膝をつく。


 胸の奥が、限界に近い。


 抱え込んだ粒子が、暴れている。


 グレイスが近づく。


「……今のは何だ」


 問い。


「削っていない」


「再編だ」


 俺は息を整えながら答える。


「界喰いと人の因果を分離した」


 グレイスは、俺を見つめる。


 敵意は、薄れている。


「危険だ」


「わかってる」


「だが」


 彼女はわずかに視線を逸らす。


「有効だ」


 それは認めざるを得ない。


 遠くで、鐘が鳴る。


 今度は自然な音だ。


 だが。


 界喰いは、確実に強くなっている。


 分体が出る頻度が上がる。


 削った履歴に反応している。


 グレイスが静かに言う。


「これは局地戦では終わらない」


 俺も、理解している。


 本体が動けば。


 町ひとつでは済まない。


 ミアが小さく呟く。


「削れない死、くる」


 ああ。


 本当の選択は、まだ先だ。

ここまでご覧いただきありがとうございます。


明日からは1日1話の投稿予定です。


ブックマークをして、続きを楽しみにお待ちいただけると嬉しいです。

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