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救ったはずの仲間が、俺を忘れていた。〜追放ヒーラーは“存在を削る回復魔法”で世界の裏側に立つ〜 ―未記録層と界喰いの神話―  作者: 白銀レン


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第17話 歪みの子供

 界喰い。


 その名を口にしてから三日。


 町は表面上、平穏を取り戻していた。


 記録院の執行官たちは姿を見せず、リゼも現れない。


 だが。


 空気のどこかに、ひびが入っている。


 未記録層の冷たさが、まだ胸の奥に残っているからかもしれない。


 俺は広場を歩く。


 人々は俺を見ない。


 だが、以前ほど完全には無視しない。


 視線が一瞬、引っかかる。


 存在確率が、わずかに戻っている。


「アルド」


 ミアが隣を歩く。


 彼女だけは、はっきりと俺を見ている。


「今日、変」


「何が」


「音が、少ない」


 耳を澄ます。


 確かに。


 喧騒の中に、妙な“空白”がある。


 笑い声が途切れる瞬間。


 足音が消える瞬間。


 意識しなければ気づかない程度だが。


 そのとき。


 広場の端で、小さな影がよろめいた。


 七、八歳ほどの少年。


 灰色の外套を着ている。


 転びそうになり、手をつく。


 だが。


 その手が。


 石畳に、沈んだ。


「……!」


 少年は驚いた顔をする。


 手の先が、石に溶け込んでいる。


 いや。


 石が、少年を避けている。


 周囲の人間は気づかない。


 少年の母親が声をかける。


「どうしたの?」


「……なんでもない」


 少年は立ち上がる。


 だが、足元が揺らいでいる。


 輪郭が、薄い。


 俺は近づく。


「触るな」


 ミアが小さく言う。


「歪み」


 未記録層の匂いがする。


 削られた因果の粒子が、少年の周囲にまとわりついている。


「君」


 声をかける。


 少年は俺を見る。


 ……見える。


 はっきりと。


「お兄さん、なんか変」


 少年が言う。


「お兄さん、透けてる」


 胸がざわつく。


「君もな」


 少年は、自分の腕を見る。


 一瞬。


 肘から先が、消える。


 母親は気づかない。


「……怖い」


 小さく呟く。


 その瞬間。


 空気が、歪んだ。


 少年の足元の石畳が、消えた。


 削れたのではない。


 “喰われた”。


 ぽっかりと空白ができる。


 少年が落ちる。


 俺は反射的に腕を伸ばす。


 掴む。


 感触はある。


 だが。


 少年の体の一部が、砂のように崩れる。


「アルド!」


 ミアの叫び。


 削るか。


 少年の落下を、なかったことにするか。


 だが。


 この歪みは、俺の削除とは質が違う。


 削れば。


 それを糧にするかもしれない。


 俺は少年を引き上げる。


 母親が叫ぶ。


「何してるの!」


 だが。


 彼女は穴を認識していない。


 空白は、俺と少年にしか見えていない。


 少年の目が、涙で揺れる。


「怖い」


 その言葉と同時に。


 穴の奥から、黒い粒子が立ち上る。


 星屑のような。


 だが冷たい。


 粒子が集まり。


 形を成す。


 小さな、人影。


 白い肌。


 虚無色の瞳。


 口元が、三日月のように歪む。


「……あ」


 それは、嬉しそうに俺を見る。


「見つけた」


 声は、子供のように軽い。


「いっぱい削った人」


 胸が凍る。


 ミアが俺の前に立つ。


「界喰い」


 それは首を傾げる。


「界喰い? うん、そう呼ばれてる」


 自分で認める。


 少年の体が、さらに揺らぐ。


 界喰いの分体は、少年を見ない。


 俺だけを見ている。


「君、僕のごはん作ってくれたよね」


 笑う。


 無邪気に。


「削るたびに、ここに落ちてきた」


 未記録層。


 削られた因果。


 それが。


「おいしい」


 分体の瞳が、きらりと光る。


 少年の足が、消えかける。


「やめろ」


 思わず叫ぶ。


 削る衝動が走る。


 だが。


 削れば、また餌になる。


 分体は楽しそうに言う。


「削ってみてよ」


 挑発。


「もっと強くなるから」


 少年の母親が、息子を揺さぶる。


「どうしたの? 返事して!」


 彼女には、何も見えない。


 だが、少年の体は確実に侵食されている。


 削るか。


 抱えるか。


 時間がない。


 界喰いの分体が、手を伸ばす。


 少年の胸に触れようとする。


 俺は、一歩踏み出す。


 削らない。


 未記録層の言葉が蘇る。


 均衡を忘れるな。


 削るのではなく。


 歪みを、分離する。


 少年から、界喰いの粒子だけを引き剥がす。


 そんなことが可能か。


 やるしかない。


 胸の奥の冷たい余白を、開く。


 未記録層への接続。


 分体の粒子を、引き寄せる。


 少年の体から、黒い星屑が剥がれる。


「え?」


 分体が目を丸くする。


「なにそれ」


 粒子が俺の胸へ吸い込まれる。


 焼けるような痛み。


 だが。


 少年の輪郭が、安定する。


 足が戻る。


 石畳も、元に戻る。


 分体は、不満そうに頬を膨らませる。


「それ、ずるい」


 俺を睨む。


「でも、いいや」


 くるりと回る。


「また削ってね」


 そう言って。


 空白に溶ける。


 歪みが消える。


 広場は、何もなかったように続く。


 少年は、泣き崩れる。


 母親が抱きしめる。


 俺は膝をつく。


 胸の奥に、黒い冷たさが沈む。


 削っていない。


 抱えた。


 だが。


 重い。


 界喰いは、確かに存在する。


 そして。


 俺を知っている。


 ミアが、そっと手を握る。


「始まった」


 ああ。


 本当の侵食が。

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