第1話 勝利のはずの夜
※少しシリアス寄りです。
※追放ものですが、ざまぁ一直線ではありません。
※長編予定(全7巻構成想定)
「なかったことにする」
それは優しい選択でしょうか。
それとも、世界を壊す選択でしょうか。
この物語は、
削るヒーラーが“削らない道”を探す話です。
バトルもあります。
思想もあります。
最後は神話になります。
よろしくお願いします。
魔竜の首が落ちた瞬間、夜の山にようやく風が戻った。
焦げた鱗の匂いと、焼けた土の煙がまだ漂っている。月明かりに照らされた巨体は、さっきまで世界を覆っていた恐怖そのものだったはずなのに、今はただの肉塊に過ぎない。
「はは……っ、終わったな……!」
剣を地面に突き立て、ガルドが荒く息を吐く。鎧は裂け、血が滲み、肩口には深い爪痕が走っている。致命傷に近い。
だが、彼は立っていた。
立って、笑っていた。
「フィーナ! 無事か!」
「なんとかね! あーもう、死ぬかと思った!」
槍を支えに膝をついていたフィーナも、よろよろと立ち上がる。腹部の裂傷は、既に血が止まり、肉が閉じ始めていた。
俺は一歩、前に出る。
「動くな。まだ終わっていない」
手をかざす。掌に埋め込まれた淡い結晶が、微かに光を帯びる。
詠唱は、短い。
――戻れ。
風が、逆流するように揺れた。
ガルドの肩口から、血が引いていく。肉が“塞がる”のではない。傷そのものが、最初から存在しなかったかのように滑らかに消える。
フィーナの腹部も同様だった。裂け目が消え、鎧の下の布地だけが、破れたまま残る。
「……やっぱり、お前の回復は反則だな」
ガルドが苦笑する。
「痛みが、一瞬でなくなる。いや……痛かったっけ、俺?」
彼は首を傾げた。
その言葉に、俺はわずかに視線を伏せる。
痛みは、あった。
確かに、あった。
心臓を貫かれ、彼は一度、息を止めた。
俺は、それを削った。
死という結果を、起きなかった可能性へ押し戻した。
だから今、彼は立っている。
「まあいい! 勝ちは勝ちだ!」
ガルドは豪快に笑い、魔竜の死骸を蹴った。
「これで俺たちは、正式にSランクだ!」
歓声が上がる。焚き火が起こされ、酒袋が回る。
勝利の夜だ。
そういうことになっている。
俺は少し離れた岩に腰を下ろした。指先の結晶は、淡くひび割れている。光は、さっきよりも弱い。
代償は、まだ軽い。
今の規模なら、ほんのわずかだ。
――ほんの、わずか。
「アルド、来いよ!」
フィーナが手を振る。笑顔は、いつも通りだ。
俺は立ち上がり、焚き火の輪に加わった。
酒を渡される。
「お前がいなきゃ、今日で全滅だったな!」
ガルドが肩を叩く。
「いや、俺たち強くなったよな。最近は、死ぬ気がしない」
その言葉に、周囲が笑う。
死ぬ気がしない。
それは、当然だ。
死を、削っているのだから。
「なあ、アルド」
ガルドが、少しだけ声を落とす。
「さっきさ。俺、胸を貫かれたよな?」
焚き火の音が、ぱち、と弾ける。
「……どうだった?」
「どう、とは」
「死んだ感じ、したか?」
彼は冗談めかして笑った。
「いや、なんかさ。思い出そうとすると、ぼやけるんだ。怖かった気もするし、そうでもなかった気もする」
フィーナも首を傾げる。
「確かに。あたし、腹に穴あいたよね? でも……そんなに痛かったっけ?」
俺は黙る。
言えばいい。
お前は死んだ、と。
だがそれは、意味がない。
既に、その“死”は存在していないのだから。
「アルド?」
「……覚えていないなら、それでいい」
俺はそう答える。
ガルドは一瞬、真顔になった。
「それで、いいのか?」
焚き火が揺れる。
誰も、すぐには笑わなかった。
やがてガルドは立ち上がり、酒袋を掲げる。
「まあいい! 難しいことは明日だ!」
歓声が戻る。
勝利の夜は続く。
だが、どこかで何かが、噛み合っていない。
俺は夜空を見上げる。
星が、ひとつ、瞬いた。
――削るたびに。
小さく、何かが欠けていく。
自分の中の、何かが。
「アルド」
ガルドが、もう一度だけ呼んだ。
「お前がいてくれて、助かった」
その言葉は、確かに聞こえた。
確かに、胸に残った。
残った、はずだった。
翌朝。
魔竜の死骸は回収隊に引き渡され、俺たちは山を下りた。
街が見えてくる。
人々が歓声を上げる。
「魔竜討伐、おめでとうございます!」
花が投げられ、子供たちが駆け寄る。
ガルドが手を振る。
フィーナが笑う。
俺は一歩、後ろに立つ。
それでいい。
俺は支援職だ。
前に立つ必要はない。
広場に設けられた臨時の祝賀会。
ギルドマスターが壇上に立つ。
「今回の討伐、犠牲者は……なし。被害も最小限だ」
歓声。
なし。
俺は目を閉じる。
確かに、なしだ。
俺が削ったから。
だが――
「それにしても、驚くほど危なげなかったな」
ギルドマスターが首を傾げる。
「報告では、ほぼ圧勝だと」
ガルドが、ほんの一瞬だけ、視線を泳がせた。
「……ああ、まあ、そうだな」
俺を見る。
だが、その目には、昨夜の重さがない。
焚き火の前で交わした言葉の熱が、少し、薄い。
気のせいかもしれない。
だが。
胸の奥に、冷たいものが落ちる。
勝利のはずの夜は、終わった。
だが、何かが確実に――
最初からなかったことになり始めている。
ここまでご覧いただきありがとうございます。
当面の間は、1日に3話を投稿予定です。
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