幻想に向けて加速せよ
加速せよ
0806
「ぐあぁぁぁ!!!」
「大隊長!!また一両撃破されましたぁ!!!!」
「わかっている!奴に向けて再度榴弾を撃て!!」
パイパーの率いる戦車大隊は敵の魔法使いの多種多様な魔法の乱れ撃ちに押されに押されていた。
光弾に対して対策を取った戦車大隊ではあったが大地を棘にして串刺しにして行動不能にしてから内部の乗員を水蒸気爆発で蒸し焼きにしたり戦車内に水を満たさせて溺死させたり穴を掘り擱座させた後霧で脱出した乗員を包み込むと一気に体温を奪い取り凍死させるなど様々な方法で無力化させていた。
また随伴していた機械化歩兵は鉄の木の葉を舞わせ頸動脈を的確に切り裂き大地を赤く暗く染め上げ藁の山を築くように全て排除していった。
(初戦で所詮この程度なら大技を出す必要さえ無いようですね)
この戦いで女魔法使いのクレマンスは王国随一の魔法使いであり【慈悲深き花畑】と称される名魔法使いの腕前である。
自身の背丈程有る鋼鉄の杖を一回転させると毒の霧で銃撃をしてくる敵兵の肺に侵入させて容易く毒殺していった。
(東方世界の兵士なら私のこの攻撃を見ればすぐ逃げ出しますが…無知ゆえか、全く逃げないとは)
西方世界の国々は魔法を聖女と呼ばれる女性達が行使する物以外ではおとぎ話の中の物と認識しているか東方世界と接触した事のある国なら東方世界でしか魔法を行使出来ないと信じている節が有り、魔法の理解が著しく劣った蛮族であり対話不可能な猿でしか無いと見ていた。
現に西方から魔法を使える転生者と呼称される魔法使い達がぞろぞろと悍ましい科学文明から逃げ延びて余りの非道な法と秩序の世界を教えられていた。
特に平原の国では魔法使いも非魔法使いの賤民も関係なく市民として権利を持ち幸福を求める権利を有しているし土地を持つことさえ可能であるというのだ。
西方には我々優等なる魔法使い達が居ないことを良い事に全ての人間を平等に扱う狂気の文化が生まれ、そしてそれが標準化されている世界であるからクレマンスは啓蒙の為この戦争を仕掛けていたのである。
そしてそれは正しく、しかしそれは間違っている。
確かに東方世界では魔法使い達による魔法の文明が確立されて西方世界とは全く異なる文明、文化、政治が敷かれているが西方の方が東方世界よりもGDPは高く東方世界よりも人口も多い、また税収については私有財産である奴隷達の税を徴税出来ず王国により貴族達が免税特権を保持している場合も有るので税収は低く、王国の財政の透明性は王室の私有財産と見做す王家が多かったが故不透明かつ私的な使い込みがどの国でも常態化していた。
私的な関所やギルドによる商業活動への厳しい制限、塩や蝋、紙の専売等で経済成長の余地は無くなり比較的自由な経済活動が許容される西方諸国の方へと金銭は流れそれに伴い東方世界の困窮は進んでいった。
今現在大規模な難民は隷属魔法や魔導契約書等で土地や個人に縛り付けているため発生してはいないがもしかしたら遠くない未来に奴隷達が一気に西方へと洪水の如く流れていくかもしれないと大貴族や商人ギルドは危惧していた。
故にここに各国が構成した派遣軍が十字軍の如く宗教的な熱狂を伴い侵攻する事が確定し『明白な運命』の下彼らを教化する事が東方世界諸国の使命となった。
我らは祈る
この地に明るき光を与え
歴史に名を残さんとするため
どうか我らが主よ
子達の姿をご照覧ください
きっとあなた様の威光を世に示し
世界の遍く信仰をあなた様の物に致しますから
どうかお待ちくださいませ
我が主よ
どうか、どうか、我らをお見捨てに成らないでお待ちください
(それにしてもこんなにも脆い車に乗ると途端に強くなった気になる辺りやはり猿は猿か…魔法には敵わないのにまだ交戦してくるなんて上官はきっと─)
「きっとあなた達の指揮官は愚かな上官なのでしょうね。賢き者なら既に頭を垂れ許しを乞うておりますから」
クレマンスは唇に人差し指を当て優しく聖女のような微笑みを浮かべパイパー率いる平和維持部隊所属純白の戦車大隊を次々と爆撃していた。
抗う意味を問うために彼女は砲火を市街地にさえ向けてしまう、非魔法使いの生存価値、存在理由を問いかけるように。
「くそ!まだ砲撃が続いているぞ!!隠れた筈なのに!?前進、前進しろ!とにかく止まると撃たれる!!!」
倒れた家屋を用いた偽装で隠れていたレオパルド2A8が炙り出されて車長は泡を吹いて陣地転換のため前進を命じた。
戦車にとって本来ならたかが小娘一人何ともないのが本来だが今回は違う、今回は彼女一人に大損害を被り戦車は地上戦の王者から狩られる草食動物と化してしまった。
「泣き言を言うなよ戦友!まだ奴は何かを隠している!!だからそれを食らわないよう増援が来るまで遅滞─危ない!!」
咄嗟に僚車に向けて煙幕を展開して火炎魔法の照準を誤魔化し退避させた。
だがその火炎をクレマンスは杖を一回転ささせると無数のイナゴの巨大な群れに変えた。
「な!?火が虫に!??どういう手品を!」
「ぎあああく、くわれるっいたい、いたいいいぃぃぃ」
そしてレオパルド2A8へ虫の群れを纏わりつかせるとそのイナゴ達に齧らせて乗員ごと食い尽くして跡形も無く消し尽くしてしまった。
部隊全体でもうこのままではイナゴに食われるだけだと潰走しかけていた。
「とにかくハッチを閉めろ!その上でNBC兵器防護システムを最大限活用して虫を内部に入れるな!!何としてもこの場を持ち堪えさせるんだ!!!」
(……イワンの152mm榴弾やカチューシャの雨なら耐えられる。だが、装甲の隙間から虫が入り込んで味方を食い殺すなど戦術でも何でもないただの悪夢だ! こんなふざけた死に方ができるか!!)
パイパーは急いで部下達に命令を飛ばしている。
(ふふふ、可愛らしい事。何処にいるか、何を企んでいるか私の読心魔法で全て分かっておりますよ?さぁ足掻きなさい鉄の棺桶ども)
だが奇跡というのは、常に起きるべくして起きるのだ。
0811
終始優勢だった女魔法使いクレマンスの元へ突然砲撃が加えられた。
「!? 何処から撃たれ─」
長距離狙撃をレオパルド2A8にも負けない程の平和維持部隊仕様の白色塗装がされたT-80BVMが行なっていたのである。
更に上空にばたばたとエンジン音が鳴り響きMi-35Mがロケットを撃ち込み続けそれを全て防御魔法や矢避けの加護で癒し続けたが機関銃で多方向から制圧され時々砲撃が飛んでくる状況は彼女の脳に過負荷を与えていた。
「ぐっ、何故撃たれているの!?まさか敵の残党が他に居たとでも言うのか!」
そして司令部から隠れ潜んで居たパイパー大佐の車両へと通信が入る。
《キロ、こちらHQ。増援部隊が到着した。平原の国の国内軍部隊だ、貴隊は体制を立て直した後に反攻せよ》
「…了解した、こちらキロ。成る程、確かに非常に強力な部隊を寄越してくれたようだな」
上空で一身に砲撃を受け続けたクレマンスは射撃を続けている戦車部隊を索敵していた。
そして自身から離れた位置の戦車部隊を視認すると亜音速の速度で即座に上空にたどり着いた。
だがこの時点でクレマンスは知らないのだ、平原の国ではただ爆発するだけでない燃やし尽くす兵器を持つことを、内臓から迅速に破壊して確実に死に至らしめる兵器を持つことを。
歩兵からRPG-29Mを向けられたクレマンスは余裕を以て砲撃を矢避けの加護と防護壁で防ごうと展開した、そして彼女の目論見通り随伴歩兵のロケット弾は無効化され即座に反撃しようとした。
だが直進や誘導なら発動する矢避けの加護を直接狙った訳でもなく誘導もされていない、通過する機動の為すり抜けて近接信管に改造していたサーモバリック弾頭が彼女の近くに炸裂してしまった。
その炸裂した際に激しい衝撃と熱が体内を蹂躙し前後左右から殴られ殺意の波動を全身で浴びせられてしまったクレマンスはそのまま治癒魔法を発動する事は叶ったが地に叩き落とされてしまった。
「こちら橙1-6、司令部へ。敵の無力化完了、死亡には至らず。対応について確認願う」
無線で部隊指揮官がクレマンスの対応について確認を司令部へと行なっている。
その傍らで国内軍部隊により捕縛されたクレマンスは両手にビニールタイで拘束され杖も回収されてしまいなすすべがなかった。
0825
「この襤褸布の女にあのファシスト共がしてやられたって言うのか?有りえねぇよ」
「だが見ただろう、あの異次元の加速力。俺達がたまたま上手く配置について多方向からの飽和攻撃を成功させられたから倒せただけで既に一個大隊を相手に勝ってるんだ。もし最初から俺達が不意討ちされてたら…」
そして大半の兵士達はその焼け焦げた少女の護送を開始しようとしたその時兵士達は敵の気配を感じ取り銃口を向けた。
そしてそのまま全員発砲したが上空に居る魔法使い達が矢避けの加護を使い弾を逸らし続ける。
「聞け!この愚かな猿ども!!」
声を張り上げる中年魔法使いは名乗りを上げようとしたが再度時限信管サーモバリック弾頭で撃破され地に叩き落とされた。
「アンリ!!くそっ、散開!密集していたらやられるぞ!クレマンスを奪還するにもまずは─」
指示を出した魔法使いに榴弾が3方向から注がれ討死した、2方向は国内軍から、そして最後の一方向は国防軍のレオパルド2A8から発射されてきた弾頭である。
「国際平和維持部隊総員へ告ぐ!奴らは飽和攻撃に弱い!多方向から攻めまくれ!繰り返す!飽和攻撃が有効打だ、小銃でも何でもいいから撃ちまくれ!!!!」
矢避けの加護への対策がたった今確立されてしまった結果クレマンスを奪還すると言う百合の国の魔法使い達は撤退を余儀なくされここに龍の国における東方世界諸国とのファーストコンタクトは終了した。
魔法使い達は撤退そのものは一定の地点で魔法陣により転移する事で撤退に成功しており追撃していたMi-35MやMi-28MN部隊でも追いつけなかった。
だが戦闘記録は残っており映像や現地兵の記録を纏めて対策を龍の国正規軍にも共有されることと成った。
ベルトにしがみついてありったけの弾薬をあらゆる方向から同時に叩き込む戦術を基本とし多対一に何としても持ち込み数的優位からの物理的な飽和攻撃が現在精鋭魔法使いへの対処法として記録され龍の国平和維持部隊の戦訓として速やかに訓練が実施された。
そしてウラソフ中将は目の前の女に対して軽蔑をしていた。
自ら処遇を通達せねばならなく成った事に対する煩わしさ、そしてそのウザったらしい思想を振りかざすその姿勢、人種や出身地、民族で差別するファシストの方がよっぽど理解しやすいとさえ思えた。
「…で、君は私達を非文明的な猿であり、劣等であり、魔法の使えない奴隷であると。成る程、それで君たちは尖兵として龍の国に来ていたと」
「そうよ、あなた達西方の未開人達に私達が啓蒙しなくてはならなかったから私達の聖戦の対象に成った。ただそれだけよ。それに魔法が無い世界なんてつまらないしただ悲しいだけじゃない…」
「両手両足を外側しか再生出来ず指一本さえ動かせない、それでも尚我らを憐れむか?」
「ええ、私は空を飛び大地を好きなだけ変えれたのだからその記憶さえ作れないあなた達よりは幸せな事を覚えて死ねるもの。そう、あなた達よりは自由だし忠実だし信頼を以て隊伍を組めたのよ?あなた達には出来たのかしら」
国内軍部隊を侮蔑し憐れむような感情を籠めつつ罵倒してくるクレマンスを見てうんざりした表情のウラソフ中将はつい殴りかけたがぐっと堪えこれからの事を伝えることにした。
「おほん、所で君にこれからの話が決まった。わが国の研究施設へと送ることになる、精々私達に歯向かった事を悔いると良いクレマンス。私の同志が手厚く歓迎してくれるだろうよ」
「あらそう、地面を這うことしか出来ない毛虫にギャンギャン言われても何も怖くは無いわね。それにあなた、一度裏切った─」
「黙れ、この場で撃たれたいのか?死にたいなら最初からそう言え。まだ龍の国国内ならお前を処理出来るのだからな」
「あらあら、こわぁい…そんな大それた事出来ないくせに」
連れて行け!、そう言う激怒したウラソフ中将の指示に従いクレマンスを輸送する為の準備を兵士達は始めた。
そして本国側のスタフカへメールを送信した。
今回の小学校襲撃事件の詳細な内容、そして本国側への戦訓と脅威についてのファイルを添付して。
今を投げ捨て現実を忘れ加速せよ




