幕間─どうしてこうなった
コンプライアンス研修
朝目が覚めてふとヨアヒム・パイパー戦車大隊長は今の現状を思い出していた。
こちらの世界へ転生させられて以来何をとち狂ったのか分からない変な女が高地の国で自分達を率いて女帝に成り、あれよあれよといつの間にか自分達の国家を作り上げてしまった。
それで今なんだかんだ有って色々ゴタゴタしている中何故か帝国は順調に発展しており第二次世界大戦並みに文明は発展した。
街にはテレビが普及して地下鉄は帝都ゲルマニアを中心に敷設され鉄道は時刻表に則り運行され、帝国全土隅々まで電化された路線は今やライヒの誇りである。
他の国が未だに中世ヨーロッパ文明レベルで地を這いながらラジオやテレビ、新聞により臣民達は高度で優雅な文明の叡智に触れさせた上で宗教も改宗させプロテスタントの教会が各地に建てられて民は日々信仰している。
ライヒスマルクは今やこの大陸屈指の信用力の有る通貨で鷲の国や神聖皇務庁、更には龍の国でも通用する程の強い貨幣に育ちGDPも成長を続けている超大国なのである。
高地の国がそんな感じで繁栄する一方で、『コンプライアンス研修』が親衛隊並びに武装親衛隊、国防軍内で親ナチス的な人物達に対して懇切丁寧に行われてパイパーもまたコンプライアンス研修で何度もテストを落ちてしまい『補講』を受け続けてしまった結果発狂しかけた事が有った。
内容としては性や人種の多様性の尊重であったり、支配地域の市民の生活と人権の尊重、パルチザンであろうと人道に沿った対応の遵守、兵士達への人格の尊重である。
多くの武装親衛隊出身者は何れかの項目で合格点に満たず一度は補講を受けていたのである。
そもそもナチスの軍隊であった武装親衛隊組に人権保護のためとは言えユダヤ人虐殺の件を批判的に取り上げたり民族差別への否定であったり、ナチス時代の人間達に対してとんでもない踏み絵をさせていたし酷い時は伍長に鈍器や銃床でぶん殴らせたりしていた。
だがそんな過去に起きていた事とは別に今命ぜられた任務に対してあまり良い感情を持っていないのが現実にして現在である。
「平和維持部隊のおじちゃんおはよー!」
「あ、ああ。おはよう…」
何で高地の国の随一の精鋭戦車部隊の隊長である自分がペラッペラの青いヘルメットを被り真っ白なレオパルト2A8で街角の治安維持任務に就いているのだろうか?
第一に何でそんな任務を我々にあの女帝陛下は与えたのか?
もうパンクしそうではあったがそれでも耐えれたのは彼がプロの軍人としての意識が有ったからで無ければ多分脱走していたかもしれないのだ。
「…俺はどうしてこんな所でこんな事をしているんだろうか」
一人ごちていたパイパーには誰からも何も返ってこなかったが龍の国の各地は平和維持部隊により徐々に治安と秩序が回復しつつあった。
0900
だが事態は急に蜂の巣を突いたように変化し始めた。
原因は北方へ向かう車列へ不審な荷物が載せられている可能性が有った為停めてから立ち入り調査を行おうとした部隊が居たが彼らが銃撃を受けて死傷者多数が発生してしまった件である。
その為車列の通り道に待ち伏せをする事に成ったパイパー率いる戦車大隊はそのアホみたいに目立つ真っ白な塗装のレオパルト2A8が車列の戦闘を抑える役割を担っていた。
1056
「そこのトラックの車列!今すぐ止まれ!龍の国平和維持部隊のヨアヒム・パイパー大佐だ!!不審な荷物を積んでいるとの報告が有るから今すぐその荷台の中の荷物を確認させて貰う!!」
流石に車列は停止し随伴していた歩兵部隊が車列の側面を取り囲んでいた。
この車列は一定の時間に龍の国西部を30台程度の車列を成して通り抜け北部鷲の国へ向かっている車列でありこのような不審な動きを見せる車列には武力を用いての確認する事で関係各国の承諾は得ている。
「…一体何だあいつら、平原の国は南なのに車列は北へと向かって、それでいて車両はアカ共の車両で間違いなく…何でこんな事をコイツらはしているんだ?」
「大隊長、平原の国の部隊に確認はされますか?」
「一応しておいてくれ、もし通さなくてはならないなら何らかのアクションは来るだろうから…取り敢えず榴弾を装填しろ」
「了解、榴弾装填」
パイパーはその車列が大人しく停車しそのまま検査に素直に応じてくれる事を祈りつつ、しかし久しぶりの実戦に成るかも知れないと期待もしていた。
以前の謎のコミュニストの襲撃時は部隊の混乱もあり後方で不完全燃焼で終わったが今度はもしかしたらそれなりに強い敵と交戦出来るかもしれないからだ。
1059
「勝手に車両を降りるな!!車から出ずにそのまま車両から手を出せ!!!」
「そこを動くな!両手を出してそのまま車両の中に待機しろ!!!」
歩兵部隊は警戒しながらその平原の国の車列と思しきコンボイに近づいて行くが余計おかしな場面に成りつつ有る。
まずコンボイに平原の国の紋章や平原の国内務省を示すシンボルがそれらのトラックに刻まれておらず不審車両である事実を強調するようなものである。
「おいおい、落ち着け同志諸君。我々は内務省の者だ、鷲の国国境付近へ人道支援物資を配達に行くだけだから何も警戒しなくても良いだろう」
ヘラヘラ笑いながら車内から手を出している兵士達はラトニク装備は身に付けておらず旧式のアフガンカに身を包んでいて兵士達の装備もAK-12やA-545でもなくAk-74やAKS-74Uであり不審さを拭えない状況である。
そんな中平和維持部隊司令部より連絡が入る。
平原の国から鷲の国へ向かう車列についてそんな物は存在しないと言う事について連絡が入ったのだ。
1110
「よし全員降りろ!とにかく一旦降りて車から離れるんだ!!」
そしてその不審な車列から兵士達を車から降ろさせた歩兵部隊は荷台の中の物資について捜索を開始しようと手をかけた。
その瞬間中に待機していた敵兵の放ったRPG-7がレオパルト2A8やプーマ歩兵戦闘車へと撃ち込まれた。
歩兵部隊も多数損害を出しており中隊長である士官が指揮下にある部隊に対して再攻撃をするように檄を飛ばしていたが部隊は散開して命令が十全に届くような状況ではなく再攻撃も出来ない状態で有った。
「クソっ、後退だ!後退しろ!!やはりこうなったか!!増援部隊を呼んで煙幕を焚くんだ!!!総員被害を報告しろ!!!!」
榴弾を先頭車両に撃ち込み破壊してから煙幕弾を撃ち味方の援護をしながら後退し部隊全体の状況を確認する。
「こちらキロ6!各車状況報告!!」
《キロ1-5、問題無し。被弾しましたがトロフィーシステムで何とか成りました》
「了解した、被弾していたのはお前の車だけだからな」
しかしまさか考え無しに撃ってくるとはと驚きつつも体勢をすぐに立て直して急ぎ敵兵に向けて何時でも発砲出来るように榴弾を再度装填させた。
1120
そして再度他の車両や歩兵部隊がスモークを展開して負傷者の収容を行う中敵兵がめくら撃ちでRPG-7やDShkを乱射して戦況は混沌としていた。
恐らく例のソビエト赤軍に違いなくウラーウラーと煙幕の向こうから叫び声が聞こえていたがこちらの正確な位置はまだ理解していないようであり射撃の精度は酷い有様であった。
(平原の国の兵士達とはえらい違いだな…あいつら本当に軍事教練を受けている兵士達なのか?)
「機関銃で掃射しつつ3回榴弾を車列にぶち込め!」
フォイアと3度叫びレオパルト2A8から勢い良く砲弾が飛んでいき敵兵の叫び声や熱量は徐々に眠るように沈黙していった。
1150
戦闘が一旦沈静化した後増援として駆け付けたオットーカリウスの中隊が交代で現地の警備にあたることに成ってパイパーは司令部に帰還すると今回の戦闘行為に関する書類を纏めて提出し帝国の戦車兵として誇らしい戦果を挙げた為胸を張っていた。
その後高地の国側平和維持部隊の司令官として配属されていたヨーゼフ・ディートリヒ上級大将は今回の戦闘についてパイパーを呼び出していた。
「忙しい時に呼び出してすまんなパイパー大佐、座り給え」
「はっ!失礼致します将軍!!」
ナチス式敬礼をした後素早く失礼のないよう着席した。
「まぁ今回の戦闘については本当に平原の国のスラブ人では無かったようだぞ大佐、お手柄だな!上もその件について大層褒めていたよ!!」
「ありがとうございます!これからも帝国の為に粉骨砕身働くつもりであります!!」
「そうだ!ライヒに仕えるものなら貴官のような忠節に篤い物が率先垂範であり続けるのだパイパー大佐!!」
そして
「だが今回の件について、ワシはそれ程そちらの方面に詳しくないが上から一つ武功について注意するように伝えられていてな…」
「と、言いますと…?」
「…大佐、貴官は後退する際に誤って小麦畑に戦車で入っていったそうじゃないか。その件で龍の国政府から苦情が来ていてだな、龍の国は今食糧生産計画に則り農林業での復興をしている最中にこのような兵士の乱暴狼藉を許してしまうと民心が離れると先方から強く注意されてしまってな」
「は、はぁ…。ですが」
「分かっているさ。貴官は有能な士官である事はワシもよく知っているが我々は今平和維持部隊であり龍の国の治安や平和、そしてそこに生きる民の生活を脅かしてはならんのだよ」
「…了解しました将軍。以後気を付けます」
「うむ、貴官ならこのような事は二度と起こさんだろう事はワシから上に伝えておくから案ずるな大佐。だから引き続き市街地での治安維持任務を任せたぞ」
「了解です将軍」
ディートリヒが頭を抱えながら言う。
「いいかパイパー大佐。我々はかつてのように村ごと敵を焼き払うことは許されていないのだ。陛下から『人権とコンプライアンスに配慮したクリーンな占領統治をしろ』と厳命されている。…まったく、戦車で畑を踏んだくらいで始末書を書かされるとは世も末だな」
「…」
そしてジークカイゼリンとナチス式敬礼をして退室したパイパー大佐は万が一の時に備えて戦々恐々としていたがその時は来なかったのでほっと胸をなで下ろした。
そして麦畑の一件での始末書を書き終えて夕暮れに成ると酒場に行きビールを飲んで考え込んで今までのことを含めて考えいた。
武装親衛隊の士官である自身が何故か他国に法の秩序を回復させる平和維持部隊の1指揮官として派遣されたのはきっと何かの間違いな筈であると思いたくなったし、繁栄しているライヒの為に忠義は尽くしたいとは思っている。
その2つを抱えながら孤独に虚しくパイパーは更にビールを飲んで憂さを晴らすことにした。
「どうしてこうなった…」
翌朝平原の国からウラソフ中将率いる部隊が到着し元々居た部隊と交代して着任した際パイパーは果たしてこの龍の国で平和を取り戻す事が出来るのか分からないと思うようになり、そして彼らは偽物の平原の国の断続的な車列とゲリラ攻撃に悩まされる事になる。
そして日は暮れる




