自由な民と聖女について
予定に無い予定
君塚は息つく暇もなく、目の前に湧いた「内憂」への対応を迫られていた。ロコソフスキー元帥率いる主力軍団は戦狼の国への抑止力として東方へ展開中だ。
彼らは全員、誇り高きコサック兵のアイデンティティを持っていた。
「皇帝」でもなければ、武勇で名を馳せた「頭領」でもない目の前の優男――君塚に従うほど彼らは殊勝な連中ではなかったのだ。
彼らの視線は冷たい。
「なんで俺たちが、こんな青瓢箪に従わなきゃならねえんだ?」という侮蔑が肌を刺す。
(……なら話は簡単だ。コサックの流儀に合わせてやる)
ちょうど警察長官から凶報が入ったところだ。
『転生者らしき暴徒により派遣された警官隊は既に壊滅。敵は風と雷を操る剣を持つ能力者であり、現在も尚ズラトポルへと進撃中』
それを聞いた君塚はニヤリと笑い、拡声器を片手に装甲車の上に立った。
「聴け!勇敢なる兵士諸君!そして、クソ生意気な自由の民、コサックの同志諸君!!」
第一声から君塚は彼らを煽った。
兵士たちが「あぁ?」と眉をひそめる。
「今、私が君たちのために用意した『祖国』がクソったれな無法者に荒らされつつある!!つまりだ、君たちの存在そのものを否定する恥知らずなならず者が、我が物顔で暴れているということだ!!」
コサック兵たちは顔を見合わせる。「何言ってんだこいつ?」という空気だ。
だが君塚は畳み掛ける。
「たった今、警官隊が全滅した!敵はたった一人の剣士だそうだ。……おいおい、笑わせるなよ?たかが剣一本振り回す手品師ごときに我々の庭が荒らされているんだぞ?これは国家への挑戦であり、何より――舐められたまま黙っていられるかという話だ!!!」
兵士たちの目の色が変わった。
理屈はどうでもいい。「舐められた」という一点において、彼らの闘争心に火がついたのだ。
「敵は風を操り、銃弾を弾くらしい。だが――」
「で?私たちに何をお求めなんですか『同志閣下』殿?」
古参のコサック兵が一人、野太い声で遮った。
「そのアホをさっさと撃ってこいと、そう仰りたいのですか?」
君塚はその兵士を指差し、怒鳴り返した。
「そうだとも!さっさとそいつの脳天をぶち抜いてこい!!ただし、有視界戦闘は避けろ。そいつは風で貴様らの弾を弾くらしいからな。……まさか、知恵も使えずに突っ込んで死ぬようなマヌケは我が軍にはいないだろうな!?」
コサック兵はニヤリと笑い、帽子を被り直した。
「……まあ、その辺のアカよりは話が分かるか。よし、野郎ども!狩りの時間だ!!」
コサック兵たちは手際よく散開し、君塚の指示通りに包囲網を敷いた。
君塚はさらに、アウトレンジからの制圧攻撃を命じる。
演説は成功したが彼らを無駄死にさせては意味がない。そして何より、将軍ガチャを回して「コサックと相性の悪い将軍」が出てくるリスクを避けるためにも、ここは現有戦力で完封する必要があった。
一方、平原の国に降り立った転生者は散乱するパトカーと警官の遺体を踏み越え、王都ズラトポルを目指していた。
「へっ、この国の警察なんて拍子抜けするようなザコなんだな。その噂の国盗り成功者の首を取って、経験値をガッツリ頂くとしますか」
彼は風の結界を纏い、生半可な銃弾など通用しない無敵感に酔っていた。
だが、彼の視界には入らない距離の位置より低高度から死神が飛来する。
Su-17M3。可変翼の戦闘爆撃機が音速で空気を引き裂きながら爆弾を投下した。
「なっ――!?」
風の結界など、数トンの爆圧の前では薄紙同然だった。
さらに地上からはBM-21グラートと2S1自走砲による座標砲撃が降り注ぐ。
君塚が国土交通省に作らせた正確な地図とコサック偵察兵の観測による精密射撃だ。
転生者は自分の自慢の剣ごと、跡形もなく消し飛ばされた。
戦闘後、国土交通省の職員が即座に現場へ急行し破壊された道路を一瞬で修復。戦闘の痕跡は綺麗さっぱり消え失せた。
君塚は警察の名誉を守るため報告書を改竄した。
『派遣された警官隊は勇敢に戦い、敵の消耗を強いた後正規軍の火力支援によりこれを撃滅した』
……まあ、内容については完全なる嘘や出任せではないだろう。
内憂を物理で排除した君塚は次なる仕事――戦狼の国の捕虜聖女への尋問に向かった。
「座れ。……随分と手荒な真似をされたようだが、最低限の治療は施した」
君塚は事務的な口調で告げ、目の前の少女を見下ろした。
捕虜収容所の尋問室。粗末なパイプ椅子に座らされているのは戦狼の国の皇族衣装――踊り子のように露出度が高く、宝石等の散りばめられている派手な装飾の施された服――を身に纏った少女だった。
彼女の名はアセナ。戦狼の国の皇帝の「娘」だと言う。
褐色の肌に銀色の髪、そして宝石のような紫の瞳。その美貌は確かに一国の姫に相応しいが、その瞳には光がなくどこか諦観の色が漂っていた。
「感謝します、指揮官様。それで……私の『値踏み』は終わりましたか?私がいくらの金になるか、あるいは……夜伽の相手として使えるか、です」
「ふむ……そう言う意味の値踏み……か」
君塚は眉をひそめた。彼女の語る身の上はヤドヴィガの母・アガタのそれとあまりに酷似していたからだ。
母娘二代にわたる、繁殖する為だけの家畜のような人生。同情はする。だが感情だけで動くには背負うものが多すぎる。
「……俺個人としては貴女へ同情はする」
君塚は思った事を正直に姫君に臆すること無く、或いは憚るような素振もせずに言った。
「だが、生憎ここは貴殿の人権を無条件に尊重する慈善事業団体ではない。貴女に継承権がない以上、これ以上求められそうな政治的価値は低い。……残念だが、一般の捕虜として収容所へ行ってもらう。あと、私は君に対して『そういう要求』はしないさ」
君塚は肩をすくめた。
「私のご主人様が、そういうことには少々うるさくてね。泣かれたら俺がこの世で最も困る方なんだよ……では、彼女を移送しろ」
「はっ!」
その場に居た兵士に後処理を任せて退室しようとする君塚を、アセナの声が引き止めた。
「……待って、ください!」
「何だ?話はもう──」
「私は、私はあなたにお伝えする聖女の覚醒の方式と、それと様々な秘術に関する内容をお伝えする事が出来ます!!」
「……聖女、か。成る程、ではお前を特別扱いするとして何を欲する?」
「母を、母をどうかあの国から解放させてくださいっ!!」
それは魂からの叫びだった。
彼女は「聖女」に関する戦狼の国の機密情報――不老固定の肉体、そして『愛』による覚醒と空間転移の可能性――を提示し、取引を持ちかけた。
そして、最大の爆弾が投下される。
「……ほう?」
「母は……血により覚醒しました。ですが『魔術刻印』で自我を縛られ、今は皇太子の寝室に繋がれています。……皇太子好みの、強力な聖女を産ませるための母胎として毎夜、使われていますっ」
「……ふぅ……成る程、それは中々今の俺には無視出来ない難題だな、それでこの国と何の関係が?」
「母は、この平原の国と出身で、農婦をしておりました。ですから、何卒、何卒母をあの魔窟からお救いください!!」
その言葉が君塚の逆鱗に触れ、行動を起こすのに相応しい現場を整える。
カジミェシュ8世と同じ外道。聖女を人間を産む機械としか見ない蛮行。
君塚は目を瞑り眉間にシワを深く刻みながら天井を仰ぎ、大きく息を吐いた。理性による損得勘定など、もうどうでもよかった。
感情だけが先行し、敵であるはずの彼女の尊厳を守らんと勝手に動き始める。
「顔を上げろ、アセナ」
君塚は彼女の手を取り、立たせた。
「いや、その名は捨てろ。……貴女の平原の国の名はあるか?」
「……ナディア。母は、私をそう呼びました」
「いい名だ。『希望』か」
君塚の瞳に冷徹な政治家の鋭い光と人間としての義憤の炎が宿る。
「取引成立だ、ナディア。報酬の前払いとして……そのふざけた『戦狼』どもに教育的指導を行ってやる。皇太子の寝室だと?T-72の125mm砲でノックしてやるには、お誂え向きの場所じゃないか」
ナディアの瞳から、大粒の涙が溢れ落ちた。
それは彼女が初めて見出した、本物の「希望」だった。
尋問室を出た君塚は、待機していたロコソフスキー元帥に向かってぼやいた。
「あいも変わらず、この世界の男という生き物は……しかも高位の男になればなるほど下半身に脳みそを吸われているのか?」
「同志閣下……流石に公の場でその発言はお控えください。品性を疑われてしまいます」
ロコソフスキーが苦笑しながら諌める。
「まあ、この世界の女も大概だろ。見合わん対価を俺に差し出してこんな面倒な事をさせるなんて……どれ程わがままなんだ?」
「……閣下。それは恐らく『騎士道精神』、或いは……親切心というものですよ」
君塚はロコソフスキーと共にBTRの中で揺られながら戦狼の国との国境へ向かった。
やり方はシンプルだ。
第1戦車師団(T-72部隊)を国境沿いに展開し、砲身をすべて皇帝の居城の方角へ向ける。
その上で、君塚は皇帝との会談を要求した。
戦狼の国の皇帝メフメトは当初は難色を示した。
「アセナの母親は今の皇太子ムスタファ、そして我が国の未来に不可欠であり、必要な女だ。未来の皇妃を寄越せなどと」と。
だが、国境を埋め尽くす鋼鉄の猛獣(戦車)と、上空を旋回する怪鳥(戦闘機)の威圧感は言葉以上の説得力を持っていた。
「アセナ……いやナディアの母親の身柄を返還か、我が国と戦争か。……私が選ぶのではない、陛下が選ぶのです」
「成る程、だが朕がそれを望むかと言えば──」
「なら、わが国は貴国に対して自国民の返還。即ち邦人保護を名目に貴国へ開戦事由を得ると思われますが、よろしいかね?」
「……朕から、やむを得ん。息子には残念な報せを届けなくてはならないようだ」
「平和はこうして訪れさせるのです、お忘れなきよう」
君塚の静かな恫喝に、戦狼の国皇帝は屈辱の中折れた。
数時間後。
国境の橋の上で、一人の女性が引き渡された。
「母様!」
「ナディア……!」
ナディアは駆け寄り、母の胸に飛び込んだ。
12年越しの、親子の再会。
幼くして分かたれた親子は母の故郷にて再び出会う。
君塚はその光景を見届けながら、ふと背筋に寒気を感じた。
(……聖女は不老で、肉体年齢が固定される。まるで、男の欲望のためにそう作られたような……)
この世界のシステムそのものに対する得体の知れない嫌悪感と予感が、君塚の胸に黒い澱のように残ったのだった。
「そうして私と夫は出会い、そこから関係が始まったのです」
「ナディア……あの時は色々とすまなかったな」
「いえ、こうして夫婦で過ごせるようになったのですから私は気にしておりませんよ。ところで……」
「ナディア、何だ?」
「あの頃の服が最近入らなくって……やはり悠里と過ごすと幸せ太りしてしまうのでしょうか?」
「妻が幸せなら何でも良いさ……だが、あんなはしたない服は出来れば控えてくれよ?我が愛しき妻殿」
「あらあら?嫉妬ですか、ならもっと身体を引き締めないとですね」
ヒロインが何か追加されちゃった…




