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気づいたら 鬱 ど真ん中にいました  作者: すずしろ たえ


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9/17

おうちの中から出たくない

 ――書けない……。


 PCモニタを前に、私は頭を抱えていました。

 締め切りのあるお仕事原稿は、途中で止まったままもう何時間も進んでいません。


 求められているのが「私」ではなく、「すずしろ たえ」という名前だけなんだと思い知らされてから、書き進めたくても書き進められないのです。


 これは、専業作家にとって致命的なことでした。

 専業作家とは文字通り、文筆業を専門に仕事をしている作家のことで、書かなければ収入(ギャラ)は発生しないのです。

 仕事をどんどんこなしていかなければ、生活はあっという間に行き詰まります。

 まぁ私の場合は結婚しているので、サラリーマンの夫の収入があれば最悪、生活自体はなんとかなりますが、だからといって夫に頼りきるのは私の(しょう)に合わん。

 なんとかして前みたいにパパッと書き進めて、次の仕事に取りかからねば……。


 そうは思っても、実際問題全く筆が進みません。

 焦りだけが募っていきます。


 これこそが鬱の「思考抑制」の怖いところなんですが、このときの私は自分が鬱に――それも中~重程度の鬱状態にあることに、全く気づいていませんでした。


 なぜなら鬱は、心の病気でありメンタルにのみ来る(やまい)だと思っていたからです。

 そして私はメンタル的にはそこまで低下していない。

 もちろん落ち込んではいましたよ。だけど涙が止まらないとか、悲しい気持ちが続くとか、部屋に引きこもって外に出られなくなるとかはなかったし、家族や作家仲間と毎日楽しく会話もできていましたから、これが鬱だなんて思いもしなかったのです。


 と書いてみましたが、今考えればメンタル的な症状もめちゃくちゃ出てたんですよね、私。

 涙が出たり悲しい気持ちが持続したりはしませんでしたが、外には出られなくなっていたのですから。

 外出できない。というか、外に出る気が全く起きなかったんですよね。

 当時の私は「外に出る気が起きない」が「外出できない」とイコールで結びついていませんでした。

 だって一応、一週間に一~二回程度は食材の買い出しなんかで外に出ているし、一~三ヶ月に一回は作家仲間と展覧会とか美術展に行ったりもしていましたからね。


 だけどそれ以外はずっと家に引きこもり。


「だってお仕事が忙しいんだもん。外出している余裕があるなら、家に籠もって一文字でも多く書き進めたいんだもん」


 そんなことを言いながら、PCの前に張り付いている始末。

 家にいなきゃいけない。そんな思考に囚われて、一歩も前に進めなくなっていたのです。


 こんな状態ですから夫にはいたく心配され「たまには気分転換も必要だぞ」とポタリング(自転車でのんびり散歩する行為)に誘われることもありました。

 夫、わざわざ有休を取って、自分が所有している折りたたみ自転車二台を車に積み、他県の観光地を一緒に自転車で回ってくれたのです(私は夫の自転車を借りて走行)。


 今考えると涙が出るくらい嬉しい行為。

 なのですが……このときの私は、そんな行為(好意)に感動もせず、ひたすら


 ――こんな疲れることせず、家で仕事していたいなぁ……。


 なんてことをぼんやり思っていたのでした。

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