心療内科に行ってみた②
それまでの私は、鬱とは心の風邪・心の病であって、気分が落ち込んだり引きこもりになったりするようなものだと思っていました。
つまり、いわゆる抑うつ状態が鬱の全てだと思っていたわけです。
抑うつとは気分の落ち込みが強く、憂鬱で悲しい気持ちになったり、不安が強くなり、悲観的になって希望が見いだせなくなるなどという状態のことを指します。
けれど実際には抑うつ状態だけでなく、身体的な症状も出るうえに、思考や意欲に強く作用するような症状まで出るのだということを知りました。
常に頭がボーッとして、思考が散漫になる。
次第に集中できない時間が増えてくる。
判断力、決断力に欠ける。
物忘れが酷くなる。
単語や名称がすぐに出てこない。
それまでできていたことが、できなくなる。
上記は全て、私が実際感じていた症状です。
ずっと思考が鈍って、頭が上手く働かずに苦しんでいたのですが、これらは全て思考抑制と呼ばれる症状のせいだったのだとか。
つまり鬱は心の病というわけではなく、脳内物質のバランスが崩れて機能が低下し、メンタル以外にも思考や身体にさまざまな症状が出やすくなる病ということなのです。
出る症状は人によってさまざま。
どうやら私は、メンタルよりも思考抑制と身体症状が強く出るタイプだったようです。
「文筆業の方だと、思考抑制が出ていたらさぞ大変だったでしょう」
と、医師に同情(?)されたりして、ほんそれ……と遠い目になりました。
そして診断のなか、凄く凄く遠回しな表現で、自死を望んだりしなかったかを聞かれました。
鬱も重度になると、発作的に自死を選ぶ場合があるのだとか……。
自死? ないない、それは絶対ない。
不眠症を患って以来どんなにつらくても、死にたいと思うことは一度たりともなかった、と言いました。
が。
最近になって思ったのは、大蛇が餌を丸呑みする動画を延々観ていたり、自分の思いをたっぷり込めた大事な作品を二つも跡形なく消し去るなどの行為。
あれは希死念慮に当たるのではないだろうか、ということでした。
希死念慮とは死を望む気持ちのことを指すのですが、直接的な死だけでなく間接的なものも含まれるらしいのです。
――あのときの私は、動画や作品削除行為で、間接的な死を堪能していたのでは?
そう考えて、ゾッとしました。
閑話休題。
「自死は望んでいない」との言葉をを聞いた医師はウンウンと頷き
「ではお薬での治療を進めていきましょう」
と提案してくれました。
減少したドーパミンやセロトニンを回復させるためには、薬を服用しての治療が最適なのだそうです。
そこになんの異論もない私。
こうして薬物療法による治療が始まったのでした。




