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8、特別任務


ひっきりなしに人が出入りする建物、それが通りに面した店ならきっと誰も異常とは思わないだろう。


『まだか』『この件は内密に』『おーいそっち持ってくれ』『これは…』『話が違う!』『予約は確認んできません』『素敵です』『キャンディをくれ』『これは気持ちです』『またおいでください』



その建物はどこかの商会らしく、客と店員の声が無数に飛びかっており、ローリエはその全ての言葉をひたすらメモしていた。

…………樽の中で。


「おい、この樽どこに運べばいい?」

ギクリと体が飛び跳ねる。魔術で聞こえた声じゃない、まじかで聞こえた声は、ローリエが身を潜めている樽のことをさして言った。


…………運ばれたら困るよぉぉ


息を潜めながらも、メモに字を書き続ける、明らかに関係のない言葉以外を小さな字でできる限り。


「いや、それはいい……なんだその樽、こんなのあったか」


冷や汗が流れる、開けられたら自分はどうなりにだろうか


……ラシオンさんジッとしてても大変だよ!


焦りと恐怖がジワジワと襲ってきていたローリエの()に足音が響いた。


「すみません、裏手に運ぶ物を間違えた様で」


「あぁ、そうなの」

「裏手のやつって、酒場のか?随分多いな」

「えぇ、集まりがあるんだとか」


どうらや、この樽を開けられる心配はなくなりそうだ、ローリエはそう安堵したが、一拍置いて疑問もが浮かぶ、この樽はラシオンが用意した物のはずだ、裏手に運ばれる予定も酒場に運ばれる予定もないはず。


首を傾げていると、パカリと言う音と共に樽の中に光が入ってきた。

「あ、ふぁぐっ!」

恐る恐る見上げた先には、見知らぬ男。こちらを覗くその目を見た時き、喉の奥から出て来る声を抑える事ができなかったが男の手が、ローリエの口を塞いだ。


「ぷはぁー」

口元から手を離されたローリエ、樽から引きずり出され、抱えられて、商会の裏手に止めてある馬車に押し込まれた。


「どどどどちちらさ、まで」

部外者はローリエなのに、馬車の梁に張り付いてそういうと、見しらぬ男は、ため息を吐いた。

「俺だ、ローリエ」

「…………え?」


俺と言われても誰だかわからないローリエに、男はキッチリと撫で付けられた髪を乱暴に掻き乱し、懐からメガネを取り出した。


「まさか……ラシオンさん!」

全く気づかなかった、完璧な変装である。

「そんな事できるなら、私樽に入る必要なかったのでは……」

「壁に耳を張りつけていたら、怪しいだろう」

確かに、だから今日ローリエは樽に詰められたのだ。


ローリエがラシオンに任された仕事は、情報収集。

どうやら、ある商会が不当な商品を売り買いしているらしく、その証拠集めにローリエの魔術が選ばれたのだ。


「緊張しました。昔したかくれんぼって中々ハードな遊びなんですね」

「遊びと一緒にするな」


はーと疲労を吐き出すローリエ、そのオデコをラシオンは突いた。

「それで、目星しい情報は手に入ったか?」

「あぁ、その…聞けば聞くほど、全部怪しく見えてきまして……」

ローリエはおずおずとメモノートをラシオンに差し出す。

両手で差し出されたそれを受け取り見ると、そこには小さな字でびっしりと文字が書かれていた。ほとんどが潰れて読めない文字、メモノートから視線を外しローリエを見ると、本人も自覚があるのか、申し訳なさそうに、人差し指同士を付き合わせている。


「取り合えす、聞き取れた物全部メモしました」

「お前、この間は個々の話を聞き取れてたよな」

「だって、初めて聞く人の声なんて、誰が誰だかわかりませんよ!」

ブンブンと拳を握り抗議するローリエに、ラシオンは己の失態に気づいた、

確かに初手で聞いた声をローリエが見分けられるとは思えない、多少便利のいい魔術だが使う人間次第。ラシオンはページをめくり、今可能な限りの情報を得ようとした。


「……」

「…………」


無言の時間、口を引き結びローリエは気まずい空気に耐える。はっきり言って自分は綺麗な字を書ける人間ではないと自覚しているため、ラシインのシワのよった眉間に気持ちが冷える思いだ。


「うん、あらかたわかった」

解読できたんですか、なんて言おう物ならシッペが返って来るだろう。

そこは流石ラシオンさんだと、ローリエは胸を撫で下ろすだけに止めた。


「この店、密輸しているな、しかも国で禁止されている植物を。輸出入なら海の町カイカームと半日離れた港町が出入り口だが、この街まで運ばれたのならかなり広い範囲で横流ししているはず」


何やら小難しいことを言っているラシオンにローリエは理解もできていないのに頷いた。

そもそもラシオンはローリエのポンコツ具合をこの一年と少しで熟知しているので、これはラシオンの一人ごとだとローリエは思った。


「理解してないだろう」

「えっ、私に言ってたんですか?」

どうらや一人ごとではないらしい、ラシオンは目を眇めてローリエ頭に手を伸ばす。

「絞った情報だけを集めて欲しかったが、無理そうだな。お前は俺の用事が済むまで、樽の中で出来る限りノートに書き込め、いいな」

乗せられた大きなてが癖毛頭を左右に揺らし、呆れた声で言ったラシオンにローリエは揺らされながらも小さく返事をし、再びラシオンによって樽の中に収納された。


小一時間ほどだろうか、ラシオンがこの商会の中にいる事を知ったローリエは様々な声の中で聞き馴染んだ声をどうしようもなく追ってしまい、初めの頃より集中力が阻害されてしまっていた。



 『良い顔ね』『おーい、こちだ』『こちらに書類ですが……』『体も』『酒がねぇ』『今回だけ』『またお越し下さい』『メガネ外して』『話しをそらすな』『申し訳ありません』『これで終わりにしたい』『よろしいのですか?』『仕事中ですので』


大人の会話が聞こえる、マダムの声とラシオンの声にローリエは居た堪れなくなって耳を塞いだが、描く手が止まっただけで、耳の中に音は流れ混んでくる。


ラシオンさん!狙われてる!


冒険者ギルドでも、新人冒険を揶揄うオバ、熟練の女冒険者はいるが、まさかあのラシオンが同じ目にあっているとはショックを受ける。


『お願いよ〜』『…………』『……………………………………』『お客様相手にその様なことは…』『…………』『お客様だからこそでしょう?』


完全に意識がそっちに向いたローリエは魔術を制御できず、気になる話題に注目してしまう。


「ねぇ、一回だけ」「ご遠慮します」


ゴッ!

 

音がしたすぐそばの樽の向こうから、口を押さえているローリエはハッと魔術を解き外に様子に意識を集中させた。


近くで何か起こった。ドクドクと緊張し冷や汗が背筋を伝うと同時に樽の蓋が開けられ、出そうになった声を耳を塞いでいたでが押し止めた。


「ら、ラシオンさん」

ビックリさせないでほしい、まさかマダムを振り切っていつの間にか戻ってきていたとは、先日アルメと怖い物見たさでホラー系の演劇を見たばかりなのでやめてほしい。


樽に入ったローリエが、ほっと息を吐くとラシオンはローリエの脇に手を入れて小さい子供のようにそっと少女を外に出した。


「凄い音がしましたけど、何か……」

あったのか、そう丁寧に樽に出されたローリエは軽く周りを見渡し固まった。


女の人が白目を剥いて倒れている。


「もしかしてマダムですか……」

「マダム?」

ラシオンは無表情で首を傾げ何だそれはと言いながら、倒れた女をローリエの入っていた樽に押し込み、蓋をした。

その姿が舞台で見た殺人鬼の隠蔽する姿と重なり、ローリエは一歩ラシオンから身を離した。


「やっちまたんですね……」

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