6、良い日
「ふーん、ローリエ魔術使えたんだ」
とある夕食時、ローリエは友人のアルメとギルドの酒場兼食堂でトロトロ卵のオムライスを食べながらラシオンとの魔術指導の経過を話した。
「私は魔力の魔の字も無いからな〜」
一瞬だが剣呑な声色を発したアルメは次にため息混じりにそう言った。
「ラシオンさんに教わればアルメも出来る様になるよ、私も教わるまでは自分が魔術使えるなんて知らなかったし」
「そのラシオンさんにさぁ、初めてあった時言われたんだ」
「なんて?」
「お前はどうして生きてるんだって」
「えっ、何それ」
「後で知ったんだけど、魔力なさすぎて普通は生命維持に支障をきたすらしいよ、まぁ今日も魔獣を一体仕留めるほど元気なんですけど」
ふふん、と自慢げな顔をして最後の一口を平らげたアルメの今日の獲物は、二メートル程の狼型の魔獣だ。
魔術も使わず一人で討伐したアルメの姿に、ローリエだけで無くターリアもギルド長も驚きと心配の顔を覗かせた。
「どんどん大物を捕まえられるようになるね」
「うん、行動のパターンとかわかって来たからな、最近では想定通りのことしか起きなくて逆に張り合いがないくらいだ」
水をグッと飲み干したアルメは席を立つとお皿を返却口に戻した。
「疲れたから風呂入って寝る」
「あっ待って私も行く」
ギルドの宿舎には、お風呂は備え付けていないため、ローリエ達はギルドの横にある大衆浴場をいつも利用している。
ローリエは、残りのオムライスを急いで完食するとモグモグと口を動かしながらアルメと共にギルドを出た。
………………………………
「ローリエちゃんすごい!」
翌朝、ターリアさんにも魔術練習の事を話した。
一度、魔術について相談した事もあり、その後どうしているのか気になっているようだったので、話をすることにしたが、固有魔術については都度誤魔化しながら伝えた。
口止めはされていないが、ラシオンに口が軽いやら危機意識が低いやら言われそうな気がしたからだ。
「その、すごく褒めていただいてなんですけど……私、かなり下手くそらしいです」
「それでも使えるだけで凄いよ、ほら魔術って生まれ持った魔力量も影響するし、魔術道具頼りの人も多いんだよ」
「そうなんですか」
昨日と今日でラシオンの言う、発生、コントロール、そして魔術の解除がスムーズに出来るようになった訳ではないが、それでも褒められるのは嬉しい、ローリエはその後、ニマニマと仕事をこなした。
(もっと色んな人に褒めて貰いたい)
「聞いたよローリエちゃん、ラシオンから教わって魔術が使えるようになったんだってね」
昼食時、酒場の調理や管理を任されているスナイサが、賄いをもらうために厨房に訪れたローリエを見るや否やそう声をかけた。
ちなみにスナイサはギルド長サイモスの奥さんであり、ラシオンの母だ。
「へへへ、もう聞いちゃったんですかぁ、まだ全然上手く扱え無いんですけど〜」
謙遜しながらもダダ漏れのニヤケ顔で喜びを隠しきれていない少女を、スナイサは微笑ましいと穏やかな笑みを向ける、その手にはサンドイッチの乗った皿がある。
「はい、今日の賄い」
「ありがとうございます。海老カツだ!海老カツサンドだ!」
「喜んでくれてよかった。そうそう、魔術使えるようなったって聞いて、今晩はローリエちゃんの好きな物でも作ろうかって話をしたんだよ、何か食べたい物あるかい?」
「良いですか!私ハンバーグがいいですチーズがたっぷり入ったやつが食べたい!」
「ふふ、わかった任しといて」
まさか魔術を覚るだけでここまで良い事があるとは。
ローリエは浮かれたが、褒められれば伸びる性分のため午前の仕事を順調に終える事ができたのだ。
幸先の良い日にウキウキと賄いを持って中庭に足を向ける。
プリプリの海老カツサンドを涼しい風が通るギルドの中庭で食べながら、きっと午後も上手くと足を揺らしていた時そっと頭上に影が刺した。
「お前か、サイモスが話していた小娘」
聞こえた声は野太い男の物で、よく通るその声に突然話かけられてローリエの肩が跳ねた。
「ど、ど、どちら様ですか」
思わず手元が力み海老カツサンドのエビがポロッと落ちた。
「おぉ、ワリィ急に話かけて、珍しい赤髪にもしかしてと思ってな」
振り向いた先、ローリエを除き込む様に見ていたのは大柄な男で熊の様な体格はギルド長に似ている。
逆光で顔は見えにくいが、悪く言えば悪人顔だろうギルド長同様の威圧感のある雰囲気で、太い眉毛も、人の顔を覚えるのが苦手なローリエでも覚えやすい。
「俺は、ここのギルド長の昔馴染みでな。仕事でもあれやこれや…三、四ヶ月に一回遊びに来るんだ」
面倒なのか説明が雑だがギルド長の友達と言うのはわかった。
「冒険者の方ですか?」
「いや、騎士だ」
騎士だそうだ。ローリエの描く騎士像とは違うが、本人がそう言うならそうなのだろうと、ローリエは遅れ馳せながら椅子から立ち上がり、海老カツサンドを持った状態でペコリとお辞儀をした。
「ローリエです、ここのギルドでお世話になっています」
「やっぱりか、まぁタイバンじゃ赤髪は見ないからな。あぁ俺はノワール、王都で騎士をしている」
「王都から」
王都はこの街から東に馬車で一月かかる距離にある、それを二、三ヶ月に一度来るとなったら仕事は大丈夫なのだろうか。
「しっかし、ほんと立派な赤髪だなぁ、まぁ何かあったらギルド連中を頼れよ、サイモスは脳筋だが、息子の方は賢い」
「はぁ」
出会ってすぐの人物に赤毛をわしゃわしゃと撫でられる経験がないため、どう対応すべきか迷っていると、騎士のおじさんは満足したのか、ガハガハと笑いながら去った。
「夏って感じのひ人だな」
「ローリエ」
残りの海老カツサンドをモグモグと咀嚼していると宿舎に続く渡り廊下からラシオンが声をかけた。
「ラシオンさんお疲れ様です」
「……」
「どうかしましたか?」
「何かされていないか」
「へぇ?何もですけど」
「そうか」
いつもは冷たい表情が、その時は優しげに見えたのは声色のせいだろう。
その後、すぐにいつもの声でラシオンは仕事の話を始めた。
「ローリエ、来週の三日間だけギルドの業務を離れてもらう」
「離れる?どこに行くんですか?」
「街の郊外……具体的な内容は当日説明する、お前は口が軽いからな」
「ごもっともです」
それ以前に、今教えられても忘れる可能性があるためローリエとしても当日の方が良いが、それとは別に不安もあった。
「難しい仕事ですか?」
「いや、ただジッとしている仕事だ。それと、お前には長時間魔術を使ってもらう、明日からその訓練も始めるから就業時間も早めに上がってもらう」
「訓練……」
「そう難しい物ではない、問題は魔力量だが…固有魔術の場合は魔力の親和性も高く負担も少ないはずだ」
「いえ、多分もっと別の問題もあります」
長時間、あの声の渦の中にいるのは可笑しくなってしまうのでは無いか、ローリエの不安の種を察したのかラシオンはそっと手を伸ばしてローリエの赤毛に触れた。
「馴れだ」
そう言った後、ローリエの頭を左右に揺らしてラシオンはギルド内に戻った。
…………今日は頭をよくさわられるな
そうして一日を終えたローリエは、いつもより仕事のミスも少ない上に美味しいハンバーグも食べて。心地よく眠りについた。
翌日から、想像以上に厳しい訓練が待ち受けていることも知らずに。




