5、魔術特訓
魔術師は勤勉でないと務まらない、それと度胸と恐怖しない心も必要だと、ここ数日でローリエは理解した。
「うっ」
両手に魔術陣の描かれた紙を置かれた少女は、顔を背けながら体に流れる魔力を手の平の紙に集中させた。
「アッチっ!」
「自身が生み出した魔力による事象に対して体は一定の耐性を持っている」
「消せないラシオンさん助けて!」
ラシオンは自分の手から上がる炎に怯えるローリエを宥めるために、そう声をかけたが、慌てる少女に聞こえていないようだ。
仕方なく、炎燃え上がるローリエの手にラシオンは自身の手を添えて魔術の権限を奪う。
「怯えすぎだ。発生させてコントロールし、解く、一連を通して魔術になる」
「無理です」
魔術師総会の第四図書館で魔術の基本を教わり、以降ギルドの中庭でラシオンに付きっきりで指導を受けているローリエだが、基礎魔術師である土、風、水、火どれも発生させる事は出来たが、コントロールは愚か一度魔術語に流した魔力すら途切れさせる事も出来ておらず。その度にラシオンが手を貸す状態が続いていた。
「魔術、私には向いていないです」
「そうだな」
(遂にハッキリ言われた!)
初めの頃は相性の問題だろうと、一応気を使われていたがとうとうそうはいかなくなった。
ここからどう指導されるのか、上目でラシオンを見上げると彼は顎に手を当て何やら思案している。
「ローリエ」
「はい!」
しばらくして名前を呼ばれたローリエは騎士の様にピシリと姿勢を正した。
「……明日から基礎やめておこう、先にお前の固有魔術をコントロールする」
ラシオンはそう言うと胸ポケットから用紙を取り出し、ローリエにそれを広げて見せた。
「お前の描いた魔術陣は残念ながら既存する魔術書には無い」
「はい?」
確か第四図書館には五千冊以上蔵書しているのでは無かっただろうか。既存する魔術書ならこの世の全ての魔術師書を読み漁った……「言って置くが魔術書一冊一冊が全く別の事を書いているわけでは無いからな、似通った物も多い、それに作者違えば魔術語の組み立てや解釈も違う奴がいる。そう言ったデタラメな文献は初めから除外して調べた」
「そうなんですね」
在学中に得た知識もあるだろうが、この数日で世界中の魔術書を調べ上げたのかとラシオンに対し飛躍した考えを巡らせたローリエは現実に戻された。
「だが、この世に出回って無い魔術陣は幾つも存在している」
「出回っていない?」
「例えば、代々固有の魔術研究をしている貴族家にはほとんどが王家や国を守護する役目を担っているため秘匿権益が与えれている、外部に魔術を知られてはいけない上に外部も知ろうとする事は許されない」
「なるほど……」
小難しい話だが何と無く理解し頷くローリエにラシオンは目を細める。
「…………まぁそう言った魔術師家系は秘匿権益の有無にかかわらず、自分達の研究を表立って発表はしない連中は多い……中には非人道的な研究を家系ぐるみで行う者もいるからな」
「げっ…」
単に魔術と言ってもローリエが習った基礎以外にも様々ある。魔獣と戦う上で攻撃生の高い魔術もあるのだからその中で非人道的とつく物は一体どう言った物何だろうか、嫌な想像をしてしまいローリエは顔を歪ませた。
「私のはそう言った物とは違うんですよね?」
「あぁ、あの日のお前の状態、聞いた感覚からして一定の範囲内の声を聴く|事ができる、身体強化に付随する、魔術だろうな」
「長い名前ですね」
「……魔術の名称は基本後付けだ、前も教えたが魔術語は現代読みで元は古代の人間が使ってた古語だ」
「じゃっ私の魔術ってもしかして私が名前付けいいんですか?」
「良いが、なんてつける?」
「うーん」
いざ考えるとなれば迷うがローリエは二マリと笑み自身満々に口を開いた。
「聴界魔術!どうでしょう!カッコよくないですか!」
「……」
「何で無言なんです……」
自身満々に言ったが真顔、しかも無言で返されてローリエは居た堪れなくなった。
「そうだな……まぁ、おいおい決めるといい今は取り合えす、「範囲聴覚」とでも言っておくか」
「え……」
自身の案を却下させただけで無く「魔術」を付けない命名方法も提示されてローリエは肩を落とした。
「この紙に魔力を流せ」
先ほどのやりとりを無かったことにしたラシオンは、ローリエに魔術を使うよう指示した。
紙に書かれているのは以前ターリアにも見せた、ある頭の中にある魔術陣、図書館で色々と聞き出されているうちに、思わず話してしまったその空想話を、ラシオンは笑わず聞いてくれたが、余りにも真面目に取り扱う物だから逆に恥ずかしくなってしまった。
言われた通り魔術陣の描かれた紙に魔力を流すと前と同じ様に、様々な言葉が頭の中に流れ混んできた。
『あっ……』『痛いって!』『くっそこれっぽちか』『また次があるさ』『お腹すいた〜』『私の事見てたでしょう』『今晩どう?』『よしときます…』『話かけるな』『待ってくださいよ〜』『くそっ早く乾け!何でコーヒー飲みながら書くかな俺!』
逃れようのない声の嵐に、目を回しそうになった時ラシオンの長い手がローリエに耳を塞いだ。
「防音魔術」
「わはぁー」
「効果はあるのか」
音を遮断する防音魔術は、どうやらローリエの魔術使用中の身体にも効果があるらしい。
全ての音が、完璧に消えた。もちろん、ラシオンの声も聞こえず「はい?」と戸惑ったローリエは、思わずラシオンの手を自分から外してしまい、再び音の渦に巻き込まれた。
……一体どこまで考え無しなのか。
そしてここから問題が発生した。基礎魔術と同じく、魔術の解除の仕方がわからないのである。
「ラシオンさぁん」
耳を塞がれたまま懇願するローリエにラシオンは呆れる。例に漏れず魔術の権利を上書きしようかと考えたが、身体強化系の魔術は常に相手の魔力による補強をしているためこちらにもリスクがある、それにローリエは言葉で尽くすより体で理解する方が早い。
ラシオンはローリエの耳から手を離し、二、三歩離れる。
「ラっラシオンさん!?」
突然突き放され、ローリエはショックを受ける。ラシオンは自分で耳を覆うローリエに静かに声をかける。
『ローリエ、イメージしろ自分の内側から漏れ出る魔力を再び内側に納める』
「む、無理です」
そのイメージが出来ないために、ローリエは魔術の解き方がわからない。慌てるローリエにラシオンは再び言葉をかける。
『ローリエ、自分の体から出る、例えば涙や汗、血、それを止めるイメージなら出来るだろう』
それらは全て生理現象では無いのか、生まれてこの方その全てを自分の意思で止められた事は無い。
声の渦に邪魔されながらもイメージしようともがく中、ローリエの耳に一際目立つ声が響いた。
『サイモス!トイレ貸してくれ』『はぁ!来て早々それか!お前は毎回詰まらせるだろ!街の外で穴掘って済ましてから来い!』
…………ローリエはそっと耳から手を話した。声の渦はもう聞こえ無い。
「できたようだな、その感覚を忘れるな」
腕を組んで見守っていたラシオンはそう言った。
……言えない、魔力をコントロールするのに何をイメージしたかなんて……
「ギルド長、なんか重要そうな書類にコーヒーこぼしたらしいですよ」
だからローリエが八つ当たりにボソリと呟いてしまったのは、仕方の無いことだろう。その時のラシオンの顔は見る事が出来なかった。




