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3、馴染んだ姿

ヘタヘタと午前の仕事をやり遂げたローリエ。

この街のギルドにお世話になってから一年が立ち、環境にも慣れて来たが、仕事の大変さは変わらない。


だがそんな中でも、休憩時間はある程度へこまずに過ごす事ができるようになり、最近のローリエは昼食片手に、本を読むくらいの余裕が持てるようになった。


そして今、もっぱらローリエが熟読している本は、魔術書である。


 


 

魔術を発動するために必要なのは魔力と魔術語である。まず魔力というのはエネルギーであるこれは人により生まれながら器が違うため。魔術師の実力はほとんどこの体の中に維持できる魔力量で八割決まると言われているそこそこ理不尽なものだ。


次に魔術語。これは人が魔術を行使し始めた時代にその原型を形作られたとされ古代語とも言われる物だ。

この魔術語は体内の魔力を物理的な例えば火や水あるいは事象へと形作るために必要な()()の様な物だ。

魔術師はの知識としてこの魔術語を学び覚え、そして円の中に配置して安定した魔術を行使できる人の事を言う。独学で勉強する人もいるらしいが。魔術師に弟子入りしたり。大きな魔術師組織が運営する学園に入りそのまま組織入りする事が一般的なのだとか。


だからこの世界に魔力があるからと言って魔術師になる人間はあまりいない。まず魔術語を学べる環境にいなければ魔力は生命を維持するために必要な血と同じ程度の扱いだ。


しかしローリエは生まれた頃から魔術が使えた。と言うと語弊があるが誰かに学ばなくともある一つの魔術語だけが。ずっと頭の隅にあるような感覚だ。


「また、お勉強?」

休憩時間。厨房からもらったまかないのサンドイッチを食べながら中庭で本をめくっていたローリエにギルド職員の先輩ターリアが声をかけ。そっと隣に座る。ローリエはサンドイッチを飲み込んで笑みを浮かべた。


「少しだけ興味があるんです」

自分の頭の中にある魔術語の話はしない。どう言葉にすれば良いかわからない上にきっと変な子だと思われる、一番嫌なのでは()()の様だと思われるわれる事だろう。


「ローリエちゃん意外と勉強熱心なのね。私も少しだけ学ぶ機会があったから単純な魔術語構成なら教えられるよ」

ターリアは微笑みローリエの頭をそっと撫でた。四人兄妹の長女だと言う彼女は年下にはこうやって面倒見の良い一面を見せ。ローリエが正式に職員になってからは、先輩後輩としてだけでなく何気ない時も気にかけてくれる優しい人だ。ローリエは優しい人がだし好きで、優しくされると口をモゴモゴと動かす癖を持っている。


「うふふ、ありがとうございます〜」


人の優しさに触れたローリエはすっかり止まったページをめくる手を思い出し、魔術書に視線を落とした。ギルドの資料室で特別に貸してもらった基礎魔術を学ぶための魔術書で、様々な魔術語や陣が描かれており、眺めるだけでも面白いがローリエの探している魔術陣は見つからない。


「ターリアさん」

「何?」

「この魔術陣って見た事ありますか?」


ローリエは、近くに落ちていた短い木の枝を拾い地面に自分の頭の中にある陣を描く。

残念ながら基礎本には似た様な魔術語すら載っていない魔術陣、子供の頃から違和感程度に頭に中にある物だが、このタイバンの街に来てから魔術師とも関わる事が増えてからか気になり出した。


「うーん」


ターリアはローリエの書いた魔術陣をジッと眺めたあと首を傾げて空を見た。


ギルドの中庭、建物の屋根からチラリと見える白い柱は、この街が誇る魔術師組織「魔術師総会」の建物だ。

「うーん、ごめんね見た事ないや。こことここの文字なら確か中級に載っていた様な気がするけど、でも少し違って見えるし」


ダメ元で聞いたつもりだったが、本気で考えてくれてるターリアは顎に手をあててしばらく悩んだ後これしか無いと手を打った。


「管理官に聞いてみると良いよ、総会の学園を卒業している人だし、きっと詳しいよ」


「ラ、ラシオンさん……」


ローリエは優しい人は好きだ、しかし怖い人は苦手だ。


「まぁ、気が乗ったらね、それにきっと知りたいって言えば教えてくださると思うよ、面倒見良い人だし」


「ターリアさんほどでは無いと思いますよ」

「コラコラ」


本人がいないからか言いたい放題のローリエ、それでもまんざらではないのかターリアはローリエの頭を撫でた。



そうして、気乗りはしないが機会があればそれと無く聞いてみようと思ったある日の事、ギルドの応接室を通りかかった時にラシオンとギルド長が話している声が聞こえた。


「本当に……のか……も知らな…………し…ローリエの……なるだろう」

「何も……ない…………にも酷でしょう……」


途切れ途切れだが、自分の名前が聞こえた様な気がして気になったローリエはそっと扉に耳をつけてた。


「だが、もう少し内情を確認してからで良いんじゃ無いか?」

「おっしゃる事はわかります。ですが例の件、関わりが無いとは思えませんでしょう」


主語が無いため、第三者であるローリエには理解できなかったが、困ったようなギルド長の声色からとても真面目な話である事がわかる。

ローリエは失礼ではあるが、自分の名前が出たため盗み聞きを続行した。

「うわぁッて!」

しかし扉は直ぐに開け放たれピタリと預けた体は支えを失いバランスを崩すし転んだ。

そんなローリエの首根っこ掴み持ち上げたのは扉を開けたラシオンだ。

「盗み聞き犯を捕まえました」

「放してやれ」


応接室の上座にある一人がけ用のソファーに、足を組んで座っているギルド長サイモスがそう言うとラシオンはローリエに立ち上がらせて襟首から手を話した。


「丁度よかったローリエ、ギルド長からお前に話したい事があるらしい」

ラシオンにそう言われたギルド長は「え」っと小さな声を発した。熊の様な鍛えられた巨体はなぜだかたまに、ひとまわり小さく見える現象が主にラシオンによって引き起こされる。


「あーまぁそうだなローリエ」

「はい」

「どうだ最近、仕事は」

「程々にミスをするほど成長しましたイデッ!」


会心の返答をしたローリエの頭をラシオンが手に持っていた紙の束で叩く。ローリエのミスの尻拭いそのほとんどをこなしているのはラシオンのためローリエはいつも甘んじて受け入れる。

「……そうか、頑張れ」

沈黙の後労いの言葉をかけたギルド長にローリエは話しは終わったと解釈し一礼して部屋から出ようとしたが。

「待て」

再びラシオンに襟首を掴まれて部屋に戻らせ、挙句に果てに扉を閉められてしまった。


「ラシオン……あのなぁ……」

「わかっています」

難しい顔のラシオンとギルド長に挟まれて、退路をたたれたローリエ、自身は何かしでかしたのかとアワアワと震え、そしてある考えが頭をよぎりローリエは思わず床に跪いた。

「クビですか!?」

「……ち」

「今までにミスが塵も積もって!?さっきの盗み聞きがトリガーですか!?」

「落ち着け、違う……ラシオン」

「今回は違うがこのままいけばそうなる」


うわぁぁぁぁんと声を上げたローリエをギルド長は宥めるつもりだったが、ラシオンはその気がない様だった。後頭を掻いたギルド長は仕方がないと脳筋ながらどう伝えた物かと頭を考えを巡らせた。


「ローリエ、特別な仕事したく無いか」

「特別な仕事?」

 嘘の様に静かに表情を変えた少女にギルド長は一瞬固まったが、気を取り直してなるべくラシオンを見ない様に話しを続けた。


「あぁ確かローリエは最近魔術の勉強をしているらしいな」

ギクリと肩が震えた。魔術書はギルドから貸し出させて貰っているため、そう捉えられても仕方が無いが、ローリエのは学びとは違いそして魔術なんてものは使えない上に知りたい事が知れたら使いたいと思ってもいない。

「いや、その難しくって私には才能無いなーって思いまして」


はぐらかそうと心見たが。ギルド長は巨体に似合わずコテンと首を傾げ「そうか、そうは思わんが」とと言い話しを続けた。

「まぁ、それでラシオンに教わるのはどうかと思ってな、ギルド職員も少しでも魔術を扱える方が良いし興味があるならな」

「程々にありません……」

「そうか少しはあるんだな」


言葉の裏を返されて話は進みそしてギルド長は「よっし、決まりだなラシオン後は任せた」と言った。


(私の意思は何処ですか……結局仕事って?)


無理やりな話の終焉を迎えてローリエは呆気に取られたアホヅラを晒しながら応接室から解放された。



「はぁー」

「なんだそのため息は…言っとくが俺に預けたのはお前だからなラシオン…それにはぐらかすために魔術の件を話したわけじゃ無い」

「えぇ、理解していますよ、取り敢えずは具体的な証拠を確認したい、ですよね。リーリエ、いやローリエの様子だと生まれてから一度も魔術を使()()()と言う自覚は無いようですし」


ローリエを帰した後再び話し合いを始めた二人。

ラシオンとしては早期に問題の一件を進めたかったのだが。ギルド長もとい父であるサイモスはそうは思っていない様で、話をはぐらかしただけでなく、面倒な形にしてラシオンに突き返してきた。

 

「あぁ、それにだ、時期が早い以前に俺は関わらない方が言いと思っているんだよ。ローリエとその祖母さんは他に身寄りが無いって、それにローリエが名前を変えたのも…」


「それもローリエの様子を見ながら判断します」


何か気になる事があればラシオンは調べたくなる性分だそれは父親であるサイモスも理解している。

そしてそれ故に、人の気持ちや機敏に疎いこともラシオン自身も理解しているために父の言葉を全てすげ返す事はしない。


「俺は嫌だと思うがな…」

目元を暗くしてそう言うとサイモスは口に出すのも憚れるのか途切れ途切れに話す、それでも何を言いたいのかは伝わりラシオンも無表情ながらに俯く。

「わかっていますよ……面倒はちゃんと見ますから」


そう言いメガネを上げ、姿勢を正したラシオンはドアノブに手をかけた。

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