2、明けのさよなら
嫌味なほどに清々しい朝、リーリエは村の墓場の前で立っていた。
昨晩の内にすでに埋葬された人もいると言う。生き残った家族が早々にそうして欲しいと一番近い街のギルドにお願いしたらしい。
当然、余所者で、村にリーリエ以外身内がいないエーリスの墓は無い。
村はリーリエが森に逃げた先で気を失っている間に、襲われた人々の姿も救助に来たギルド冒険者によって討伐された魔獣の死骸も無くなっていた。
けれども崩れ落ちた家々はそのままだ。比較的高い位置にある家々は無事で村長の家もその一つ、リーリエは救助されてそこに寝かされていた。
疲労とストレスで気を失ったが、体は軽症だったリーリエは魔術師によって治療されて。昨晩の痛みは嘘みたいに消えている。
「体、大丈夫?」
声をかけて来たのはギルド冒険者の少女で年の頃は同じなのに短い黒髪と藍色の瞳も相まって大人びた印象を持っている。
「うん」
初めて会った人、けれどもこちらを気遣う声に無視することはできずにリーリエは頷く。
小高い位置にある墓地向こうには、崩れた建物が見下ろせリーリエと祖母が暮らしていた古屋が見えた。最後に見た以上に崩れており、あの騒ぎの中、魔獣との戦闘でさらに崩れたのだろう……
まるで窓向こうの光景を見ている様だ、屋根の破片あそこで祖母は……祖母、おばあちゃんはどこなのだろう、時間が経つにつれて体が冷えてくる頭は探せと喚いているのに体は重い。
窓を開けるために手を伸ばす様に。古屋に向かって足を踏み出そうとした時。
「おーい馬車が来たぞー」
遠くで少女達を呼ぶ声が聞こえた。
「行こう……」
隣にいた少女に背を支えられて、リーリエは導かれるがまま歩き出した。
馬車付近には一人の魔術師と熊の様に大きな体格をしたおじさんがいた。
「ギルド長」
隣を歩く少女がそう言ったのであの熊みたいな人がそうなのだろう。
「他の人達は?」
馬車に乗り込み、しばらくして隣に座る少女がギルド長と言われた人にそう尋ねた。
「それぞれ村を出た、そのまま周辺の魔獣を狩るんだろう村にまで来なくてもスタンピードの影響で引き寄せられる魔獣がいるからな」
「あの、聞きたい事が、あって」
「何だ?」
「おばぁちゃん……私と同じ赤毛の老人が、街に搬送されていませんか?」
斜め向かいのギルド長は他の二人に視線で問う。視線を向けられた二人は小さく首を振った。
不安が体を襲う。もしかして祖母はまだ瓦礫の下に……それとも魔獣によって……
「村の半数が搬送されたからな、街に着いたらすぐに探そう」
「……はい……」
リーリエ膝の上の拳を握り締め。震える体を抑え込んだ。
『リーリエ、後で会えるから』
祖母はそう言った。握られたあの手の強く暖かい感触を思い出す、きっと祖母は助け出されて街の病院で治療を受けているはずだ。
だが、リーリエの思いは叶わなかった。
「病院についた頃にはもう……」
祖母は魔獣に食われる事は無かった。運良く瓦礫に埋もれていたためだろう。しかし瓦礫の下敷きになっていたため救助が遅れ、運悪く助かる事は無かった。
「ご高齢なのもあって回復魔術による治癒効果も薄く……」
辿々しいしく言葉を紡ぐ看護婦の言葉はリーリエには聞こえない。
苦しかったはずなのに。十四になるまで毎朝見ていた寝顔と同じで。穏やかで普段の勝気な性格の面影もない。
もう、あの声も、あの手の温もりもリーリエに向けられる事は無い。
そっと握った祖母の手は冷たい。体は白い布で覆われて隠されているが両手の傷が祖母が眠っているのでは無いとリーリエに知らしめる。
冷たく固い人の死を表す感触。初めて触れたはずなのに、祖母の死をリーリエは理解した。
「うっ……」
涙が溢れ口の中が苦い。熱い涙が痛く悲しみと辛さが混ざった感情がリーリエを襲う。
「リーリエさん……」
泣いて泣いてようやく理解をし終えたリーリエの側で背をさすり見守っていた看護婦が声をかけた。
「これきっとリーリエさん宛てだろうって、お婆様を治療した魔術師の方が預かって…」
そっと差し出されたのは布切れだ。袖の部分だろう、見慣れた質感のそれ開くと赤い文字が書かれていた。
『名を隠して』
その言葉の意味はわからない。最後に祖母がリーリエに伝えたい事だろうその言葉をリーリエは握り締めて再び涙を流す事しかできなかった。




