9、親友?
ラシオンがやっちまった翌日、ローリエは休みをもらっていた。
目覚まし仕掛けの時計も鳴らない朝、ローリエは体の求めるままに睡眠を取り、そして人体の赴くままにゆっくりと瞼を開けた。
その先にあったのは、赤い目。
黒い皮に覆われた生々しい目と合わない視線を交わされて、起き抜けの脳が警告を出す。
「ぬえぇぇぇぇぇえ!」
「あはは!」
ビクビクと体を震わせながら、その目から抜け出そうともがいていたローリエに、聞き慣れた笑い声が降って来た。
「死骸の首だよローリエ、おはよう」
ケラケラと笑うのは同室のアルメだ。黒いショートヘアと藍色の瞳を持つ少女は、心底可笑しそうに片手で生首を、もう片手で腹を抱えるその様子にローリエは自身が揶揄われたのを知る。
「その悪戯は狂気だよ……アルメ……」
昨日のラシオンといい、今のアルメといい、自分の周りには頭のおかしな人しかいないのかと、恐怖で冷えた体が冷静さを取り戻した時、ローリエは未だ笑う親友に寝起きのタックルを繰り出し、おあいこを決めた。
アルメは長い狩を終わらせた後にようで、魔獣の生首を抱えて眠ってしまった。
悲惨な目覚めを迎えたがこれでも休日だと思えば詮無いことで、ローリエは顔を洗いうねる赤毛と格闘した後、質素なワンピースに着替えた。
食堂に向かうためにギルドと宿舎を繋ぐ渡り廊下を歩く。のどかな朝の風景は昨日が別世界の事柄であると伝えるように、いつもの光景をローリエに見せた。
何気なく花壇の花を見ていると、芋虫を見つけた。理由はないが葉を齧る姿を近くで見ようと中庭に足を踏み出した時、わずかな会話が中庭の隅、保存庫から聞こえて、ローリエはビクりと体を跳ねさせた。
してはいけないが、盗人でも入ったのか確かめる為と言い聞かせて、魔術を使い、保管庫に耳を傾けると、低い男の人の声が数名聞こえた。その中によく知った声も聞こえて、何やら質問責めにあっている。
「ラシオンさん捕まるんですか⁉︎」
「何でだ?」
たまらず保管庫を開け放ったローリエの開口一番にラシオンは動じることなく返し、ローリエに扉を閉めるように言った。
扉の先には、街でたまに見る制服姿の男性が二人いた。ローリエは一拍置いて彼らがタイバンの街の警備隊である事を思い出し、落ち着いているラシオンの様子もそっちのけで、一人慌ててハラハラと駆け寄るとラシオンは心底呆れた顔でローリエを見た。
「何故って警備隊に囲われているから例のむぐっ」
慌てたローリエが昨日のマダム樽押し込み事件を口に仕掛けた時、ラシオンはすかさずローリエの口を塞いだ。が何故か周囲の警備隊はハハハと笑っていた。
(え、怖い)
皆サイコパス、
「ラシオンさんの英断はそのうち新聞に乗るから安易に喋ったらダメだよ、お嬢ちゃん」
英断とは、樽に押し込み事件がか、と意味がわからない状況にローリエはわかっていないのに首を縦に振った。
まぁ、とりあえずしゃべるなと言うことはわかったので、ラシオンに解放された後も口をつぐんでそっとラシオンの影から会話の内容を堂々盗み聞きした。
「すぐに白状しましたよ、危ない手にオーナーも嫌気がさしていたのでしょう」
「そうですか、仕入れ先はやはり?」
「はい、そちらはカイカームの警備隊と連携しないとなんで、今は何も言えませんが」
「いえ、俺の仕事はタイバン内だけですので、後はお任せします」
難しい話だ、だが何となくわかった。
どうやら、仕事は終わったらしい。
「ローリエ」
「言いません」
警備隊が去った後、ラシオンは自身の影に隠れていた少女に向き直りそう言うと、少女は最後に警備隊がラシオンにした敬礼を披露した。
「今回、お前の手柄もある、周りに言いたいだろうが、喋るなよ」
「はい!喋りません」
ラシオンの言葉に頷くと、彼は満足したのかギルドへと足を向けた。方向が同じなのでローリエもそれに続く。
「そう言えばラシオンさん、どうしてあんなところで喋っていたんですか?周りに知られたらいけない話なら、もっとちゃんとした、応接室みたいに防音魔術がある場所で話せばいいのに」
ふと沸いた疑問を何気なしに尋ねるとラシオンは横目でローリエを見た後ため息混じりに答えた。
「別の客がギルド長と使っている……王国騎士団との遠征試合が迫っているからその打合せ……わざわざこちらまでお出向きくださっている」
遠征試合と聞いて昨年の記憶を思い出す。毎年タイバンの魔術師総会本部の魔術士団と王都の第三騎士団が行う試合で、街はお祭り騒ぎになるのだ、確か秋ごろ行われていたはずだが、準備自体はこの時期から始まるのだろう。
それにしてもラシオンの少し嫌味が含まれた言い方が気になる。内情がわからないが仕事熱心な彼が嫌がる何かがあるのだろうと思い、あまりこの話はしないようにしようと思った。
「随分と遅い出社だな、ギルド職員の朝は優雅らしい」
そう思ったのだが、明らかにこちらに投げかけられた言葉を無視して歩くラシオンの姿に。彼の機嫌が最底辺である事に気付かされる。
一応ギルド職員に当てはまるローリエは、その言葉が投げかけられた瞬間休日なのも忘れて立ち止まり相手を見てしまった。見てしまった手前、ラシオンのように無視できず、毅然と通りすぎるラシオンと声をかけた男の人を交互に見る。
もし、男の人が冒険者だったらローリエもラシオンの後に続けたのに、着ている綺麗な黒い服に見覚えがありそれもできない。
「おい、ラシオン!!」
「ラ、ラシオンさん」
王都の第三騎士団。昨年の遠征試合で見た勇ましい姿が何故かローリエ達が来た中庭から現れた。
その騎士がラシオンの名前を呼ぶ姿は慣れているように見られ、親しい中なのだろうとローリエはラシオンの背に呼ばれていますよとタジタジしながら声をかける。
「貴様はギルド職員でもないのに施設内を歩き周っているな、それとも冒険者にでもなったのか?」
二度名前を呼ばれ、やっと立ち止まったラシオンは眼鏡の奥の鋭い目を更に鋭くさせて、ローリエ、いやローリエの更に奥にいる人物へと視線を向けた。
「遠征試合の打合せにいない人間をわざわざ探しに来てやったんだ、感謝されるべき相手に向ける目ではないな、いや生まれつきだったかすまない」
「それはわざわざ、有難い事だなお節介で必要のない労働をさせてしまって。いや、貴様には適職か、脳筋」
呼び止めなければよかった、黙ってラシオンの後に続けば、ローリエの立ち位置はもっと端の場所でいられたのに。
ギスギスピリピリそういったものがローリエを挟んで行われている。




