新米パーティの監視
翌朝はいつものように夜明け前に起きた。まだ厨房も人がいないようである。
そっと裏庭に出ると体をほぐして素振りをした後、ロードワークである。市壁の上は自由に走れるらしいのでそこに向かった。一周がおよそ4kmなので5周もすれば20kmほど走ることになる。夜が明けて明るくなって来るとランニングする人が増えてきたのでさっさと5周走り終えると一旦部屋に戻った。部屋にはシャワーがついていたのでシャワーを浴びてサッパリしてから食堂に行き、朝食を摂った。
朝食を食べながらネリーちゃん(宿の看板娘の名前である。宿にきた時に会ったやや小柄な娘さん)にトムのパーティが挑戦するというペルドロンのダンジョンについて聞いてみると、中級者が挑戦するダンジョンのようである。さすがに初心者には無理そうなダンジョンに挑むってバカじゃないか?
まさかトムのパーティがそこに挑戦するとも言えないので新米冒険者のトムについて聞いてみると、彼もいわゆる有名人だったようで、無謀な挑戦を繰り返して何度もパーティ全滅しかけているらしい。
「トムって自分に全能感を抱いているから危険がわからないのよね。体力もあるし剣術も上手だから一人で突っ走る。で後衛がついてゆけずにボロボロになるってことで有名だわ。」
僕をE級にしたのはそういうことか。あのギルドマスターめ、ややこしいパーティの世話を僕に押し付けたというわけだ。
朝食を終えると僕も準備をしてギルドに向かった。
ギルドにはクララさんと初々しい?パーティがいた。
多分トムだろう、筋骨逞しい少年がカッカとして早くダンジョンに行こうとゴネている。僕が近づくとトムは「おっさん、来るのがおせーんだよ。さあ行こうぜ。」とさっさとギルドを出てゆこうとする。
仕方がないので僕はトムの襟首を掴み上げることにした。
トムは「おっさん何する放せよ!」と騒いでいるがそのまま元の位置に連れてきて逃げられないように抑え込んだ。
僕は何でもないような声で「初対面なのだからまず挨拶だね。」と言った。
他のパーティメンバーはトムが抑え込まれているのが信じられないのだろう。一様に声も出せずに固まっている。
一足早く正気に戻ったクララさんが「おはようございます。本日は昇級試験を行います。対象はトムのパーティー。ダンジョンは『ペルドロンのダンジョン』です。」という。
「まずパーティメンバーの挨拶からです。どうぞ。」
トムは「グルルル」という獣の唸り声のような声を出した。僕に押さえ込まれているから仕方がないだろう。
次に魔導士のスーザンが「よろしくお願いします。」と丁寧な挨拶をした。次に神官見習いのケビン、斥候のラシアが次々に挨拶する。
僕も「今回監視役を務めさせていただきますリーナスです。皆さんが上の級に昇進するにふさわしいかについてしっかりと監視させていただきます。」と挨拶した。
その時トムが「まどろっこしい挨拶なんて無駄なんだよ。俺が一人でダンジョンクリアするのだからお前らはただの金魚の糞だ!」と叫んだのである。
クララは「そんなことを言って前回のダンジョンアタックは失敗したのですよ。2連続で失敗となると強制引退となる危険が出てきますから。」という。
僕はダンジョンの入り口まではトムを縛り上げてゆくように言い、クララもそれに同意した。
ダンジョンの入り口までは荷馬車に乗って1時間くらいである。縛られたトムはその間中ずっと罵詈雑言の嵐だった。
僕はトムを無視して、他のパーティメンバーに索敵方法や罠の見破り方、敵に対するフォーメーションの組み方などを確認し続けた。
意外なことに彼らは優秀だった。特に僕が指導する必要もない。
「じゃあどうして前回失敗したの?」
俺がそう尋ねると、彼らはチラチラとトムの方を見るだけだった。
僕がトムを見ると彼は「ふんっ」というように顔を背ける。
そうやっているうちに荷馬車がダンジョンに近づいてゆく。
荷馬車に積み込んでいた荷物を下ろしてダンジョンアタックの準備ができると、僕は「ダンジョンの中では何が起こるかわかりませんから慎重に行動してください。」ともう一度言って、トムを縛っていた縄を解くことにした。
トムは縄が解かれるや否や自分の剣を引っ掴むと脇目も振らずにダンジョンの中に全速力で突っ込んでいってしまった。
「あっ」
僕たちは呆然とするしかなかった。
「まあ想定の範囲内ではある。」
僕はそう呟いてみんなにさあ行こうかと促した。
短時間で全ての部屋を回っているらしい。倒されたらしい魔物の魔石があちこちに散らばっている。面白いことに罠が全て発動している。落とし穴や天井が落ちて来る罠、毒矢が飛んでくる罠など、普通に冒険しているだけではそこまで引っかからないぞと思うのだが。
ラシアが言った。
「トムは罠に引っかかる天性の才能があるのです。」
それは才能と言うより呪いに近そうである。
「でも罠に捕まっている感じじゃないよね。」
「ええ。彼は罠を発動させるのですが、その罠を天性の勘でことごとくすり抜けるのです。」
「そのとばっちりを受けていたのがラシアだったものねえ。」
ケビンがいう。
「は、はい。私が完璧に罠を見つけられないのでトムが罠を発動させてしまうと私がその罠に引っかかることがありまして。」
「もしかしてトムが先に行くのは先に罠を全部発動させるため?」
「そうとも言えますね。」
スーザンも魔石を拾いながら返事をした。」
「でもそれならパーティとは言えないな。みんなで力を合わせてダンジョンを踏破するのがパーティだよ。」
僕がそう言うとみんなが黙って下を向いた。
「さあ、そんなことを言っている暇はないよ。トムを探して前に進もう。」
僕はみんなを先に進ませた。
どんどん進むと下への階段が見えた。
「きっとトムは降りたのだろうね。我々も降りよう。」
魔石しか残っていないのでどんな魔物が出ているのかすらわからない。
さらに進んでゆくと向こうから剣戟の音が聞こえてきた。
「この向こうにトムがいるかもしれないぞ。」
僕たちが急ぐと果たしてトムが何体かの醜悪な魔物と戦っていた。
特にトムが劣勢なわけではない。トムは双剣で魔物に切り付けていた。
「魔物が再生しているわ。」
スーザンが呟く。トムが切り落とした魔物の腕はすぐに切り口から伸びて再生するのである。首を切り落としても首が生えて来る。
「トロールだな。」
僕がそう言うとラシアが「早く助けに行かなきゃ」と駆け出しそうになる。
僕は「待て」とラシアの皮鎧を掴んだ。
「何すんのよ!」
「トロールに切りつけても再生するだけだ。火矢は持ってきたか?」
「ええ、あるわ。」
「じゃあそれでトロールの傷口を燃やして焼いてしまえ。トロールの傷口は燃やせば再生しなくなる。」
「わかった」
そう言うとラシアは黙って油に浸した布を巻いた火矢に火をつけて狙いをつけた。
ヒュッ!
ラシアの火矢が放たれ、トロールの傷口に突き刺さった。
「ぐおお!」
トロールが喚き、燃やされた傷口からは再生が起こっていない。
トムがこちらを向いた。
ラシアが「あなたが切ったら火矢で燃やしてやるからどんどん切って!」と叫んだ。
スーザンがファイアボールでもいけるかしらと聞いてきた。
「多分いけるんじゃない?」
それからはトムが切ったトロールの傷口にラシアの火矢やスーザンのファイアボールが炸裂したことでついにトロールは全滅することになった。
その瞬間、ラシアが猛ダッシュしてトムを捕まえた。
「トムのバカ!あなたが私を巻き込まないために先行したのはわかるよ。でも私はトムと一緒に冒険したいの。」
「ごめん。助かったよ。悪かった。」
「いやあお熱いですなあ。」
「トロールを焼く炎が熱いんですかねえ。」
スーザンとケビンが漫才のようなことを言っている。
トムとラシアは抱き合っているわけで、僕も頭を掻いているしかない。
スーザンとケビンも漫才に飽きたらしくこちらにやってきた。
「あの二人って?」
「僕たちは幼馴染ですから。あの二人は両片思いだったのでやっとくっついてくれてホッとしていますよ。」
「そうなんだ。」
「トムが先に走ってしまっていたのもラシアに対する照れでしたからね。」
「これからはトムもラシアと一緒に行動するでしょうね。」
トロールの部屋には宝箱があった。
宝箱の中にはペアの指輪が入っていた。
残りの二人ともが辞退したので僕が抱き合っている二人に持ってゆくことになった。
「あーあー君たち?お幸せなところ申し訳ないんだけれど、そろそろダンジョン踏破に戻ろうか。」
二人は顔を真っ赤にしてパッと離れた。
「いいよいいよ。幸せなお二人を離したいわけじゃないんだけど。はい、これ。」
僕はトムの掌に指輪を二つ手渡した。
「トロールの宝箱から出てきたんだ。せっかくだから記念につけたらどうかな。」
二人は顔を真っ赤にしたままお互いの薬指にリングをつけたのである。
トムとラシアはその後、恋人繋ぎで手を繋ぎながらダンジョンを踏破した。
後ろでスーザンとケビンは「暑苦しすぎるね。」とか「ダンジョン探索とデートを間違えていないかしら。」と散々悪口やダメ出しをしていたけれど前を歩く幸せな二人には何も聞こえていなかったようである。
この状況で僕が不合格を出すわけにも行かないだろう。
幸せな二人とお邪魔虫の二人は無事にE級に昇進したし僕もD級に昇進することになった。
トムとラシアのペアリングが話題になって愛する二人がペアの指輪を贈り合う大流行が起こったのだけれどそれはまた別の話である。