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騎士団をクビになったこと

「きっ貴様は契約破棄だ!」

「はっ?」

「お前はクビだ!」

「このような衆人環視の場でそんなことを言うとは。理由をお聞かせ願えますか?」

「その取り澄ました顔!『騎士団長様申し訳ありません、その靴を舐めさせてください!お許しください!』と土下座する場面だろう、今は。」

僕は呆気に取られて返事ができずにいたが、騎士団員の誰もが表情を消して黙っている。


その沈黙に耐えられなくなったのかもしれない。騎士団長は地団駄踏んで叫び始めた。

「こいつは、リーナスは目に余る無断遅刻、無駄欠勤をやっているのだ。だから懲戒するのが当然だ!」

もちろん誰も頷くことはない。むしろ騎士団長に対する冷たい視線が増えている。

第三騎士団の建物は王都内にあるが、半分くらいの団員は自宅から勤務している。残りは騎士団内の宿舎で生活している。僕も宿舎で生活しているので遅刻欠勤は基本的にあり得ない。何かあればすぐに分隊長が確認しにくる。

僕の班の分隊長のステファンが騎士団長に言った。

「騎士団長閣下、リーナスの遅刻欠勤ですが、この一年では欠勤2回あります。いずれも発熱のためと届け出ておりますので無断の遅刻欠勤はありません。」

「むむむ、生意気なことを言うな!」

騎士団長の顔が真っ赤になっている。

「こ、こいつはわしの執務室の掃除をサボった上に書類に落書きしおったのだ。しかもこの間など、サボっているこいつを注意したらわしを階段から突き落としよった。」

彼は落書きされたらしい書類と腕に巻かれた包帯をこれみよがしに見せつけた。


ザイド副騎士団長は「騎士団員に自分の私室以外を清掃をさせるのはルール違反です。たとえ騎士団長といえども団員を勝手に使役することは許されません。部屋の清掃には専門の清掃員に申しつけてください。それにその書類が落書きされていることは間違いありませんが誰がやったのかについては特定できません。」と騎士団長に冷たく言った。

「なっ何おう?あいつはわしを階段の上から突き落としたんじゃ!」


実際は僕は騎士団長を階段の上から突き落としたりはしなかった。いつものように僕に悪口三昧を言いにきた騎士団長が自分で足を滑らせて階段から転げ落ちただけである。

僕は自分の正当性を主張しても良かったのだけれど、騎士団員が全員揃っている場で騎士団長に辱められたのでなんだかどうでも良くなってしまった。副騎士団長に向かってかぶりを振ると騎士団員たちの集まっている朝礼室から逃げるように出ていってしまった。


宿舎の自室に戻ってきた僕はしばし呆然としていたが、騎士団長にあくまで立ち向かわなかったので解雇は決定だろう。

僕は今、宿舎で自分の荷物を片付けている。


衣類などをトランクに詰め込んでいると、扉がノックされた。鍵はかけていなかったのでそのまま扉が開けられ、ザイド副師団長が現れた。

「本当に辞めるのか?」

「ええ。このままいても騎士団長からのいじめは酷くなるだけでしょうし。」

「そうだなあ。国王陛下も騎士団総長も外遊中だしなあ。」

「弟も王立学園に入るでしょうから王妃様も早くフリードに立太子して欲しいと言うことなんでしょうね。」

「騎士団長閣下も王妃様のご機嫌を取るのに必死と言うことか。」

ザイドは苦く笑っている。

「でここを辞めた後どうするんだ。」

「ルシンドラに行こうと考えています。」

「ははあ、冒険者になるのか。まあいい。国からは出て行くなよ。国王陛下がご心配になるからな。」

そう言うとザイドは扉を閉めて出ていってしまった。


父の国王陛下と王妃陛下はいくつかの隣国に外遊に出かけて恐らく次の社交シーズンまで帰ってこない。宰相も王妃の派閥というか第二王子派なので下手に訴えに行くと藪蛇になりかねない。彼らは第二王子の成人とともに王太子の指名を得たいので、第一王子という僕の存在は単なる邪魔者としか認識していないだろう。そういうところにノコノコ行ってしまうと命の危険がある。


その後、少ない荷物をトランクに詰め込んだ俺はさっさと退寮の手続きを済ませると騎士団を出てゆくことにしたのである。


気候も悪くない。僕はルシンドラ行きの乗合馬車を探すとそれに乗り込んだ。

ルシンドラは辺境の都市である。ルシンドラ侯爵の治めるその都市は強い冒険者ギルドを持ち、魔の森の魔獣と戦っている。元々独立自由の機運が高く、王の支配は弱い。


よくある話で、王妃陛下と僕は血が繋がっていない。僕の実の母は国王陛下の最初の王妃だったが、僕が5歳の時に病気で亡くなってしまった。優しい母様だったけれど、もうその姿も朧げにしか覚えていない。


その後添えで父上と結婚して王妃になったオリビア妃は最初は優しかった。けれども何年かして弟が生まれると、僕はいつのまにか誰も使っていなかった離宮に移され、王立学園を卒業した後は第三騎士団に配属された。その時から離宮を出て騎士団寮で住むようになったのである。


僕の住むゴルディアス王国はいい国なのだけれど魔物の出現が多い。国境付近から魔の森があり、そこから瘴気が溢れてくるし、瘴気から魔物が出てくるのである。その魔物を退治するのが騎士団の大きな仕事である。第一騎士団は近衛騎士団として王族守護を任務としているし、第二騎士団は王都とその近辺の街道を守っている。第三騎士団が魔の森や地方に出る魔物を退治する実働部隊である。


僕は第三騎士団で魔物退治の最前線で何年も戦ってきたのである。第三騎士団だけは騎士団員の死傷率が高いので多くの貴族たちは自分たちの子弟を入れたがらない。それで他の騎士団と違って第三騎士団だけは平民が隊員になることが多く、平民が7〜8割を占めている。

そういう第三騎士団でずっと最前線で魔物と戦って生き抜いてこられたのはしっかりと指導してくださった王立学園の剣術担当と魔法担当の教師陣のおかげなのだと思う。


ただ、問題だったのは名前である。クラレンス・リーナス・ゴルディアスというのが僕の本名なのだが、そんな名前では平民たちの中では浮いてしまう。なので騎士団内ではリーナスというミドルネームを名乗りに使っている。なのでもはや僕のことを王子だと認識している同僚はほとんどいないだろう。平民騎士からも「リーナス」と気軽に呼んでもらえるようになった。


この状況が変わったのは騎士団長が変わってからである。それまでの騎士団長は僕のことをそれなりに普通に遇してくれていたのだが、ある時、トロールたちの奇襲で大怪我を負ってしまった。その療養のため、彼は騎士を引退して療養生活を送ることになったのである。


次にやってきた今の騎士団長であるポッツ子爵は明らかな第二王子派であった。

彼が騎士団長に就任してから僕は常に一番死傷率の高い最激戦区に投入されるようになった。僕が最激戦区に投入されても魔物を屠って悠々と引き上げてくるのを見て顔色を悪くすることが多くなった。彼は僕に労いの言葉をかけようともせずにくるっと反転して逃げるように消えていったのである。その上、つまらないことをガミガミと叱りつけ、何かにつけて辞めてしまえとかお前はクビだというようになったのである。


王都からは乗合馬車で1週間くらいかかるルシンドラへの道行には幸い、山賊や魔物の襲撃はなかった。

乗合馬車は街の周囲を囲む市壁の外側で止まった。

向こうに町の門が見える。

他の乗客と一緒に門の方に行くと、門番が「身分証を出して」という。他の人は次々と身分証を出している。僕も身分証を出そうとして恐ろしいことに気がついた。僕の身分証は第一王子としてのものである。

これまでもいくつかの町を訪れたことはあるけれどそもそも身分証を出したことがなかったので忘れていた。


「あの、身分証がないのですけれど入れませんか?」

一通りの乗客が門の向こうに消えた後、僕は門番に尋ねた。

「は?外国の人?」

「い、いえ、火事で燃えてしまったんです。」

「そんなのすぐに再発行してもらわなきゃ。」

なんとかバレないような嘘を考えた僕に対して門番はぶっきらぼうに言いながら奥から何やら水晶玉を持ってきた。

「じゃあこの水晶玉に手を置いて。何、指名手配している犯罪者かどうか調べるだけだから。ほとんどの人は問題ないよ。」

ここで逃げたらどう考えても逃亡犯扱いだろう。

僕はもう観念してその水晶玉に手を乗せた。

すると水晶玉は淡く白く光った。

(げっ、反応してしまった。)

門番は眼光を鋭くして横にあった書類をパラパラとめくった。こちらからは何が書いてあるかわからない。

と、書類から目を上げた門番は「はい、銀貨一枚。行って。身分証が欲しければ大通りをまっすぐ行ったところに冒険者ギルドがあるから。」と冷たい声で僕を追い立てるのだった。

町の中に入ることができてホッとした僕はガヤガヤと人通りの多い大通りを冒険者ギルドに向かって歩いていった。

新しい連載を始めてみました。

最初の3回は今日中に公開しますが、その後は週一回のペースで出せたらいいなと考えています。応援よろしくお願いします。

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