(6)――「今日は、バス、動いているんですね?!」
明日になれば帰れる。
そう楽観視していたのだが、状況は刻一刻と悪化していっていた。
一週間。
僕らはあれから一週間もの間、この街から出られずにいる。
こうなってくれば流石の麻耶も慌てるかと思いきや、そうなんだ、程度の認識で、今日も街の散策に出ている始末である。
僕はといえば、毎日のように夕方になると帰りのバスが出るかどうかを担当者に聞きに行っている。しかし担当者は具体的な理由を伏せ、今日も欠航です、と繰り返すばかり。
この街では、スマホは電波が届かず役に立たない。
つまり僕らは一週間、外界から遮断され、音信不通になっているのだ。
社会人が一週間も連絡がつかない状態になれば、各方面から心配されるはずだ。会社の人や家族が、僕らの安否を確かめようとしていることだろう。最悪の場合、駆け落ちと思われている可能性だって十二分に考えられる。
それだというのに、麻耶はあっけらかんとしている。不安を隠そうとしているのではなく、あくまでもずっとニュートラルな状態なのだ。これについては、幼馴染の僕が言うのだから間違いがない。麻耶は危機感も焦燥感もなく、穏やかにこの街での時間を楽しんでいる。
他の観光客にしたってそうだ。麻耶と同じように、ここでの生活に馴染み、楽しんでいる。バスの運行を気にしているのは、僕だけだった。
やはり、僕だけの感覚が異なっている。
何故?
理由はわからない。
僕だけが正常なのか異常なのかが、日に日にわからなくなっていく。
自力で街を出ることはできない。
街を覆っている空気の膜から出たら最後、海水に呑まれて死んでしまう。いや、そもそも、あの膜を破ることなんてできないのかもしれない。死がちらつく状況では、試すこともできない。
だから僕は、脱出の手がかりを手に入れることはできないだろうかと淡い期待を抱いて、今日も今日とて街を一人散策している次第である。
こんな異常事態でなければ、僕だってこの街を気に入っていたことだろう。
ここでは外界のような諍いは起こらない。住人全員が優しく親切で、思いやりに満ちている。景色は抜群に良いし、食べ物だって美味しい。
しかしあくまでも、異常事態でなければ、である。
「……ん?」
今日も手がかりらしい手がかりを得られず、時間としては少し早いが、習慣としてバスの発着場所にやってきた僕が目にしたのは、例のバスから降りてくる観光客たちの姿だった。
バスが、動いている。
今なら、帰れる。
「す、すみません!」
駆け足で担当者に近づき、声をかける。
「今日は、バス、動いているんですね?!」
恐らくは希望に満ちた表情でそう言った僕に、しかし担当者はばつの悪そうな顔をした。
「申し訳ありません。本日のバスの運行は、これで終了なんです」
「そ、それじゃあ、次にバスが地上に向かうのはいつですか?」
「それはお答えできません」
「どうして……!」
新たに観光客が来た以上、バスは一度地上に出ているはずだ。それなら、地上に向かう際にバスに乗せてもらえさえすれば、それだけで良いのに。不意打ちのようにバスが地上に向かっているのなら、僕は一生ここで張っているしかないじゃないか。
「外村様」
担当者は、宥めるように僕の名を呼ぶ。
「ご宿泊なさっている区画の反対側には行かれましたか? こちらも景色がとても綺麗で、おすすめですよ」
そうして口にしたのは、的外れな言葉である。
僕はここにきてようやく、この人たちは観光客を二度と外に出すつもりがないのだと悟った。
僕らは海底の街に閉じ込められてしまったのだ。
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