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(4)――「な、なあ、麻耶。おかしいとは思わないのか?」

 街。

 どう見ても、疑いようのない街だった。

 パン屋があって、八百屋があって、肉屋があって、魚屋があって、米屋があって。食べるものには困らなそうだ。

 加えて、服屋や文房具屋、小さな病院なんかもあるようだ。

 しかし同時に、僕は違和感を覚える。

 ここは海底探検ツアーの目的地だ。

 それにしては観光客を迎える雰囲気もなかったし、街自体、観光向けの造りをしていない。ここが観光地なのであれば、もっと食べ歩きができるものが売られていたり、土産屋が多くあっても良いはずだ。

 しかしここにそういったものはない。

 あくまで、平々凡々な街並みが続いているだけだ。

「ひとまずお茶にしよっか」

 ひと通り街並みを眺めたあと、麻耶はそんな提案をした。

 それほど大きくない街だが、歩き回ればそれ相応に疲弊する。その提案には大賛成だった。

 あらかじめ目星をつけていたのか、麻耶は迷いのない足取りで進んでいく。僕はその隣を歩いていく。

 そうして入店した喫茶店には、同じことを考えたらしい観光客の姿が多くあった。どの席からも、興奮気味にこの海底の街について話している声が聞こえてくる。

 彼らの気持ちはわかる。

 頭上には青空の代わりに水面が広がっていて。

 足元ではその水面の模様がきらきらと輝いているのだ。

 街は綺麗で、空気は澄んでいて。

 非常に居心地が良い。

 だが。

 誰一人として、海底に街があること自体には言及していなかった。

 こんな不可思議な街、メディアで取り上げられていないほうがおかしいだろうに、誰もそこを指摘していない。そもそも、海底に街が存在できている技術が謎だというのに、それにさえ触れようともしない。

 皆一様に、普通の観光地に来たような気分で、どこのスポットが綺麗だっただの、このお店の食事が美味しかっただのを伝え合っている。

「……蛍介?」

 不意に、麻耶が僕の名前を呼んだ。

 はっと我に返って麻耶を見れば、彼女は小首を傾げてこちらを見ていた。

「な、なに?」

 感じていた不安を隠しつつ、呼びかけに答えた。

 すると麻耶はメニューを指差し、

「なに頼むか、決めた?」

 と言ってきた。

「あ、ああ。ええと、僕はコーヒーにしようかな」

 僕の回答を聞くや否や、麻耶は、すみませーん、と店員に呼びかけ、あっという間に二人分の注文を通した。

「な、なあ、麻耶。おかしいとは思わないのか?」

 店員が席から離れたのを確認し、僕は声を潜めて言った。

「なにが?」

「この街だよ。おかしいだろ、いろいろと」

「そう?」

 しかし残念ながら、麻耶は他の人と同様の反応を見せた。

 僕が。

 僕だけがおかしいような感覚に、陥る。

「ねえ蛍介、それよりもさ、一服したあとどこに行くか決めようよ」

 麻耶はそう言って、いつの間にか入手してきていたらしい、この街の地図を取り出した。そこには、一応は観光向けの情報があれこれピックアップされ掲載されているようだ。

 僕にはそれがとても異常に見えて。

 だけど逃げ出すことなんてできなくて。

 混乱する頭で、店員が持ってきたコーヒーを飲むことしかできなかった。

 味なんて、わかるはずもなかった。


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