御曹司に空港で拾われました!? 契約結婚、はじまります!
二宮 瑤姫は、サンフランシスコ国際空港の発着案内板を見て、スーツケース片手に呆然とした。
(ウソでしょ⁉︎ 羽田行き、欠航⁉)
頭の中で警報が鳴り響く。
今日中に飛ばなければ、面接に間に合わない。
創業百年の不動産会社へ転職すべく帰国するはずが、このままではホームレス行きだ。
(どうしよう、どうしよう! 別の便……いや、どれも満席! なんでホテル代ケチったの、私のバカ!)
スーツケースを転がしながら、その場をぐるぐる回る。
焦燥感で頭が真っ白になりかけたとき、不意に懐かしい日本語が飛びこんできた。
「……羽田行き、欠航……プライベートジェット……帰国は予定どおり……」
ハッと顔をあげると、目の前に長身の男がいた。
瑤姫より二十センチ以上高い身長、鍛えあげられた肩幅。
体に吸いつくようなブラックスーツが、スタイルのよさを際立たせている。
その隙のない佇まいは、一目で只者ではないことを物語っていた。
(この人なら……!)
「待って!」
反射的に、男の腕を掴んでいた。
「私もそれに乗せて! お願いします!」
一瞬、男の目が細められる。
驚いたのか、それとも呆れているのか。
次の瞬間、無言で瑤姫の手を振り払った。
「……ふざけるな」
低く鋭い声。
それでも瑤姫は怯まなかった。
「お願いします! 今日飛ばないと、人生が終わるんです!」
男は冷たく見おろしながら、冷徹に一言。
「知るか」
男はそのまま歩き去ろうとする。
このままでは、チャンスを逃してしまう——。
瑤姫は躊躇もなく、地面に飛び込んだ。
「お願いします! 一生のお願いです!」
「おい、やめろ!」
男の足にすがりつく。
「絶対に今日、日本に帰らなきゃいけないんです!」
男は苛立ったように足を振り払おうとするが、瑤姫は必死だった。
すると、周囲の視線が集まり始める。
「彼女、相当困ってるみたいじゃない?」
「同じ国の人なんでしょ? 助けてあげたら?」
四方から責めたてられた男は、観念したかのように両手を挙げて、深いため息をつく。
「……分かった。助けてやる。だから離せ」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
瑤姫は素早く立ち上がり、男の両手をがっしりと握る。
「ありがとう! みなさんもありがとう!」
周囲の拍手が鳴りやまぬうちに、今度は瑤姫が男に手をひかれ、その場を離れた。
***
連れていかれた先は、プライベートジェット専用ラウンジ。
(本当に乗せてもらえる……!)
安堵のため息をつき、瑤姫は男に向き直る。
「あらためて、助けていただきありがとうございます! あの、お名前をお聞きしても?」
青筋を浮かべる男は、無言で名刺をさし出した。
「四条 太乙……?」
(四条……? 面接を受ける会社と同じだ。しかも、取締役⁉)
名刺と太乙の顔を交互に見ていると、冷たい視線が飛んできた。
「言いたいことがあるなら、さっさと言え」
「……あの、実は、御社に転職したくて、明日が面接なんです……」
「……受かると思うか?」
「……ですよね」
肩を落とす瑤姫。
「履歴書を見せてみろ」
「えっ?」
「持っているだろ」
「あっ、はい!」
慌てて鞄から履歴書を取り出し、深々と頭を下げながら渡す。
ドキドキしながら太乙の様子を伺っていると、たちまち眉間に皺が寄る。
履歴書は無言で突き返され、それ以降、太乙が口を開くことはなかった。
***
「四条さん! このご恩は一生忘れません! 本当にありがとうございました!」
瑤姫は高級車に乗り込んだ太乙に、精いっぱいの感謝を伝える。
だが、返事はない。
バタン。
ドアが閉まり、黒塗りの車は音もなく走り去っていった。
「……そっけなーい」
転職先の取締役に無礼をはたらき、履歴書もつき返されたが、落ち込んでいるひまはない。
(ま、いっか! 今は面接に集中!)
瑤姫は気を取り直し、大きく息を吸い込む。
「よーし! 面接、がんばるぞー!」
そう意気込んだ瞬間、スマートフォンが震えた。
(えっ、誰だろう?)
画面を見ると、知らない番号。
不審に思いながらも通話ボタンを押す。
「……はい」
『二宮瑤姫さんでしょうか? 採用面接について、お伝えしたいことがあります』
心臓がドクンと高鳴った。
(えっ、まさか、もう不採用⁉)
太乙の顔が脳裏をかすめる。
しかし電話の内容は、面接時間の変更だった。
電話を切り、時間を確認する。
「いや、残り時間、三十分もないけどー⁉」