佐原朋子と言う人物
「ええっと、直哉が将来的に政治家になる話は置いといて。それまでにどうやって名声を上げて、経験と知識と食い扶持を稼いで行くかって方法を模索しようと思う。
それから、この会議は今日を含めて毎週定期的に行うものとする。いや、先に井ノ原君が軽めの話をするって事になってたんだったかな?
ってか、ニー党の事をどこで聞きつけた、佐原っ!?」
「そうっ、確かそんな話の流れだったかな……それからこう言うのは、実体験者の話も重要なんじゃ無いかって話もしてたかな?
向こうの都合がつけば、水曜か金曜の集会で現役ニートのお宅にインタビューにお邪魔しようと思っている。その伝手は、こっちの井ノ原が持っているそうだ。
それは良いとして、全てのニートを救済するって何の話だ、朋子っ!?」
それは良いなと、基哉は冷や汗を掻きながらそのイベントを肯定する。それはそれとして、朋子の耳の早さが気になって仕方ない面々。
充希も同じく、全てのニートを救済するなんて、ラインでもそんな暴挙は口にしていない。どこで捻じ曲がって伝わったのか、本当にネットって怖いと思う。
それはともかく、朋子はそれにも参加するわと涼し気な表情で発言する。と言うか、置いて行ったら承知しないわ的なニュアンスを醸し出している。
そこに席を外していた直哉の母親が、お盆にお茶とケーキを乗せて戻って来た。どうやらお客が増えたので、慌ててケーキを買い足しに外出していた模様。
それぞれがお礼を言って、朋子が甲斐甲斐しくお茶の手伝いをし始める。ケーキの種類は色々あって、それを1番先に選んだのは何故か和也だった。
それからこの場の力関係が、何となく如実に出る形に。つまり次に選んだのは朋子で、その次が充希と基哉だったのだ。
つまり最後に残ったケーキを、直哉が最後に手にすると言う。
ただまぁ、当の直哉は特に不満も無さそうだった。自分の部屋が占領されて、やたらと賑やかな事についてどう思っているのかは不明だけど。
案外と、寂しさが紛れていいやと思っていたら、基哉としても少しは気が楽になる。とは言え、やはり週に何度もお茶とケーキをご馳走になるのは宜しくない。
などと思いつつも、一行はティータイムに突入して、まったりとした歓談が始まる。取り敢えずは基哉が朋子に話題を振って、女子高の高校生活について色々と尋ねての世間話。
女だらけの学生生活など、全く想像出来ない男衆は割と興味津々で耳を傾ける。ところが朋子は、男の目が無いと女の生活態度は酷いモノよと実体験からの告白を始める始末。
それを聞いて、何となく冷や汗を流す男衆だったり。開けてはいけないパンドラの箱を開いた気分、充希がさり気なく話題転換にと別の話を振る。
電車通学は大変だろうとか、新しい友達は出来たかとか。幸い朋子の女子高校デビューは、特に波乱もなく順当な模様で何より。
通学も30分程度で、まぁ何とか許容範囲との事で良かった。この中で一番通学が大変なのは、基哉(と直哉)の七都万高校だろうか。
モロに市内にあって、路面電車を乗り継いで約1時間程度だろうか。乗り継ぎが上手く行けば、50分程度で済むかなって感じ。
その点、地元の公立高校に通う充希と和也は、気楽なモノで通勤ラッシュも関係ない。お互い、歩いて10分も掛からないのは地元ならではの優位性である。
そんな話で和む一同だが、直哉を気にして突っ込んだ学校生活には触れずな状況。そして朋子も、先ほどの爆弾発言については言及していない。
「遠くの学校に通うのは大変だな……まぁ俺は歩いて10分の距離だから、電車通学とか関係ないけど。
基哉とかは通学に1時間掛かってるし、それに較べたら楽ではあるな」
「本当は私も、ガンちゃんと同じ東雲一高に通いたかったんだけどね。両親が女子高にしろって煩くてさ、向こうの方が格が高いし将来有利だって。
今の時代、そんなのが必ずしも必要かって分からないのにね?」
「あらあら、親御さんの話は素直に聞くものよ? 将来ってのはとても長いの、何が役に立つかなんて子供の頃には良く分からないモノよ?」
直哉の母親の言葉に、ニッコリ笑って会釈を返す朋子である。社交辞令が半分と、母親ってのはどこの家庭でも心配性で慈愛に溢れてるなって感想が半分か。
今は中途半端な被保護者の立場である、多少の小言は我慢しないとって思いなのかも。成人の年齢が18歳に引き下げられたとしても、母子関係からすればそんなのは関係ないって家庭が大半なのかも知れない。
確かに世界的には、成人年齢は18歳と言う風潮が主流のようだ。ただし、大人の定義が自立や責任と同義語と解釈するのならば、大半の若者は戸惑いしかないだろう。
突然の責任の押し付けなのに、社会に出る準備については学校で何も教えて貰えない。大抵の高校は詰め込み教育で、それも学校の用意した教材の中身のみである。
これから社会に出る若者たちは、少子化で大変だと大人たちは無責任に口にする。とは言え、親と子の間柄は死ぬまで変わらないし、その点では成人年齢の引き下げにあまり意味は無いかも知れない。
無理に自立を促されても、現代の荒波に抗う対処法は確立されていない現状。直哉のように、その前段階で躓く者も多数存在している訳で。
明確な指針も無いままに、法律だけ改変するのは本当に筋の通った事なのかは疑問である。法律改正に文句を言っても仕方が無いが、現場の混乱の放置は相変わらずだ。
思えば義務教育も、学問ばかり詰め込んで現代を生き抜く術がスッポリ抜けてる感も。一般常識やら専門技術への足掛かりを、両親共働きが常識と化した現代で誰に教われば良いやらって話である。
昔みたいに祖父母と一緒に暮らす家庭は、現在は極端に減っている。皆が核家族化している現代で、子供の立場はどんどん微妙になって行くのは当然かも。
子供に寄り添う者も居なくなって、その結果で不登校児の数が爆増したのなら自業自得な気もする。結婚後に親と同居を嫌うのは、社会が作り出した風潮だからだ。
ニートも要するに、放置からのコミュニケーション不足の産物とも。
「ああっ、そう言えばこの前やっていたドラマで、不登校が題材の奴があったわね。それによると、現代の不登校の急増は“サンマ”の不足によるモノだそうよ。
つまりは『時間』『空間』『仲間』の3つの“間”が少なくなった事で、引き籠りや不登校問題が増加したんじゃないかって。
まぁ、そんな分析に時間を掛けて意味はあるのかって気はするけど」
「確かに分析が出来ていても、対策が講じられなければ意味は無いかもな。なるほど、しかし子供を取り巻く生活環境の変化は一理あるかもな。
考えてみたら、小中学生で35万人の不登校者って数字は異常だもんな」
確かになと同意する基哉に、そんな社会問題を解決するなんて凄いわねと言葉を漏らす朋子。彼女は昔から頭は良かったのだが、少々思い込みが激しい所もあった。
それを思い出しながら、そのソースはどこだと詰め寄る充希に。直哉君は初期の症状で、心配してくれる仲間がこんなに集まって良かったわねと笑顔の朋子である。
何事も、最悪に拗れてからでは対処は難しくなるモノだ。それに同意する直哉の母親は、頼もし気に集まった同級生を眺めている。
もっとも、当の直哉はそこまで熱烈な感謝はしていないかも。何しろ彼らの提案と言うか、オーダーが揶揄ってるんじゃないかって程に酷いのだ。
案の定、朋子に経緯を聞かれた充希がポロッとその内容を口にした。
「確か前の話し合いじゃ、取り敢えず直哉は漫画家か小説家を目指してみるって決まったんだったかな? この週末休みで、幾つかそれっぽい原案は考えておいたか、直哉?
まずは俺たちが見て、意見したり手直ししたりしてやるぞ」
「えっ……岩尾君、それって本気だったの? 全く考えてないし、そもそも僕には絵心もストーリーを考える能力も無いよっ?」
「そうか、仕方ないな……井ノ原に原案を任せて何とかするか……? 例えばこう、ニートが主人公の異世界転生モノとかそんな感じの」
「いやいや、確かにそんな小説も昔は結構あったけどさ。岩尾っちの考えは浅はか過ぎるね、そんな小説は既に手を変え品を変えて何作品も出尽くしてるから。
今更似たようなのを始めても、二番煎じでさすがに読者にも飽きられてるよ」
さすがに和也は、そっち系の小説のチェックも手馴れているみたい。ニートや虐められっ子が、異世界のチート能力を得て下克上するのは定番だねと一刀両断。
人気はまずまず出るだろうし、言う程はタイトル数は多く無いかもだけど。やはり二番煎じが簡単にヒットする程、物書きの世界は甘くは無いよと苦言を呈する和也であった。
確かに異世界に行って無双してスッキリなんて、現実的じゃないわねと朋子も割って入る。そりゃあファンタジーだし仕方が無いよと、和也も力の無い反論。
そんな感じの異世界モノは、今や飽和状態で今からの参入は難しいで皆の意見は一致を見た。それを受けて、やっぱりユーチューバーがいいかなと充希も話題を方向転換。
自分で振っておいて、何とも潔い身の引き方である。
――そんな訳で、今回の話し合いも難航しそうな雰囲気。