月曜日の憂鬱
月曜の放課後、和也はこの高校に入学して親しくなった岩尾充希に声を掛けた。先週の予定通りに、今日も例の不登校児君の元へと行くのかと。
当然だとの答えが返って来て、基哉ともラインで既に待ち合わせ済みとの事。それなら自分もとの追従に、鷹揚に頷きを返されて和也はパッと笑顔に。
例えどんな案件にしても、仲間に入れて貰えるのは嬉しいモノだ。休日は何してたのとネタを振ると、普通に休みを満喫していたとの充希の返事。
それに加えて、直哉の案件の下調べも当然行ったぞとの威張ったような口調は何と言うべきか。和也もそれは大事だよねと、取り敢えず歩調を合わせつつ。
自分も趣味の漫画やアニメで、そっち系統のを調べて来たと報告する。何しろ漫画に関しては、色んなジャンルがてんこ盛りでより取り見取り。
そして、不登校と言うか学校問題をテーマにした作品は意外と多かった。
「うむっ、この前に話題にあがった漫画のタイトルは何だったかな……確か『じゃりン子チエ』と、あと『働かないふたり』とかかだったか。
俺も家に帰って一応アニメ版でチェックしたが、まぁかなり古い作品だったな。感想としては、2本足で歩いてしゃべる猫には衝撃と言うか感銘を受けたな」
「あ、あぁ……小鉄とアントニオJrね、それはまぁ置いといて。アレは、昔の大阪のホームドラマ&ギャグ漫画って感じのストーリーかな?
この間も言ったけど、父親のテツが全く働かないうえに、女房に逃げられて喧嘩とギャンブルが趣味で家族(チエちゃん)は大変なんだよね。
そんで、子供のチエちゃんが代わりにホルモン屋を経営して、色んなドタバタな日常が巻き起こるって言う、何とも賑やかなお話だね。
ちなみに『働かないふたり』は、アニメ化はされてないけど今も連載中だよ」
「話を客観的に捉えると、子供を飲み屋で働かせなんて最低の父親だよな。でもアニメを見ている限り、何だかんだでテツは周囲から愛されてるキャラではあるんだよな。
酒と女遊びこそしないが、親から小遣いをせびって働かない無職人なのにな」
漫画に出て来るキャラに憤慨しても仕方が無いが、腹が立つのも当然な生き方ではある。和也は『働かないふたり』の主人公も、周囲に愛されるキャラだと蘊蓄を垂れる。
現実世界では、そんな愛されニートにはまずお目に掛かれないだろう。何しろ日本人は、労働は美徳で働かざる者は悪と言う風潮が根強くあるからだ。
時には専業主婦でさえ、働いてないと揶揄されるようなお国柄である。親の脛齧りのニートへの風当たりが、相当強いのは当然だろうか。
所詮は漫画の架空キャラだからねと、和也は肩を竦めて充希と一緒に校門を出て駅への道を歩き出す。今日も駅前で合流して、それから直哉の家へと向かう算段は変わりない模様。
問題の直哉だが、月曜の今日もやっぱり不登校を決め込んでいるそうな。先週初めて会った同い年の不登校児については、実はあまり記憶にない和也である。
ただし、それを救おうと立ち上がる、元4年6組だか何かの絆的な動きは面白かった。何しろ、5年も前の同級生など、和也は誰がいたかなどほとんど覚えていない。
少々薄情な気もするが、それを言えばほとんどの同級生がそうだろう。まぁ、バッタリ道端で会えば、何となく思い出せたりもするだろうけど。
所詮はその程度の関係性でしかなく、特に衝撃的なイベントが起きていない限りは皆がそんな感じだろうとも思う。それが同級生のピンチに、2人も駆けつけるなんて凄い。
彼ら4年6組で一体どんな事が起きたのか、和也は興味津々で訊ねてみるのだが。はぐらかすように、それより駅で基哉に会う前に打ち合わせをするぞと充希の言葉。
最寄りの駅は歩いて5分、時間は余り無いのは確か。
「前回は、どんな感じの話をしたんだったかな……まぁ、井ノ原はずっと漫画の例えばっかりだった記憶があるけど。もう1つ何か、漫画のタイトルが出て来たような?
結局それは、働いていてニートじゃ無いと却下されてたよな」
「他に何か言ったっけかな……ああっ、確か『よつばと!』の父ちゃんじゃ無かったっけ? 父ちゃんは確かにずっと家にいるけど、娘のお守りや家事をしてるし、第一本業は立派にあるもんね。
確か翻訳家だった筈だよ、あんまり作中では触れられて無いけど」
「ふむっ、確かに多言語使いは強いかも知れないな……仕事の幅が広がるし、マシン語を覚えればプログラマーの道もあるし。直哉もそっちを極めれば、ニート認定から逃れられるな。
そう言えば最近、どっかでプログラミングを無料で教えてくれるって言う広告を見た気がしたんだが。ネット授業でいいなら、直哉に勧めてもいいかもな」
それを聞いた和也は、微妙な表情でその直哉君はそっち系に興味があるのかと問うて来る。確かにプログラム系の職種は潰しは利くかもだけど、覚えるまでは大変そう。
その業種に関しても、色々と多岐に渡るみたいである。例えばIT業は上り調子だけど、『IT土木』と言われるキツイ職も存在するそうだ。
要するに、ずっとモニター前に噛り付いて、延々とバグ取りみたいな作業をさせられるとか。目とか途端に悪くなるし、座りっ放しで肩や腰を痛めて大変みたい。
そっち系に詳しくない充希は、それは大変そうだなと相槌を打つのみ。どちらにしろ、ネットで何か打開策を見付けるのは良い方法にも思える不思議。
それに関しては、和也も確かにそうだねと同意の構え。便利な世の中になったと皆が言うが、SNS時代の彼等はネット社会がまさにそれに当て嵌まると言って良いかも。
それを有効利用するってのは、理に適っていると思う。
「そう言えば、休みの間に俺も何が出来るかって考えてみたんだけどさ。この前少し触れた、近所のニートのシノさんから、実体験とか聞き出そうって案があったじゃん?
そんで親に訊いてみたら、話は向こうの家族に通しておいてくれるってさ。向こうの母親も困り果ててるから、外に出るきっかけにでもなってくれそうって。
変な期待までされたけど、話を聞く許可は貰えそうかな?」
「おおっ、それは良い話だな……よし、それじゃあ次の集会は、その人の家にお邪魔しようか。その調子でどんどん意見をくれよ、井ノ原。
出来れば年の近いニートや、逆に離れた者の経験談も欲しいな」
「そうだね……じゃあそれも、親とか親戚に伝手が無いかを訊き込んでおくよ」
そんな感じで約束を取り付け、充希は満足そうな表情に。和也は話のネタにと、そう言えば今から合う習志野君ってどんな人と質問を繰り出す。
七都万高校はこの辺では有名な進学校で、秀才だらけってのは和也でも知っている。つまり頭は良いのだろうけど、性格についてはイマイチ把握出来なかった。
真面目そうなのは、その話し振りやデータ収集の秀逸さから何となく理解出来たけど。そう口にすると、充希も概ねその通りだと同意の構え。
基哉は昔から真面目な秀才で、そのせいか4年6組でも全期で学級委員長を担っていたそうな。場を纏めるのが上手く、皆の意見を汲み取る能力に長けていて。
リーダーシップの点でも、皆から信頼されていたとの事。
「リーダーシップかぁ、それなら岩尾っちも負けてないんじゃない? 何て言うか、この前だって偉そうな態……あの難解な場を完全に仕切ってたしさ。
習志野君も、岩尾っちを信頼して一緒にって声を掛けて来たんでしょ?」
「ふむっ、俺は学級委員長みたいな役職には、2~3回くらいしか就いた事は無いけどな……基哉が俺に声を掛けたのは、昔から仲が良かったからで他意は無いだろう。
まぁ、4年6組には他にも多才な者が、多々いたのは否定しないけど」
「そっ、そうなの……んで、その4年6組はどんな事を通してその絆が育まれたのさ?」
その質問は、駅に丁度ついてしまった事でまたしてもはぐらかされる事に。と言うか、基哉がこちらを見付けてすぐさま合流して声を掛けて来た。
それから別の話題が始まってしまって、その勢いは再び歩き出して直哉の家へと辿り着くまで続く始末。和也は割と置いてけぼりで、ちょっと寂しいなぁとか思いつつ両者の後ろに続く。
それでも目的地に到達すると、2人は仕事モードと言うか難関に立ち向かうぞって雰囲気を放ち始める。何と言うか、和也は妙な頼もしさを感じてしまう。
当の本人である、直哉がそれをどう思っているのかはともかくとして。少なくとも、出迎えてくれた母親は、嬉しそうに来客を家へと招き入れてくれた。
やはり息子の不登校を、憂いてくれる友達の存在は心強いみたい。
それに痴れっと混じっている和也は、やはり少々居心地の悪い思い。とは言え、知恵を出したり客観的な見地から意見を言うのは自分でも出来ると思う。
そんな事を思っている内に、当の直哉の部屋へと全員が収まる流れに。それから充希の指揮取りで、第3回となるニート会議が華々しく(?)開始された。
と言うのは、まぁ半分は冗談だと充希の良く分からないノリでの開催告知。そのノリに慣れているのか、基哉はそれじゃあ取り敢えず開催曜日から先に決めようかと補佐の構え。
そう言えば先週の終わりに、毎日訪れるのは迷惑だとの発言があったような。それじゃあ週2回なら月木曜日で、週3回なら月水金かなと充希の返し。
それじゃあそうしようと、呆気なく開催曜日は決定した。
「それじゃあ取り敢えず、今週は週3回の開催にしようか、ガンちゃん。まずは先週のおさらいとして、ニートの定義やら説明から始めて良いかな?
不登校や引き籠り、ニートと呼び方に違いはあれど大きな差異は無い。5歳区切りでの分布で見ると、それぞれの層に15~20万人程度で、人口の割合からすると3~4%のニートが現在は存在している。
ところが完全失業率で見ると、その数は2倍以上の数値になる……って感じかな?」
「ふむふむ……確か、海外からの比率から見ても、過去からの推移を見てもそれ程に騒ぎ立てる数値じゃ無いって話だったかな、基哉?
失業率で言うと、景気によってバンバン雇用者をリストラするアメリカの方が高いんだっけか。経済破綻したギリシャなんかは、言うに及ばずな酷い数値なんだよな」
「そうだな、まぁここら辺の数値もかなりいい加減と言うか。例えば求人活動中だったり、少しでもバイトなんかで収入があればニートの数には含まれないとかな。
ニートも、中には働きたいと思ってる人もいるらしいけど……当然だけど、社会から隔絶してた年数が長い程、そのハードルは高くなって行くよな。
つまりだ、復学にしても何を選択するにしても、行動は早い方が良いって事だ、直哉」
突然話を振られた直哉は、ビクッと身を竦めて頷くのみ。何と言うか、このメンツに詰められると、自分が話題の中心だと言う感覚がまるで湧かない模様。
それだけアクの強い充希と基哉、それから良く分からない飛び入りのメンツに囲まれながら。そのおさらいを聞かされながら、直哉はちゃんと聞いてるよと難しい顔を作っている。
――さてさて、今日の会議ではどんな無茶振りが飛び出すのやら?