日曜日の苗植え①
週末の日曜日、この日も『ニー党連合』の集まりは盛況で欠席者はゼロとの結果に。それどころか、ガタイの大きなジョーこと加賀章栄が、田舎への遠征に初参加を果たす事に。
三宅先生との久々の体面に、舞い上がっていたこの巨躯の同級生だけど。実は色々と変な性格で、体を鍛えている目的は異世界召喚に備えてと言う。
そっち方面の小説を愛読し過ぎて、精神をこじらせてしまったみたい。和也は気持ちは分かるよと、何故かそんなジョーと打ち解けてしまっていた。
そして移動中のバンの中で、良く分からない小説やコミックの会話が華やかに行われる流れに。知佳もそっち系には詳しいようで、ついでに直哉も混じって話に興じていた。
三宅先生は、そんな元4年6組の生徒達を運転しながら楽しそうに観察している。根が完全に保護者モードと言うか、そう言う性格なのだろう。
子供達といるのが本当に楽しくて、業務外の日曜日に車を出してくれるのも全く苦ではない感じ。とは言え、充希や朋子に心苦しさが無くなる訳でもない。
この顧問問題は、その内に何とかしなければと思ってはいるのだが。信頼のおける大人の仲間となると、なかなか周囲にいないってのが実情である。
この問題を解決するのは、少し時間が掛かりそうな雰囲気。それまでは、何とかこちらで三宅先生の負担を減らしながら、田舎の活動を満喫して貰いたい所である。
つまり、先生もこの活動を趣味として楽しんで貰えばお互いウイン×2って訳だ。消極的な考え方だが、何も持たない学生ズにはそれが精いっぱい。
そんな事を思っていると、車はホームセンターへと到着した。この前も寄って色々と買い物をした場所に、生徒達も戸惑いなく移動を果たしている。
そもそも、苗類は建物外の目につく場所に置かれているのが一般的。
「えっと、野菜の苗を買えばいいんだっけ? 肥料とかその辺は必要無いのかな、ガンちゃん。鶏糞とか牛糞とか、安いの売ってるみたいだけど。
化成肥料っての、そっちはかなりお高めだねっ」
「肥料の類いは、確か向こうで用意してくれてたな。すでに先週撒いて土に混ぜ込んだし、恐らく追加で買う必要は無いだろう。
取り敢えず、今回は苗とか種とかを買って行こうか」
「了解っ、なるべく色んな種類を揃えたいなぁ……でも育て方とか、全部違うのかな?」
三宅先生は、知佳のその質問に暫し考えて育て方は確かに違うねと返事をする。野菜と言っても、実がなるモノとか根っこが食べれるモノとか種類は色々あるのだ。
育てる基本としては、有限の大きさの畑をどう活用するからしい。つまりは、やたらと周囲に蔦を伸ばす、カボチャやサツマイモは今回は止めておきましょうと。
キュウリや豆類は、上に伸ばせば良いのでギリギリセーフとの事。そんなアドバイスを元に、生徒たちは主にバーベキューに食べたい野菜を選んで行く。
結果、育てやすさを優先してミニトマトを2株、ナスとピーマンの苗を5株ずつ。それからきゅうりとエンドウ豆の苗を2株ずつ、最後にオクラも同じく2株購入。
それから紅白大根とリーフレタスの種を購入、こちらは直播する予定でプロ農家の朋子の爺婆とも相談済みである。両方とも比較的育てやすいので、その辺は心配ないらしく。
何にしろ、プロのアドバイザーがいる事の心強さと来たら。まぁ、失敗してもそれが糧になるのが農業だと、ヨシ爺が先週口にしていたけど。
つまりは気候や手間次第で、熟練者でも先に何が起こるか分からないのが農業だと。とは言え、土作りがしっかりしていれば、大抵の野菜はすくすく育ってくれる。
今回は、その土が耕作放棄地な為にあまり宜しくないのがネックである。それでもまぁ、学生たちがお遊びで野菜を作るなら何とでもなる筈。
もちろん充希や朋子は、本気で田舎の『耕作放棄地』問題に取り組む心積もりでいる。ただし田舎の爺婆は、さすがにそこまで期待はしていない模様。
若者が週末に遊びに来てくれるだけでも、生活に彩りが出るってモノ。
「いやしかし、そう考えると農業も大変だな……手間をかけて収穫寸前まで頑張っても、大雨や虫や病気の被害で駄目になる可能性もあるんだから。
まぁ、それを言うと楽な仕事なんてどこにも無いか」
「そうだねぇ、ただ丹精込めて作ったモノが全滅なんてのは農業だけかもねぇ? そんな収入が天候なんかに左右されるお仕事なのに、儲けが少ないなんて酷い話だよ。
しかも食べ物なんて、生活に欠かせない大事な物なのに」
「そうだな、食料自給率を上げないと不味いって話題は、毎年必ず耳にするけどな。対策は全くと言って良いほどなされてなくて、放棄農地は増えて行く一方だもんな。
もし農作物の輸入が1年以上滞ったら、大変なパニックになるんじゃないか?」
最近の、温暖化を含めた世界的な天候不順が続けば、そう言う事もあるかも知れないねぇと三宅先生の賛同に。生徒たちは真面目顔で、そんな分かりやすい危機に対する備えが無いのは変って表情。
しかも、農業に従事する人たちの高齢化も待ったなし。つまりは問題がてんこ盛りの、この農業後継者を含めた問題の多い事例。
それを偉い筈の政治家を含め、誰も真面目に考えていない事態に。痛い目を見ないと、本気で腰を上げないのは他の金儲けや権力闘争に腐心してるからかなと基哉の痛烈な批判が炸裂する。
いや、考えている者は恐らくいるのだろう……全く対策が実行されていないだけで。馬鹿みたいに山を切り崩し海を埋め立てて、建物ばかり建てて金を儲けても。
日本の人口は減少の一歩を辿っているし、空き店舗の数は増える一方でしかない。資本主義の根底が崩れかけているのに、誰もそれに気付かないって事は無いだろうに。
例えば今回の米不足にしても、政府の減反政策が思い切り関わっているのは本当らしい。それに加えて、お米を作っても赤字と言うJAの買い取り体制や、就農者の高齢化などの問題も大いに関与しているそう。
今では田畑の相続も、権利自体を放棄する事例も少なくないとの話。ロシアとウクライナの戦争や円安で、輸入される食料品が総じて値上がりし続ける現状でこの危機管理体制は不味すぎる気が。
そんな世界情勢に関するリレーは、今の所は三宅先生と基哉がメインで他の生徒は情報不足で参入出来ず。社会問題の勉強を始めたばかりの面々は、残念ながら踏み入るにはレベルが高過ぎたみたい。
それでも、日本のお偉いさんは一体何をしているのかねぇと知佳の呟きに。だからこそ私たちが何とかするのよと、朋子は頬を紅潮させて息も荒い。
その成果は、まだ先週から成して来たちっぽけな開墾地しかないとは言え。大きな目標も、小さな1歩から始まるのもまた事実である。
最近は耕作放棄地を狙って、ソーラーパネルを設置する企業が田畑を買い取って回っているそう。それが進めば、農業と言う第一次産業は担い手どころか就職先まで先細って最終的には消滅してしまう。
元々が、大規模経営でない農家の時給は、先細りで国の補填も雀の涙と来ているそう。国会では、農業就労者の時給が10円と発表された事もあったと三宅先生が口にする。
それは酷過ぎると憤る学生ズだが、彼らが何とか出来る問題ではない。それでも、この若き『ニー党連合』の面々なら、それこそそんな社会問題も何とかしてくれるんじゃないかと期待する三宅先生であった。
若さとは可能性で、日本の将来を担うのはそんな若者たちに他ならないのだ。
――三宅先生の運転するバンは、順調に山の奥へと進んで行くのだった。




