ブンさんと言う人物⑥
学生ズの議論は、今はブンさんも交えて変な方向へと向かっていた。最初は勢い良く、『シャッター商店街』問題を論じあっていたのだが、どこかで妙にねじ曲がってしまったよう。
そんな訳で、そもそも現在の社会問題が景気自体を悪くしていて復興も儘ならないのだと。いつの間にかの原点回帰で、政府の悪口合戦に。
それ自体は何の建設性もないのだが、アーケード通りの良い復興案が思い浮かばないのだから仕方がない。結果として、大きな郊外型のショッピングモールや政治が悪いとそんな事を口にする面々であった。
実は、そんな大型のモールも最近はそこまで繁盛していないみたい。高齢化が進んだせいで、免許を持たない高齢者が増えて行ったのも1つの要因なのかも。
だとしたら、車を持たない高齢者は自然とアーケード通りに戻って来る可能性も。そんな事を話し合う学生ズだが、ブンさんはその意見には懐疑的な表情。
そもそも、今やアーケードに店を構える店主も高齢化が進んで、跡取りもいない始末。それはそうだ、客の来ない店を継いでも先行きは知れているのだから。
政府の取り組みも甘いよなと、ブンさんが会話の主導権を握って議論は続く。例えば子供の出生率低下で、日本も労働人口減少や消費力低下待ったなしと騒いでいるけど。
それに対する政策は、何と言うかちぐはぐなのが素人でも見ていて分かる程。外国人労働者の確保にしても、今や日本の外貨は円安もあって旨味は少ない有り様だ。
問題だらけだった『技能実習制度』を、少々弄った程度で本当に労働力が確保出来ると思っているのだろうか。挙句の果てには雇用年齢の引き上げで、日本人は70歳になるまで働く運命らしい。
そもそも年金の目減りで、働かざるを得ないと言う事情もあるのかも。そんな、老人に優しくない政策の前に出来る事がある筈だろうと、こんな日本に誰がしたって言葉で締めるブンさんであった。
「政府のやる事って、前例のない事には尻込みして結局全て遅きに失する感じだよな。そんで、大企業のやる事はしょせんは自己保身でしかないし。
政策もその場限りの継ぎ接ぎで、持続的な効力なんて考えもしてないし。人気って言うか有権者の支持が無いと席を降ろされるから、その点は仕方が無いかもだけど」
「その辺は、どこも資本主義の蔓延って気がするよねぇ……儲かったり利益があれば正義で、その為には少々の他人の犠牲は厭わないって感じ?
自由競争だからそれは仕方ないし、景気が良ければ政治家もそんなに槍玉にあげられない時代もあっただろうけどさ。
どっちにしろ、投票率の低さが今の政治への評価を物語ってるよね」
「確かに同級生にも、将来の夢は政治家ですって子はいないよねぇ? ブンさんは、大勢の人達を助けるためにも『ニー党連合』をそっち方面の道に進めたいの?」
「い、いや……決してそんなつもりじゃ」
大いに慌てるブンさんは、高校生たちの純粋で強力な推進力に気圧される思い。本当に子の子達なら、政党を作って暗い世の中をガラッと明るく変えてしまうんじゃないかと思ってしまう。
確かにネットなどの掲示板でも、不平不満を書き連ねる連中は多い。だけどここをこう変えたら世の中はもっと良くなるのにと、そんな建設的な議論がなされる事はほとんどない。
もしあったとしても、それを吸い上げる度量が政治家に無いので仕方が無いとも。世の中を良くする手法って、案外そんな事からなのかもと思ってしまう。
『ニー党連合』の政界進出はさて置いて、これからもそう言う議論は積極的にやって行こうと。充希の言葉に、よし来たと盛り上がるメンバー達である。
それをビックリした表情で見守るブンさん、自分の投げ掛けた問い掛けの波紋に驚いて声も無い様子。そして結論を纏めてくれとの充希の言葉に、基哉は暫し考え込む素振り。
それから、まずは基本を押さえての行動からだろうと聴衆に向けて口にする。
「この集まりはまだ始まったばかりだし、直哉の不登校問題って建前を蔑ろにしたら絶対にダメだ。いや、建前と言うかこの活動の核には違いないんだけど。
元4年6組のメンバーは、仲間を決して見捨てないって誓いが根本にあるのは皆も承知しているだろう。それが今のニート問題に焦点を当てたのは、最初は根本の問題を皆で知って情報を共有する為だったかな?
それが今や、田舎の放棄農地問題やシャッター街問題にまで首を突っ込む勢いだけど。それについては、まぁ充希のお節介が発動した結果かもな」
「いやまぁ……そうは言っても、動画を長期で撮影するなら大きなコンテンツが必要だろう。これも直哉の為だ、あと放棄農地の取り組みに関しては朋子の為だしな。
要するに、元4年6組の誓いに従った結果だから俺は悪くないぞ?」
「なるほどぉ、それじゃあ……『ニー党連合』リーダーのガンちゃんは、この町のシャッター街問題にも積極的に取り組む予定なの?
さすがに手広くやり過ぎで、人手が足りないんじゃない?」
「他の元同級生に、声を掛ければ何人かは集まってくれるんじゃないかな? まぁ、高校で部活動に所属してたら、手伝いたくても時間が取れないかもだけど。
何なら、女子は私と知佳ちゃんで声掛けてみるよ」
そんな感じで、何故かニート問題に続いてシャッター街問題にも首を突っ込みそうな高校生一同である。それに対して充希は、その労働に対する対価をブンさんに強請り始める。
つまりは、我ら『ニー党連合』は見た通りに割と大所帯だけど、会合場所が無くて困っているのだと。そこで商工会長のブンさんの伝手で、どこか良さげな空き店舗を用意して貰えないかなと。
出来れば近場で、話し声が少々煩くても文句を言われない場所が良い。アーケード通り内とは言わなくても、そんな場所を貸してくれたら本望である。
厚かましいお願いとは思うがと、そんな事を思っていない顔で詰め寄る充希は交渉が上手いのか下手なのか。ところがそれは良い案だねと、女性陣も期待を込めた目でブンさんを眺め始める。
さすが集団のリーダーだけあって、充希は交渉力はともかく圧が強いと言うか厚かましい。ブンさんも思わず、ウチの使っていない第2倉庫ならいいよと言ってしまう破目に。
言質を取った充希は、言ってみるモノだなとの満足気な表情。これで我が『ニー党連合』に、新たな仲間が増えても大丈夫だとグッとサムズアップ。
直哉にしても、これで毎回大勢に押し掛けて来られる事態が回避出来て万々歳である。女性陣も拠点が出来たと大喜びして、早速見に行こうよと皆を誘っている。
ブンさん的にはその約束自体は構わないのだが、何だか今後もその集まりに巻き込まれそうな気がしてソワソワしてしまう。彼自身も定職を持たない身なので、忙しいを理由に面倒事を回避出来ないのが辛い所。
でもまぁ、この熱い情熱を持つ集団に関わるのも、そんな悪い事では無いのかも。若さを分けて貰える機会ってのは、歳を取ると意外に少なくなって来るモノだ。
それから万が一、本当に地域復興では無いけどアーケード通りに活気が戻って来たら占めたモノ。そう上手く行く筈が無いのも分かっているけど、面白いアイデアの1つや2つはポロッと出て来る可能性も。
それを形にするのは、また違った労力が必要になって来るだろうけど。この学生たちなら、催促しなくても進んで手伝ってくれるだろう。
ブンさんが先ほど口にした、どうせなら全ての悩める人々に当て嵌まる方程式を導き出せばの言葉だけれど。決して意地悪で言った訳でも無いし、過度な期待だとも思っていない。
情報の拡散や共有が異常に早い今の時代なら、可能では無いかと本気で思っている。後は多くの人々が、それに乗るか乗らないかの問題だけ。
時代が必要としているなら、その達成も難しくはない筈。
例えばゴミ問題などがそうで、ブンさんも当時はエコバッグの持参など無理だろうと思っていた。レジ袋の有料化など、世間から反発が起きて大変な事になるぞと。
ところが、ふたを開けてみれば環境問題への関心の高さからなのか。意外と買い物客も協力的で、すんなりと各自マイバッグの持参への移行がスムーズに。
最近はSDGsなんて言葉も出来て、その試みはますます加速しているほど。それが危機感から来るモノなのか、それとも人々の良心から発される行動なのかは判然とはしないけど。
地球に優しい試みは、是非とも続けるべきである。
そんな風に、誰かがこれは皆の幸せのためになるからやろうって、たった1つの呟きから世界は変わる可能性がある。それを信じて、活動を見守る事は悪くない気も。
果たして目の前の『ニー党連合』と名乗る学生集団が、どの程度の行動力を有するのか。その辺は定かではないけど、ずっと使われていない倉庫を貸すくらいなら別にこっちにダメージは無い。
――これも地域活性の手助け、その時のブンさんはその程度に思っていた。




