ブンさんと言う人物④
現在一行は、ブンさんの部屋を占拠して熱心に議論を繰り広げている所。基哉の提案で、自分たちはもう少し社会情勢や政治や経済に関心を持とうとの提案がなされる。
でないと、『ニー党連合』などと名乗っておきながら、政党や政治が何なのか分からないジレンマに陥ってしまう。それはさすがに勉強不足過ぎて、看板を下ろせと言われても反論出来ない。
政治の話もそう、今の時代は選挙権が18歳にまで引き下げられているのだ。つまり充希たち高校1年生も、あと2年もすれば政治に口を挟む権利が得られる訳だ。
そう語り合う学生ズに、ブンさんが冷静に口を挟んで来た。今の政治は、腐り切った政治家ばかりで心から推せる政党はほぼ無く、投票率もダダ下がりだと。
確かに我々の生活の土台を担う人達を、喜んで選挙で選べない状態は望ましくない。暦の長い政治家は、選挙前は耳障りの良いマニフェストを叫び、選ばれれば自己保全に走る。
これを何度も繰り返されれば、そりゃあ投票意欲が失われるのも当然だ。まるで国民を記憶力の無い、おバカさんのように扱っているのだから。
「それを知らされたのが、10年以上前に行なわれた“事業仕分け”だったかな。パフォーマンス的な部分もあったけど、予算の無駄使いや利権、天下りをなくそうとの意気込みは伝わって来て多くの国民がその成果に期待したんだよ。
ところが、蓋を開ければ削減出来たのは10分の1程度で、大甘な目論見に終わったのさ。何より“利権”絡みの事業に関しては、強制力を持たない政策だと後で分かってね。
完全に道化だよ、利権絡みの旨みを彼らは簡単には手放す筈はないからね」
「う~ん、確かに政治不信に陥るには充分な出来事かもなぁ。政治が変わると凄く期待した分、裏切られた感が強過ぎるかも……。
特に天下りだよな、無駄な支出の第一位をそのまま放置なんだから」
「でも学校の授業でも、その手の政治の事なんて時間を割いてくれないじゃん? 成人年齢が引き下げられて、18歳で選挙権を得た現在でもそうなんだから。
この前も、選挙に興味を持とうって学校の掲示板にポスターを張ろうとしたら、先生に政治案件のは駄目だって止められたって話があったじゃん。
若者は政治や宗教に関わるなって、世間はそんな目で見てるんじゃ?」
それは厄介事から若者を遠ざけようと考える、教師や世間の優しさなのかも知れないけど。せっかく与えられた権利を、周囲が関わるなと規制するのも変な話である。
だからと言って、それに関する知識を積極的に分け与えてくれる訳でも無い。特に最近は、臭い物には蓋をして青少年には見せまいとする風潮が激しい気も。
例えば差別用語だとか、ネットに溢れる卑猥な画像や情報とか。確かにそれらを大人が規制するのは、正しい論調なのかも知れないけれど。
何故ダメなのか、それがどんな効果を及ぼすのかを“教える”作業が抜けている気が。多分、大人もその理由を正確に分かっていないのだろう。
性教育にしても、頭ごなしに観ちゃ駄目とか質問も許さない雰囲気を醸し出すのは如何なモノか。世間にこんなに草食系が増えたのも、そんな歪んだ教育の賜物なのかも。
そう思ってしまう程、昔とはテレビ番組の規制が強化されて混乱する程。お笑いにしてもそうで、特に暴力的な表現やきつい言葉は、徹底して放映されないようになっている。
それで学校の『いじめ問題』が、全く無くなったのならホラやっぱりと賛同する部分もあるのだが。問題は依然としてあり続け、妙な息苦しさだけが残った感じが。
つまりは規制ばかり増え続け、社会に妙な閉塞感ばかりが蔓延るように。
「確かに大人から見たら、俺たちは何も知らない青二才なのかも知れないけどな。だからと言って、何を知って何に目を瞑るのかの選択肢さえ奪うのは違うんじゃないかな?
政治や宗教にしても、つまりや金や癒着や妄信みたいなマイナス面をキッチリ教えるべきだと思うな。頭ごなしに遠ざけられても、こっちは戸惑うだけじゃ無いか」
「確かに基哉の言う通りだな、今の若者は昔に較べたら自由だって言われてはいるけど。その自由を妙に歪めているのは、したり顔をした大人達じゃないのか?
結局大人たちは、子供を自分の都合の良いレールに乗せたいだけだろう」
「い、いや……そこまで厳しい言葉を向けられても、ちょっと。俺も一応は大人の端くれだし、それに関しては多少思う事もあるけどね。
自由って言葉に憧れるのも、かなり危険だなって今では思うよ?」
汗を掻きながら、そんな反論を口にするブンさんは根は真面目なのだろう。焦った口調なのも、大人を庇護するつもりは無いけれど、暴走はしない様にとの気遣いが感じられる。
確かに危険な思想のまま、暴走するようでは妙な思想集団って評価を喰らってしまう。そもそもこの学生たちの集まりは、飽くまで健全に『ニート』について考えるって思想が根底にある。
それを思い出して、熱くなった心を落ち着かせて充希は軽く咳払い。せっかくインタビューに応じてくれた貴重なニートに、ビビられてしまっては元も子もない。
取り敢えず政治とか宗教なんて堅苦しい話は置いといて、脱線しかけた話題を元のレールに戻す事に。そもそも何で脱線したのかって、こちらが水を向けたからなのだが。
そしたらそれが呼び水となって、地下の水脈から水が溢れ出たって感じだろうか。不満はこの場の高校生にもあったみたいで、知識の蓄えは基哉が考えていた以上にはあったみたい。
少なくとも、インテリニートのブンさんと会話が成立可能な程度には。
「それじゃあ次は、俺の質問でいいかな……身近な問題として、この町のアーケード通りの衰退についてどう思ってる? ブンさんの八百屋にしても、他人事じゃ無いだろうし。
何か商工会で、取り組んでる事とかあったりするのかな」
「う~ん、確かにそれについては地元の商売人のほとんどが心を痛めている問題なんだよね。ただまぁ、時代の流れには誰も逆らえないと言うか。
安さ競争をしても共倒れになる可能性が高いし、他に良い案も思い浮かばないしね」
「そんな事もないんじゃないかな、例えば人情を思いっ切り表に打ち出すとか。時代に逆らえないって言っても、エコバックとか出て来た時お母さんビックリしたって言ってたよ?
みんながレジ袋に慣れていて、その便利さを手放さないんじゃって最初は思ってたそうなんだけど。環境問題に取り組もうって意気込みは、意外と凄まじかったみたいでさ。
みんなが少しずつ、昔の買い物袋持参に戻って行ったんだって!」
「まぁ、世論を上手く操作すればその位は可能なのかなぁ? その辺は、政治家とマスメディアが結託してやってるイメージだけど、最近はSNSとかでも普通に世論は動くよねぇ。
炎上からの本人特定とか、怖い時代になったモノだよね」
知佳と朋子の言葉に、全くその通りだと盛り上がっている学生たち。また脱線しそうな雰囲気に、充希は時代に逆らってアーケード通りを復活させる事は果たして可能なのかなと問い掛ける。
基哉は復活は無理でも、他の目的での再利用は幾つか聞いた事があるかなと発言する。例えばシャッターの降りた店舗を、他の目的に利用するとか。
どんな利用法があるのと、興味津々な知佳にネットを駆使して答える基哉。一例としては、お化け屋敷を造るとか宿泊施設に改造してしまうとか。
そうやって集客力をつければ、副産物として地域も活性化する良いサイクルに突入出来る。まぁ、そんな実例はあってもそこまで簡単に事は運ばないだろう。
それでもシャッターを下ろしたままにしておくよりは、数倍はマシなのかも。改装費を大幅に掛けて、それが企画倒れだった場合はダメージが酷いかもだけど。
後は、全てのお店を同じ系統の専門店に生まれ変わらせるとかもあるみたい。それからシャッターをペイントして、絵で雰囲気だけでも華やかにするとか。
色々と方法はあるけど、お金を掛けずに成功を手繰り寄せるのはそう簡単ではない。気楽な立場の学生たちも、流行の店舗を誘致すれば位しか言えないのが辛い所。
素人発言で下手に期待を持たせるのも、衰退で苦労している人を前にして残酷だろう。と言うか、他の者はこの発言をした充希の真意を捉えかねていた。
ところが、その質問をした充希は全く別の事を考えていたり。
――空き店舗が勿体無いから、自分達の会合場所に出来ないかなと。




