ブンさんと言う人物③
場はようやく、ほぼ全員が発言をして温まって来た感じだろうか。ブンさんの人柄も分かって来て、これなら突っ込んだ質問をしても大丈夫かなって雰囲気。
とは言え、過去に兄弟を無くしたとの話なので、その辺の話題は避けるべきか。そんな事を考えながら、次は誰の質問の番かなと充希が水を向ける。
それに対して、和也の背後に座っていた直哉がおずおずと手を挙げた。それから、大した質問じゃ無いけどとの前置きから持ち寄った質問を飛ばす。
その内容だが、空いた時間は主に何をしてますかと、どうやら自分との比較をしたいみたい。直哉は勉強もするが、大抵はネットやゲームで1日の大半を過ごしている感じ。
ブンさんも、直哉が噂の不登校児だとは自己紹介の時に知っていた。なので特に咬み付く様子も見せず、逆にその視線には温かい感情もこもっていた。
同類とまでは言わないが、生き方が不器用な者はどこにでもいる的な。そんな同情が透けて見えるが、それは仕方がないと言うモノ。
「そうだなぁ、これでも僕は毎日時事をチェックもするし、活字には相当触れてるよ。自分でブログを書いたりもするし、他人のもよく読むね。
他にもネットを活用したり動画も観るし、そうしてると時間は勝手に潰れて行ってくれるね。今は本当にいい時代だと思うよ、ネットで何でも無料で観れるからね。
案外と、これがニート大量発生の一因じゃないのかな?」
「なるほど、部屋に籠っていてもネットが繋がっていれば居心地は良いもんね。今じゃ出会い系とか、そっちもネットでパートナーが出来ちゃう時代だし」
「知佳……まるで使った事があるみたいな発言だな。ちなみにブンさんは、その出会い系? とやらを使った事はありますか?」
充希の茶々入れに、顔を真っ赤にした知佳の無いよとの反論が飛んで来る。ブンさんも、今の自堕落な生活は独り身だから出来ているとの分析をしていて。
つまりは結婚したらそうも行かないから、敢えてしないのだとの事。贅沢も極力避けていて、独身生活をそれなりに満喫しているとの話である。
そう言う独身世代は、実は最近じわじわと増えているのだそうで。日本の出生率の低下とか、少子高齢化とか今更ながら「ヤバいぞ」と叫ばれ始めているようだ。
この調子では年金のシステムが崩壊してしまうとか、十数年後には日本の人口が1億を割ってしまうとか。色々と、怖い未来図が叫ばれているけど、有効な解決策は今の所は見付かっていないそう。
ブンさんに言わせれば、どれも政治不信や社会変化などから来る、自分達で自分の首を絞めた結果だとの批判が飛び出す。データを見れば随分前から分かる事を、直前に慌てて滑稽でもあるそうで。
充希や基哉も、そこまでは言わないけどしっかりしてくれとは言いたいかも。それにしても、このブンさんなるニートは時事ニュースを読み漁っているだけあって政治にも詳しそう。
ただし、政治の分野は学生ズの大半は、残念ながら議論の相手にはならず。そこまで詳しく知識を貯め込んでいる者は、恐らく基哉位のモノだと思われる。
この辺も、論議すれば面白いんだけどと基哉は内心で葛藤してみたり。ただし、下地の無い状態で政治や社会変化をディスってみても、同級生に変な印象を植え付けるだけな気も。
例えば結婚しない若者の増加も、所得が増えず税収ばかり高い世情が一因と言われている。それから女性が働く率の上昇と言う、社会変化も大いに関与しているって話も。
自分で稼げるなら、特に“働き手”となるパートナーは必要ないと考える世代が増えたのも原因の1つなのかも。他にも少子化の原因は、色々考えられるが有効な解決策は1つも見付からないのが現状である。
それを一概に、政治家や企業や社会構造のせいには出来ないが、政治不信や人手不足で困るのも彼らである。この長い不況を“失われた30年”などとよく揶揄されるけど、一体これをいつまで続けるつもりなのだろう。
そんな事を考える基哉だが、ブンさんとそれを論議すると長くなりそう。ここは別の機会に委ねて、『ニー党連合』の活動に重点を置く事に。
そんな感じで、政治や社会問題の提起は見事にスルーされてしまった。そんな流れで次の質問者の、和也が挙手して3つ目の問いを投げ掛けに来た。
時間はまだ始まって30分程度、とは言えあまり長居もしていられない。そんな思いで、質問の内容は今の所どれも簡潔で突っ込んだものは無い。
「ええっと、ブンさんから見てニート問題と言うか……ニートの存在って、どう映っているのかなって。現代社会にこんなに増えて、似たような境遇の人が働かずに親の金に頼っていると。
常識的に考えて、自分より親の方が先に亡くなる確率が高いじゃないですか。その時、その人たちは誰を頼るのかなって」
「あぁ、確かに耳の痛い話ではあるね……僕の場合は他の人と違って、所得が毎月得られる立場だってのは分かって欲しいかな。他のニートも実際は、家庭環境ごとにそれぞれ事情も何もかも違うんだろうし。
それをニートとカテゴライズだけして、それだけで対応も何も考えない政府もどうかしてると思うね。例えば外国人労働者の『技能実習制度』を、今度ようやく見直そうって話が出てるでしょ。
あれは海外から、奴隷制度と揶揄される程に酷い実態だった訳なんだよね。そんな政府が、はなから弱者に寄り添う制度を施行出来るとも思わないがね」
途端に長文を語り出したブンさんに、直哉や知佳は混乱模様だったり。インテリの基哉だけは、確かにそうですねと辛うじて話について行けてる模様。
それからかみ砕いて、隣に座っている同級生たちに説明を始めてくれる。つまりは、現在の日本は中小企業を始めとして、至る所で人手不足に悩んでいるのだ。
その対策にと、外国人労働者を招き入れたり定年退職の年齢を引き上げたりしたのだが。外国人労働者を対象にした『技能実習制度』は、転職の制限や残業代の未払いなど、海外から人権侵害の制度だと批難を浴びているのだそう。
定年退職の年齢の引き上げも、働けるうちは働いて年金は支払いませんよと決して良い面ばかりではない。と言うより、将来は70歳まで働けるよとか言われて、嬉しい人は一体どれだけいるのか疑問ですらある。
まぁ、年金の額があまりに少なくて、働かないとやっていけない家庭もあったりはするのだろう。それから突然働かなくなって、あまりに暇を持て余す者もいるかも知れない。
それ位ならば、会社の役に立とうって考えもあるとは思うのだが。余生を優雅に過ごすなんて、ただの幻影に成り下がった現代ってどうなのって思ってしまう。
そんなに労働不足なら、ニート問題をどうにかしろと、この場にいる学生ズは思わず考えてしまう。弱者よりも企業の利益にばかり気を遣う政府では、そこに期待するだけ無駄なのかも知れない。
何故なら弱者は税金を納めないけど、企業を生かせば金が潤うから。現在の資本主義の歪みは、こんな感じでどこを切り取っても弱肉強食である。
金のばら撒きも、弱者救済と言うより人気取りでしかないのだろう。
「いやしかし、全国に散らばるニートを含めた弱者を、全て救う施策って言われてもねぇ……ブンさんは、今の政府がそれをしないのは怠惰だって怒ってるんですか?」
「いや、あまりにも自分達の利益しか考えてないその態度に腹が立っているだけだよ。そんな連中が舵を切る国は、いずれ滅ぶかなと心配しているだけさ。
利権や自己保全にばかり力を注いで、僕は昔から政治家と言う連中を信頼していないからね。それが世間の本音で、今の投票率の低さになってるんだろうけど」
「なるほど、俺たちも『ニー党連合』と名乗っているからには、その辺も皆で勉強しないとな。少なくとも、ブンさんとかみ合った議論が出来る程度には、知識を得ないと話にならないんじゃないか、ガンちゃん?
今後の活動では、その辺も盛り込まないと政党を名乗る資格はないと俺は思うな」
なるほどと、思わず頷く充希はブレーン役の幼馴染にその方針を尋ねる素振り。勉強会は当然として、普段から何に気を付ければ良いかを問いたい模様。
それに対して、基哉は毎日の新聞の講読を例に挙げる。新聞を取っていない家庭の場合は、ネットで政治や社会情勢欄に目を通すのもお勧め。
ただしネット記事は、玉石混交で下らない記事もあるので注意が必要かも。
――そんな説明を、熱心に聞き入るヤル気に満ちた同級生達であった。




