井ノ原和也と言う人物②
「ふむっ、何とも世知辛い世の中になってんだな……つまり基哉は、今更ニートの流行に乗ろうとしても、今の時代じゃ先細りが見えているから止めろと。
データを基に、そんな提案だと捉えていいんだな?」
「いやまぁ、ニートが流行かどうかの議論はさて置いてだな。ニートが悪だって風潮は、日本は他の国より強いのは確かかな?
確かに生産性は無いし世間体は悪いし、先細りは見えてるしで俺的にはお勧めは全くしないぞ、直哉。ちなみにニートの風当たりが強くなったのは、東大の教授がそんな感じの本を出したからだって言われているが定かじゃ無いな。
実際は、海外に比べて比率は少ないってのは前述の通りなんだけどな」
「世間体とかは気にしないでいいのよ、直哉。私もお父さんも、とにかくあんたが早く立ち直って欲しいだけなんだから!
学校が合わないんなら、転校も視野に入れて家族で話し合いましょう?」
母親の言葉に微妙な反応の直哉、彼からしたらせっかくの難関を突破して入った高校なのだ。それは両親も同じで、合格通知には家族全員でそれは喜んだ経緯が。
それをたった1ヶ月で、辞めてしまう未練や後悔が無いかと言われれば嘘になる。こんな時期に転校して、その転校先で虐めにあったらどうしようとの怖さもある。
そんな感じで踏ん切りがつかないまま、金縛り状態なのが今の現状とも言える。そこにまさか小学校の同級生が、お節介を焼いて家に押し掛けるとは全く思っていなかった。
それでも心配して貰っているのは確かで、有り難いとの思いもあるのは確かだ。一部知らない者も混じっているけど、読書を愛する同志と分かったし。
今はその同志が、何故か別の漫画について熱く語っている。
「かなり昔の漫画なんだけどさ、『じゃりン子チエ』とかは今思えばニートの定義に思い切り当て嵌まるなぁ。父親のテツが働かないから、娘のチエちゃんがホルモン屋を切り盛りするってストーリーなんだけどさ。
まぁテツの無責任な遣りたい放題加減には、真面目な人が漫画を読んだら確実に腹が立つと思うね。まぁ物語の進行上、テツは意外と愛されキャラなんだけどさ。
それも、全く働かないのを棚上げにしたらの話だけど」
「古い漫画を持ち出して来たな、井ノ原……なるほど、家族に働かせて自分は遊び回ってるって観点では、確かにニートの定義に当て嵌まるな。
逆に『よつばと!』の父ちゃんは、ほぼ家から出ずに傍から見たらニート臭いけど。ちゃんと翻訳の仕事して、収入を得てるから立派な社会人なんだよな」
「叶姉妹だって、そんなにメディアの露出が無いのに金持ってそうだなって不思議だったけど。株やら何やらで稼いでいて、メディアは副業なんだと知って合点がいったよ。
まぁ、素人の直哉に株やFXを勧めようとは全く思わないけど」
それは確かにそうだなと、基哉の言葉に頷く充希である。そんな得体の知れない者になる位なら、汗水たらして働けと何故か叱られる理不尽な直哉だったり。
それなら漫画家か小説家になって、世間に対して言いたい事を書きまくれと暴論まで飛び出す始末。その経験を糧にして、将来は政界に打って出るまでの筋書きが何故か用意されてしまった。
いや別に、自分はそんな大物になる気はないよと直哉は飽くまで消極的。そんな事じゃ、世の中は良くならないよと初対面の和也までが変に後押しして来る。
だから何故、僕が全ニートの代表みたいになってるのと、変な焦燥から汗を掻き始める直哉。押しの強いメンバーに囲まれ、逃げ場がない気がするのは気のせい?
世間に物申すならユーチューバも良いなと、基哉も呑気に乗っかって来る。アレは元手もそんなに掛からないし、良いアイデアかもと和也も気軽に合いの手を入れる。
こちらはニート初心者なのにと、直哉は訳の分からない反論でそれらをシャットダウン。肝心の本人が混乱模様で、ちょっと可哀想だが議論は白熱してみんな楽しそう。
それを察して、充希もそろそろ議論を纏めに掛かり始める。
「うむっ、漫画家とユーチューバはどっちが儲かるのかな? 安心しろ、直哉……立ち上げて軌道に乗るまでは、俺らが影ながら手伝ってやるから。
政界進出も忘れるなよ、お前が“ニー党”の党首になるんだからな!」
「あははっ、その名前はユニークで面白いね、岩尾っち! 党のマニフェストは、ニートも住みやすい世の中にって感じかな?
まぁ、どんな世の中なのかは全く予想もつかないけどさ。でも、底辺からのサクセスストーリーは、分かり易くて読者もきっと喜ぶと思うよ!」
「俺も想像がつかないけど、本当にそんな方向で動くのか、充希? それならまた、そっち系の情報もネットで集めておかないとな。
まぁ乗り掛かった舟だし、微力ながら俺も手伝うよ。そもそも、充希にこの事態の収束を頼んだのは俺だからな」
何故か分からないけど、直哉のユーチューバもしくは漫画家デビューが決まりそうな勢い。直哉には絵心なんて無いし、ましてや軽快なトークなどまず無理。
辛うじて、小説なら書けそうな気もするけど、それは世間に打って出るには弱いと充希たちには判断された模様。全く候補にあがらずに、直哉の焦りを助長させるばかり。
そもそも、直哉はたった10日ほど学校を休んだだけである。不登校児扱いならともかく、底辺ニートから成り上がれだとか酷い言われような気がする。
腹を立てるべきなのだろうが、同級生も自分の現状を心配して来てくれているのだ。多少の無礼な言動も、目を瞑っておくべきなのだろう……多分、きっと。
いやでも、確認くらいはしておくべきかも?
「あの……僕の主張って言うか、意見は一番に尊重されるべきだよね?」
「何だ直哉、やりたい事があったのか。それは僥倖だなっ、言ってみろ」
「いや、特に無いけど……やりたい事って言うか、何だか雰囲気的にやりたくない事を、無理やりにやらされそうな気がして」
「何だ、その消極的意見はっ……そんなの当然、却下に決まってるだろう。俺たちは貴重な時間を費やして、お前のために脱ニートの作戦を立ててるんじゃないか。
そう言うのは、お前もしっかりした意見を用意してから発言しろ!」
怒られた……そう言えば充希は、小学生の頃から弁が立っていたなと思い出す直哉。先生や周囲の大人すら言い負かして、良く担任の三宅先生を困らせていたモノだ。
ただ、一番担任の三宅先生に懐いて学級を盛り上げていたのも、やっぱり充希だった気がする。あの頃は虐め問題や、授業に付いていけないなんて事も全く無くて楽しかった思い出しかない。
ところが時は無情にも流れ、その頃の同級生からはニート認定されている身の上である。そしてその打開策も、何故かその同級生にガッチリ握られていると言う。
変な状況に陥ってしまっているが、その原因を作ったのも自分だと言う自覚はさすがにある。いや、さすがにこの奇妙な空間全てが、自分のせいだとは思わないけど。
とは言え、この状況を天の助けだと思えるほど達観している訳でもない。そんな訳で、直哉は正攻法で自分には画力もなければ弁も立たないよと小声で皆に告げる。
ちなみに今は、直哉の母親はお茶の用意で1階へと降りていて不在である。さすがに傲岸不遜な同級生たちも、あんな無茶振りを母親の前では出来ない模様。
まぁ、充希辺りは母親がいてもナイスアイデアと勧めて来る気がしないでもないけど。比較的に理性の残っている基哉が、さすがに調子に乗り過ぎたと話を修正しに掛かってくれる。
とは言え、何となく譲歩してやったぜ感が漂うのは気のせいでは無さそう。
「まぁ、確かに直哉のやりたい事をするのが一番ではあるけどな。それが見付からない内は、俺らの意見も存分に糧にすればいいさ。
これはそう言う話し合いの場だ、言ってみたら選択肢を増やすみたいな」
「ふむっ、基哉は相変わらず良い事を言うな……ただまぁ、色んな案を用意するにも時間は必要だからな。幸い明日から休日だ、考える時間は充分にあるな。
直哉にも2日やるから、それまでに自分の人生プランを決めておけよ? お母さん、そんな訳でまた月曜に来ますのでよろしくお願いします」
「あらっ、月曜ね……それじゃあ、またお持て成しの準備を整えておかなくちゃ」
お盆にお茶とケーキを乗せて戻って来た、直哉の母親は平然とそれを受け入れてくれた。母親からしてみれば、彼等は息子を心配して通ってくれる親友ポジションなのかも。
直哉からしてみれば、無茶振りの酷い元同級生と言う認識でしかないような。それでも頼りになる連中には違いなく、心の負荷は不登校を続けていた頃より随分と減っていた。
世間は週末に突入して、それには絶賛ニート中の直哉にも有り難い。何故なら、土日に家にいても誰にも不審がられずに済むからだ。
とは言え、学校休みは週に2日しかないので、残り5日は引け目を感じて悶々と家で過ごすしかない。そう言う意味では、不登校を続ける身も辛いモノがある。
そんな直哉の気も知らず、部屋にお邪魔した3人は呑気に週末の予定を話し合っている。どうやら和也は遊びに行きたいようだが、充希や基哉は素っ気ない。
直哉も同じく、とても遊びに出るような精神状況ではなく皆で出掛けよう案はお流れに。寂しそうな和也だが、その辺は仕方がない。
どの道、この件が上手く収まるまではお遊び気分は払拭すべきだと基哉に関してはお堅い意見も飛び出す。それに対して、充希は自然体も大事だぞとそんな友達を諭すような物言い。
要するに、凝り固まっていては問題の解決案も出て来ないって言いたいのかも。その通りだよと感銘を受けたような和也の合いの手だが、彼は単に天然のチャラ男な気も。
そんな彼らは、週末を問題解決に向けての考案に費やす予定?
――てな訳で、ニート議会は週をまたいで続く事が決定した。