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井ノ原和也と言う人物



 そんな手段があるのを踏まえて、『不登校』の説明を語り終える基哉もとなりであった。当然このカテゴリーに属するのは、学生に限られて来るわけである。

 一方の『ニート』は、家事も通学もしていない15~34歳の非労働層を示すらしい。求人活動中やアルバイトの者は、この数値に含まれない。

 なので、かなりあやふやな数値になっている。


 この15~34歳と言う年代は、日本では統計を取る際に若年層とする習慣があるためなのだとか。ところがそんな厚生労働省の定義とは別に、内閣府では15~39歳と定義しているそうなのだ。

 要するに、働いていない者は『若年無業者』と呼ばれるが、それと『ニート』を同じ意味と考えているのだ。ただそうなると、『失業者』まで統計内に入ってしまい、話は少しややこしくなる。


「何しろ2021年のニートの数は69万人で、若年無業者は87万人との統計があるんだ。プラス5歳で、15~20万人程度、まぁ年代の総人口の3~4%のニートがいると言えばしっくり来るかな?

 『引き籠り』はまた定義が面倒で、まとめると自宅からほとんど出ない無職者みたいな感じかな。こっちは年齢制限が無いけど、まぁ内容的には『ニート』と同じだよ」

「なるほど……それじゃあ定義から逆算すると、直哉なおやはまだ不登校予備軍かつニート予備軍って感じか。まぁ、その後何もしなければ、真っ逆さまにそうなるのは確定だがな。

 ニートが悪なのかはさて置いて、社会復帰は手助けしないとな」


 自分がここに呼ばれた役割はまさにそれだと、充希みつきは至って真面目に考えていた。その原動力は、5年後の同窓会で担任だった三宅先生を喜ばせるってのがアレだけど。

 とは言え、基哉にもその気持ちは分かる……三宅先生が担任になってくれた、あの至福の1年間は4年6組全員の大事な宝物だ。そして直哉も、同じくその仲間なのだ。


 この元同級生のおちいった窮地は、が非でも抜け出す手助けをしてやらねば。改めてそう誓う基哉は、それを念頭に入れて議論を再開させる。

 そこに爆弾的な反対意見を投入する、和也はこの場を若干楽しんでいる模様。


「いやでも、学校に行かずに自由に生きるのもアリなんじゃないかな……このストレスだらけの現代社会、精神をすり減らして生きて行くのも相当に大変だからね。

 俺は結構、暇さえあれば気になる漫画とか小説を乱読するんだけどさ。部屋の本棚の並びを見る限り、直哉君は相当な読書家だよね?

 学校で友達や知識を得られなくても、読書でカバー出来ちゃう場合もあるって言うし。このままフリーターとかして、気儘きままに生きて行くのも1つの選択肢なんじゃ?」

「ほう、井ノ原……伊達だてにホイホイついて来ただけじゃ無いんだな。よしっ、基哉の話したニート区分け情報は硬過ぎたから、今度は井ノ原が読書家の視点で話してくれ。

 確かに今の時代、どこも人手不足で働き口には困らないだろうしな」


 付き合いがまだ1か月程度で、相手の趣味の把握も曖昧だった充希なのだが。そんな事実はおくびにも出さず、したり顔で同級生に話を振る。

 振られた和也も、専門家のていでこの雰囲気を楽しんでいる様子。或いはその喜びは、直哉と言う読書家の同志を見付けたせいなのかも。


 実際、直哉の部屋には本棚が3つもあって、しかも色んなジャンルの本が並べられていた。相当な読書家らしいって事が、そんな所から容易に推測出来てしまう。

 恐らくは、ネット小説も登録して読んでいるのだろう。何しろ今は、無料で読めるサイトがあちこちで見受けられる時代なのだ。


 和也も当然、そっちのお気に入りは幾つか登録して毎日チェックに忙しい程。更新の早い作家さんは、日数を置かず投稿してくれるのだ。

そんな感じで和也が話を振ったら、直哉も速攻で喰い付いて来た。


「まぁ、無料サイトやら無料動画が横行するのも、色々と善し悪しはあるんだけどね。実際、最近は潰れて行く本屋やレンタル屋がとっても多いし。

 ビデオや音楽CDも、今はネットやデータが主流だもんね。町にCD屋さんが少なくなったのも、手元に実体を持っておきたい派には辛い所だよね」

「あぁ、確かにそれは同意見だな……良い作品は、俺もずっと手元に置いておきたい派だ。まぁ、どうしても欲しい本やCDは、やっぱりネット注文になってしまうがな」


 充希の言う通り、最近はアマゾンなどネット購入が当たり前の時代なのだろう。とは言え、町から本屋やCD屋さんが減って行くのも、それはそれで寂しい限りである。

 それには直哉の母親も、激しく同意している。


 父親や母親世代だと、町のお店で購入が普通だったのだ。遊びに行くのも、本屋やCD屋さんを友達と覗いて、お気に入りを時間を掛けて探すのが常だった。

 どうやら直哉の読書好きは、両親からの影響が強いみたい。小さな頃から家にあった本を読んでいて、それが習慣になったのは和也も一緒である。


 データ版の小説やコミックだと、そんな流れは生まれ難いのも確か。世代を超えて受け継ぐ文化の破壊は、少々寂しいモノがあるが仕方ない。

 利便性を取るか本やCDの実体を取るか、その辺は好みもあるだろう。例えば本も本棚1つ分となると、重量も場所取りも相当なモノになってしまう。

 しかも日焼けや虫に喰われたりと、保存も永遠では無いと来ている。


「それでも友達とお気に入りの一冊を貸し借りしたり、CDもアルバムの形になってる方が味があるよな。俺もどっちかと言えば、デジタルより実体で揃えたいかな。

 デジタルから興味を持って、気に入ったら実体で揃える事だってあるし」

「だよねっ、僕もそう思う……今は学校に行かない時間、本を読んだりネットで動画観たりして過ごしてるんだけど。

 それも学びの内だって言われて、少し安心したよ」


 充希や基哉の言葉に続いて、直哉も和也の解釈にホッとした表情で感想を述べる。今までほとんど口を開かなかったのも、全員で現状を否定されるのが怖かったからなのだろう。

 それをえて肯定から入った和也は、実はこの中で一番の遣り手なのかも。なおも漫画の話でアレなんだけどと、『働かないふたり』と言うタイトルのコミックの話を持ち出す。


 内容はショートコメディみたいな、1つの話題を1~数ページで落とす形式である。主人公はタイトル通り、無職でニートの20代の兄妹だったりする。

 そこに暗さは全く無くて、周囲の人々も彼らに寛容だったり存在に癒されていたり。その漫画家さんがサイン会とかすると、高確率で自分もニートですとファンに告白されるそうな。


 彼ら彼女らも、肯定されたいって気持ちを心の中では持っているのかも。ただまぁ、現実では世間の目は冷たくて、働かざる者=社会のゴミ的な見方が圧倒的かも。

 そう和也が語ると、直哉はうっと言う苦し気な顔付きに。



「なるほど、確かに存在の否定から入っても直哉が辛くなるだけだもんな……さすがだな井ノ原、ここに連れて来ただけの事はあったぞ。

 そもそも、ニートは悪と言う風潮が日本はかなり強い気もするな」

「それは俺も思うな、その辺のデータも実は集めてたんだけど。例えば外国の平均と比べても、日本のニート人口は少ない方なんだ。

 まぁ、その国の景気や失業率によるから、経済破綻(はたん)したギリシャなんかは当然高いんだけどな。だが日本も、完全失業者数で言うと割と近いデーターで190万人近くいるそうだよ。

 その辺のデータ区分けも、実は曖昧なんだよなぁ」


 しかも高齢化社会の進む日本では、定年退職者を含む非労働人口は4千万人以上いるそうだ。もっともこの数値には、職を持たない学生も含まれるのだろうけど。

 つまりは人口の4割~半分が無職と言う事になって、そう言う意味では割と凄い数字かも。しかも最近は、非正規雇用の数も労働人口の4割に達する勢いで、日本はどうなるのってな具合である。


 和也の言う通り、お先真っ暗と言うのも頷ける数値だ。親に頼ってニートになっても、そもそも現代では年金の受給額も減る一方である。

 更には、受給年齢自体もズンズン先送りされる始末。


 雇用の確保に働けるうちは働けと言いながら、年金の受給額は容赦なく減らされて行く。少し前に話題になった、老後の生活は“年金ブラス2千万円”問題も、あながち嘘では無くなる勢いだ。

 将来の不安に、当然経済の勢いも鈍っての負の連鎖が起こるのも頷ける。とは言え、そんな市民に政治家は全く寄りわず、野党の減税案に与党や財務省は耳を全く貸さない有り様。


 基哉もとなりの話はそんな感じで、何とも容赦が無いレベル。ニートの話題とは一見無関係に思えるけど、そもそもニートは親や親族の支える経済的基盤が無いと成り立たない所業である。

 一昔前は1億総中流層なんて呼ばれた時代もあったモノの、今では格差は広がるばかり。7世帯のうち1世帯が、相対的貧困層にあたるそうである。


 ちなみに『相対的貧困』とは、収入がその国の所得の半分以下の世帯を示すらしい。これが1人親だと、相対的貧困率が50%まで上がるとの事。

 日本で暮らすにはスマホ代やら身なりやら、更には保険や年金やらで所得をそちらにかなり割合持っていかれる。結果、削られるのは日々の食費で、子供の飢餓きがが深刻な問題なのだそう。


 飢餓問題は既に、遠い外国の問題では無くなっているのだ。そう口にする基哉は、政治家は何をやってんだって雰囲気で本気でいきどおっている。

 それを聞いている充希みつきは、それも自分達がクリアすべき課題なのかなと本気で考え込んでいる模様。政治家も頑張って欲しいわよねぇと、直哉の母親も妙な合いの手を入れる始末。


 横道にそれているよと指摘する和也だが、やっぱりこの討論会を面白がっている節がある。おっとスマンと我に返る基哉だが、日本の未来はうれいに満ちているのは確かである。

 それを正せないのは、何とももどかしくて嫌になる。学生の身分なので仕方無いが、世の現状を放置してニート問題の解決を前へ進めても大丈夫?





 ――そんな思いを、充希や基哉は心中に抱くのだった。








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