週末の大混乱③
改めて確認したところ、朋子の田舎の祖父母の苗字は斎藤と言うらしい。そして孫の朋子は、祖父の事を“ヨシ爺”と、祖母の事を“スミ婆”と呼んでいた。
それを踏まえて、同行した同級生一同も同じくそう呼ぶ事に決定した。恐らくは今後長いお付き合いになるのだし、その辺はざっくらばんで良いだろうって事に。
少なくとも、野菜の収穫までは頑張る予定の和也や直哉である。充希などは、もっと長いスパンで脳内計画を立てている事に違いない。
その辺は、仲間と共に行動するのが前提なので先行きはやや不安定。ヤル気のベクトルは各々違うが、それが今後どうなるかは不透明なまま。
それから男性陣は、小型耕運機の使い方も一応教わって午前中は終了の運びに。何だかんだと、男衆に関してはそっちの機械系の操作には、ときめくモノがあった模様。
結局は、全員が農機具に触ってのお試し動作チェックをする流れに。
ヨシ爺の話だと、最近は畑の周囲に害獣除けの柵を設置しないといけないらしい。この辺も、当たり前に猪やら何やらが出没するそう。
そのため、農業をするにも昔より余計な出費がかさんで仕方が無いそうな。肥料も燃料も値上がりする中、米や野菜を作るのも一筋縄ではいかないそう。
「うわっ、それは大変だな……農業も全然楽な職業じゃないんだな。せっかく作った畑を、獣の群れに荒らされるとか酷過ぎるよ」
「ここはまだ、サルや鹿がいないだけマシな方じゃよ。まぁ、猪だけでも大概酷いがのぅ……たまに熊が出るが、滅多に里には近付かんから心配せんでもええ」
「えっ、熊……それはちょっと撮影したいかも」
そんな軽口を叩く和也に、全員が総突っ込みをかましつつ。納屋の前での午前中の機械演習は、何とか無事に終了となった。
それを受けて、午後の本番に向けて男衆で作戦を練り直す充希たち。ヨシ爺にどこの敷地から手を掛けるかを確認して、取り敢えずの今日の目標を設定し直しす。
午後の作業得時間を考えるに、恐らくそれほど多くの土地は手掛けられない。草刈りも行なうが、出来れば今日中に刈り取った場所を耕運機で耕しておきたい。
そうすれば、一応は作業をこなしたとサマになる絵が撮れそう。こういってはアレだが、やはり動画の事も考えて作業をこなすのが『ニー党連合』としてもベストな気が。
そんな訳で、邸宅に近い荒れ地の1つを今日の開拓地へと定める充希。その許可をヨシ爺に貰って、それを囲う柵の準備もして貰う。
それから家へと引っ込む前に、改めてその場所を男性陣でチェックする。
さっきまで一緒に納屋前にいた三宅先生は、今は家の中に引っ込んで姿が見えない。恐らくだが、スミ婆のお昼の準備を手伝ってくれているのだろう。
騒がしい女性陣がいないと、本当に静かで田舎の情景は和む。そんな失礼な事を口にしながら、午後から頑張るぞと気合を入れる男性陣であった。
「いやまぁ、頑張るけど……撮影役も必要だし、その辺は直哉君と交替でいいかな? それにしても、ウチの近所の集合住宅とは全然違って長閑だよねぇ。
ご近所ともかなり家の間隔が離れてるし、少々騒いでも怒られないかも?」
「確かにそうだな……大勢で押し掛けて迷惑じゃないかって、最初はちょっと心配してたんだが。家もかなり広そうだし、ご近所も近くにないから杞憂に終わりそうだな」
「そうだな、俺も田舎の爺婆の家に訪問するってイベントは滅多にないからな。それだけで、何だかワクワクして楽しいって感じちゃうな。
作業が終わったら、ついでに近所の散策とかもしたいかもな」
そんな事を話し合う男衆は、総じて浮かれた表情で楽しそう。午後からのハードな畑作業を前に、完全にそれを考えない姿はむしろ潔いかも。
それにしても、放棄農地の荒れ具合はかなり酷い有り様だ。これは手古摺りそうだなと、基哉も予め広さを指定して作業を行おうかと言って来る。
つまりは、田んぼのあぜ道囲いまで、全て今日中に終わらせるのは不可能って考えている模様。ある程度の面積で目安を付けて、開墾作業をしようとの提案らしい。
午後の暗くなるまでの時間を考えると、確かに基哉の言う通り。何しろこちらは、農作業に全く慣れていない素人集団なのだ。
充希は仕方なくそれを了承して、作業が捗らなかった場合の保険も掛ける事に。つまりは、明日も集合が可能な者は集まって作業をするぞと。
それを聞いた和也と直哉は、ええって表情に。
「そうだな、人数が少なければ誰かの親に頼んで車を出して貰えばいいし。三宅先生が無理でも、それならここまでの移動は可能だろう。
後は斎藤夫婦の了承を得られれば、連日の作業も視野に入れられるな」
「うへえっ、充希君も基哉君も元気と言うかヤル気満々だねぇ。俺はさすがに連日は無理かな、明日は午前中に家の用事を言われてるから。
ついでに午後は、友達とネットで遊ぶ予定も入ってるしね」
「それは全然構わないぞ……まぁ、直哉は強制的に参加決定だけどな。そもそもお前が主役の開墾事業だ、せいぜい楽しんで作業に当たってくれ。
それから、動画の素材撮影も張り切って進めて行かなきゃな」
そう言われても、午後からの農作業は相当な労力が必要と思われる。充希のように、苦難は多い程に燃えるって体質じゃ無いと楽しめないだろう。
そう心の中で反論するも、僕は撮影役の方が楽しいかなぁとお茶を濁すのが精一杯の直哉である。それでも楽しむのは良い事じゃないかと、その提案も充希と基哉にスンナリ受け入れられた。
何だか詭弁を講じて、心配してくれている友達を騙したような感覚。まぁ、向こうの論点も少々乱暴な気もするので、おあいこかも知れない。
そんな事を考えていると、朋子がお昼の支度が出来たと皆を呼びに来てくれた。ヨシ爺は既に敷地内へと歩いて戻って行ったようで、男性陣もそれに続く。
それにしても、周囲は見渡す限りの田園地帯である。離れた場所の田んぼは、水が張られて青くて元気な苗が既に植えられているようだ。
ただしその田植えがされた面積は、おおよそにして半分程度だろうか。つまりもう半分の田畑は、放棄されて荒れ放題って事である。この斎藤家も同じく、爺婆は年金生活で日々を賄っているとしても。
農家をずっとやって来た者としては、この惨状は辛いだろう。
「おっと、勝手口の横に洗い場があるんだな……昔の農家の知恵なのかな、確かに便利だ。おっ、見ろ直哉……中庭には立派な池まであるぞ、田舎って凄いな!」
「ちゃんと撮影してるよ、大きなコイが泳いでるね……敷地の外れには、鶏も飼ってるんだってね? 後で撮らせて貰おうっと、本当に田舎って撮影ポイントが幾つもあるよね。
その辺を歩くだけで、何だか感動しちゃうな!」
そう言う直哉は、確かに周囲の景色に感動と言うか興奮していた。充希と基哉もその点は同じく、家屋の梁の太さなどを興味深げに話し合っている。
斎藤家の邸宅は、古いなりにしっかりとした構えで年代の重みを感じさせた。迎えに来てくれた朋子によると、さすがに囲炉裏は無いけど掘りコタツはあるそうだ。
今は時期で無いので、蓋をして使用はしていないそうだけど。家の中を見て回るだけでも、かなり動画のネタになりそうで面白い。
そう騒いでる男性陣を、朋子は奥の和室へと案内する。そこにはテーブルと座布団で見事にセッティングされた、民宿の食事会のような一室が待ち構えていた。
そしてテーブルの上には、たくさんの料理がズラリ。
――そんな贅沢なお客扱いに、後から来た面々は驚きに目を見張るのだった。




