週末の大混乱①
週末の土曜日、時刻は約束の集合時間の15分前。いつもの駅前には、既にお馴染みの『ニー党連合』の面々が集まっていた。充希や基哉もいるし、不登校中の直哉もジャージ姿で出て来ている。
そして盛り上がっている女性陣を、ビックリ眼で眺めている充希。何しろ女性陣の中心には、元4年6組の担任教師だった三宅先生がいるのだ。
彼にとっては初恋の人、今も充分に若々しくて光り輝いて見えている事だろう。自身で20歳になったら、4年6組全員で同窓会を開くのが夢と言ってたけど。
それ程に思いの強い相手が、突然目の前に現れた充希の心境は如何程か。そんなショックを受けている友達を、支えるように基哉が側に寄り添っている。
基哉も同じく驚いていたけど、まぁ想定内でもあったようだ。何しろ親でない共通の知り合いと言えば、ある程度範囲は限られて来る。
とは言え、本当に先生とコンタクトを取って連れて来るとは思っていなかった。何ともアグレッシブな女性陣に、男性陣は呆れるやら驚愕するやら。
もっとも、和也だけはあの女性誰だろうと直哉に質問を飛ばして不思議顔。なんでみんなで盛り上がったり、驚愕の表情を浮かべてるのとこの場のノリについて行けていない。
そんな移動前の集合場所は、未だに様々な感情が交錯したまま。
まぁ、確かにこれで移動問題は解決したとみて良さそう。三宅先生が乗って来たのは、8人が搭乗可能な白バンである。女性陣はワイワイと騒ぎながら、持って来た荷物を車に乗せている。
特に朋子は、田舎での野外活動の為かキャンプ用具染みた様々な道具を家から持って来たよう。その内容は大きなパラソルやリュック、後は祖父母へのお土産らしき品が車に搭載されて行っている。
逆に棒立ち状態の男性陣は、何となく居心地悪げな顔色のまま。状況を良く分かっていなかった和也だが、ようやく女性の正体を直哉から聞き出して得心が行った表情。
そんな直哉も、呆けた表情でついでに慌て気味な様子。どうやら自身の不登校問題を、かつての担任の先生に知られたら叱られてしまうと思っているようだ。
「充希君に基哉君、元気そうだねっ、まぁしばらく見ない内に大きくなっちゃって! 直哉君は大変だったね、問題に突き当たったらもっと前に誰かに相談しなきゃ。
でも今からでも遅くは無いよ、人生は君たちが思うより遥かに長いんだから! 何より、心配して集まって来てくれる友達には、感謝して頼りなさい。
えっと……こっちの子は、私の生徒じゃないよね?」
「はいっ、充希君とこの春から同じクラスになった、井ノ原和也と申します。皆が進めている計画に、ふとした事から参加させて貰う流れになりまして。
不肖な身ながら、こうしてはせ参じた次第でありますっ!」
和也の堅苦しい挨拶を聞いて、思わず笑い始める三宅先生である。自分は小学校の頃の、この子たちの担任だったのよと紹介を返し、それからその場を仕切って全員を車へと押し込んで行く。
その統率力は、さすが長年クラスを担任して来ただけの事はある。個性的なメンバー揃いの集団が、嫌も何も無く素直にその号令に従って行くのはさすが。
そこからは、お出掛け気分での学生たちの車内でのウキウキ気分な会話が続く。そんな中、助手席に座った朋子が先生に大まかな方向をナビゲート。
それから、途中に大きなホームセンターがあったらちょっと寄って下さいと一言添える。大きな道を通るので、恐らく何軒かは巡り合える筈。
そんな感じで、週末の駅前の小さなロータリーから白いバンは出発する。車内で賑やかに話すのは、やっぱり女性陣がメインな模様。
それから今回の集まりの趣旨になって、代表の充希に話が向けられる。
「えっと、確か……会合で私の田舎のお爺ちゃんが、腰を痛めて農作業が出来なくなったって話をしたら。ガンちゃんが、それならって自分達の活動とマッチした解決法を導き出してくれたんだよね。
そんな訳で、この週末の企画が立ち上がった感じですかね?」
「それでこの人数だし、ファミリーカー1台じゃ移動出来ないねって話になって。その解決方法を探してたら、小学校で三宅先生と偶然再会して。
本当に運命かなって感じで、先生が仲間になってくれて嬉しいです!」
仲間になったとの知佳の言葉はともかくとして、基哉は確かに偶然にしては凄いかもなと同意の構え。このまま顧問になって欲しい位だと、変なプッシュをかましている。
充希に至っては、一番後ろの席で何だか気が気でない感情を醸し出している。良く分かってない和也は、大人の支援はこの先必要になって来るかもねと、分かったような台詞を紡いでいる。
話を向けられた充希は、結局は発言の機会を女性陣に奪われてだんまりを決め込んだまま。それでも直哉君も、久し振りに外出できて嬉しいよなと和也のフォロー。
そんな事を話している内に、先生の運転する車は減速して最初の目的地に到着した。道沿いにある大きなホームセンタを発見して、約束通り立ち寄ってくれたみたい。
これだけ大きければ何でも揃うねと、朋子のテンションは高めをキープ。みんなで旅行している気分なのか、他の面々も感情の点では彼女と同じ感じ。
そこで一行は、朋子のアドバイスに従って農業に適した衣装の購入を始める。具体的には、軍手だとか麦わら帽子だとか、虫除けスプレーや飲み物などなど。
鎌やらその他の農具類は、朋子の祖父母の家に幾らでもあるそうなので。取り敢えず初日の今日は、必要分を借りての作業を行う予定である。
もっともメインの草刈り作業が大変で、恐らく大きく時間を取られるだろう。そんな朋子の言葉に、望む所だって闘志を燃やすのは充希だけと言う現状だったり。
つまりは耕したり植えたりは、もっと先になるだろうとの朋子の予想である。既に5月もゴールデンウイークを過ぎ、あまり日が過ぎても苗植えの時期を逃しそう。
そんな訳で、作業をするならなるべく素早くが良いのだろうけど。こちらは人数もいるし、その辺は何とかなるかもとの素人の充希の予測である。
基哉はその意見には懐疑的と言うか、動画の撮影をしながらなので週1では大変だろうと読んでいた。せめて最初は、土日ペースで作業に当たるべきかも。
休日を2日も潰すのはさすがに大変なので、そこは有志のみでやっても良い。充希の発案のこの“感謝”を体感する農業計画、基哉は実は結構乗り気だったり。
別に農業が好きって訳では無いが、充希が計画してくれた最初の大きな案件である。これを軌道に乗せる事が出来れば、頼み込んだ直哉の不登校問題も何とかなりそうな気が。
その直哉だけど、意外と楽しそうと言うか顔色は明るくて今の所は好感触の気配。和也と一緒に、麦わら帽子か普通の作業帽を購入するかで悩んでいる。
充希と朋子に関しては、全く迷わず麦わら帽子を選択していた。
三宅先生も同じく色々と購入して、農作業を手伝う気満々の様子が窺える。日に焼けたその姿からは、野外活動のプロに見えなくも無い。
それから各自レジで精算を済ませ、ここからはノンストップで朋子の祖父母の田舎へと進むとの事。そこから15分も進むと、確かに町並みも段々と建物が寂しくなって来た。
それもその筈、広島県は圧倒的に平地より山の面積の方が多いのだ。
――海側の都市部から山へと向かえば、割とすぐに田舎の風景が待っている。