木曜日の集会④
「まぁ、無関係の俺が心配する事じゃ無いとは思うけどな。ただし、同じ事は直哉にも言える訳だし。学歴が全てじゃないとは言うけど、就職する際に露骨に評価されるのは学歴だからな。
本人は学校に行くと言う行為を馬鹿にしているけど、社会に適応する者が一定数いないと、社会そのものが成り立たなくなってしまう。そもそも不登校を続けてれば、人間の幅も友達作りの可能性も広がらないだろうしな」
「なるほどねぇ、モッチーの考えは優等生だよね……私なんかは、子供がお金稼げて偉いなあって素直に感心しちゃうけどな。
その子は、自分の考えで世の中に革命を起こそうと思って動画アップしてるんでしょ? 私たちも、二番煎じと言われても世の中を良い方に替えて行く取り組みを頑張ろうよ!」
「そうだな、確かに知佳の言う通りだ。他の不登校の家庭の励みになるのなら、取り組む価値は充分にあると思うぞ。基哉はデメリットばかり並べ立てたけど、革命家の発信にはメリットもあっただろうしな。
知佳も言ってたけど、まずは子供でも稼げる事が大きいよな。それから知名度が上がれば、出来る事や選択肢も増えて行くんじゃないか?」
そう援護射撃を飛ばす充希だが、もろ手を挙げて賛成って訳でも無い様子。そもそもこの会合が、不登校児やニートが社会に適応する方法を模索すると言う趣旨に成り立っている。
それを実際に成している者がいれば、積極的にその手法を取り入れるのも吝かでは無いってスタンスなのだろう。もちろん基哉も、それを踏まえてのデメリットの羅列だったのだろう。
動画のアップとは、公共の場に評価を委ねるって事でもある。『いいね』の同意も得られれば、逆にマイナス意見だって幾つも浴びせられるのは前述の通り。
その辺の覚悟も、前もって決めておかないと後で無暗に凹む事になってしまう。それを踏まえて、この前例の動画主について話し合う事は大事だと思ったのだろう。
お金になるとか承認欲求だけで、済まされる問題では無いのだ。とは言え、動画や写真をアップする大半の者は、そこまで深くその先を考えていない。
それ故に大ゴトになった、飲食店での問題投稿の炎上も過去には何度かあった。その例を挙げながら、注意喚起も忘れない優等生の基哉である。
例えばこの集団で言えば、充希や知佳はイケイケ派と言えそう。社会人の年齢になって強みを失うなら、学生時代の今に一旗あげようってノリみたい。
固定概念にとらわれず、変化を厭わない者こそ強いのだと。現代の歪んだ常識のあり方に、風穴を開けようぜとの主張を両者は熱く語っている。
それじゃあやっぱり、直哉君を正面に出して動画を撮るのかとの和也の問いには。そこまではしないが、真面目に不登校問題に取り組んでいる姿は前面に出したいなとの返答。
直哉もそれを聞いて、幾分かホッとしている様子。
「確かに嫌がる生徒を、無理に学校に通わせて得るモノは親と教育者の満足感だけだろうな。それより色んな活動に勤しんで、人間の幅を広げる方が有意義じゃないか?
集団行動が苦手で、じっとしていられない子はどの年代にも一定数いるそうだし。センシティブな理由で、やっぱり不登校な生徒も世の中にはいるんだ。
そう言う生徒を、サポートする組織は必要だし大事だと思うぞ」
「普通はそれを、どの市町も行政サービスが行なうんじゃないの、モッチー? それが我ら『ニー党連合』がするって、かなり大ゴトじゃないかな?
随分と大風呂敷を広げる発言だって、それこそ世間に叩かれちゃうよ!」
そんな知佳の混ぜっ返しに、充希はその行政が上手く機能していないのだと前置きする。それからウチは、世にあるサポート組織の中の1つとして、実験的に色々と取り組む姿勢を動画で流せば良いと反論した。
その成功も失敗も、後から真似をする者達には良い指針になるに違いない。そう言う意味合いを込めて、色んな活動をこの場で提案して行こうって事らしい。
それには全員が、なるほど確かにと感銘を受ける仕草。何より、失敗しても後の為になると言う前向きな言葉は、気が楽になると言うか取り敢えず試してみようと勢い付くパワーワードではある。
もちろん、不登校やニートのそれぞれの事情は、千差万別で取り扱いも違って来るだろう。それを踏まえて、その人達の長所を汲み取りながら、社会復帰に役立てようとか相当なな難題には違いない。
それでも、周りでサポートする組織の存在はとっても大事な筈。
「だがまぁ、やるからには世間は味方に付けるべきだな……俺らも動画をアップする際には、充分に気を付けて問題発言は無いようにしよう。
あの『真面目な生徒はロボット』発言は、ある意味図星を突かれたから世間も過剰に反応した面もあるかもな。それは学校のシステムに対する動画主の皮肉だったのかもだが、捻くれたガキが同級生を嫉んでやがるって世間に思われた気がするな。
まぁ、その程度の批判じゃ、世の中に革命なんて起きようもないけど」
「これまた痛烈な批判だな、充希……一介の不登校小学生に、一体何を求めてるんだか。とにかく俺たちの活動は、世間に叩かれないように上手い事やって行こうぜ。
今回のテーマだが、取り敢えずはこんなまとめで良いかな」
そうだねと、女性陣からもこれ以上議論は無いかなの言質を貰って。それじゃあそろそろ、議長の充希に締めて貰おうかとの基哉の催促。
重々しく頷いた彼は、基本として“やりたい事”があるならそれを第一に頑張るのは悪い事では無いとしたうえで。だからと言って、そうで無い者を非難しても仕方が無いと意見を述べる。
「でもまぁ、自分を正当化するのは誰もが自然に取る防衛手段だとも思うしねぇ」
「そうだな、この不登校の動画主は、自分で稼いでいるだけ立派だとも言えるしな。親の脛を永遠に齧ろうと言う、他の一般ニートの神経の方がある意味疑われるぞ。
半人前のまま人生を過ごしても、新しい事に挑戦出来ないだろうに」
「そう言えば、ジブリアニメの『耳をすませば』でもそんな議論があったねぇ。受験勉強そっちのけで小説を書くのに夢中な主人公が、高校行かないって親に啖呵切るんだけど。
最終的には、世間知らずのまま社会に出ても良い小説は書けないと気付いて。めでたしな感じで終わるけど、ある意味それは真理でもあると納得がいったよね」
確かにそうだねと、女性陣も和也の例え話に賛同の素振り。何をするにも、やはり人生の基盤となる素養は大事だねと、この場で何となく結論は纏まった。
直哉の現状にしても、それは同じだと注目を浴びる本人だったり。それに関して基哉は、プリントやオンライン授業で彼のペースで進めていると太鼓判を押す素振り。
後は充希が指針を示した、“感謝”や“情熱”やらの感情の芽生えである。ずっと部屋に籠ると言うぬるま湯に、浸らせないための感情の発露が実は一番大事で厄介。
それがこの会合で補う事が出来れば、取り敢えず1つの成功を収めた事となる訳だ。そしてそのパターンが、他の場面に適応出来ればもっと良い。
今は週末の予定を論じつつ、騒がしくお喋りに興じている面々だけど。解決の手掛かりは、その時までのお楽しみとどうしても口を割らない女性陣である。
頭の良い基哉も、こればかりは推測に至らない様子で困り顔。そう言えば、運転を買って出てくれた人も、不登校問題には頭を悩ませてたかなと、妙なヒントを出す知佳である。
その言葉に、ますます混乱する充希と基哉だったり。やっぱり誰かの親らしいけど、朋子と知佳の両親では無いとの話だし。
だとすると、他に考えられるのは……?
――そこはやっぱり、誰も思い浮かばない2人だった。




