三宅先生と言う人物②
相談したい事柄とは別に、口からは全く別の言葉が溢れ出すのはいつもの事。日本人ほど、本音と建て前を上手に使い分ける人種はいないかも知れない。
内心でそんな皮肉を交えつつ、知佳は先生に心配を掛けまいと上機嫌に喋り続ける。いや、この再会が嬉しいのは本当なので、そこだけは演技をする必要が無いのは何より。
「そんなの、全然気にしないでいいですよぅ……でも傍から見ると、フェンス越しにこうやって喋り続けてるのはやっぱり変だよね。
うわぁっ、もっと色々と先生に話したい事があるのになぁ。例えば、私たちが同級生と今取り組んでる問題とか」
「実は元4年6組のメンバーで、不登校になっちゃった生徒がいて……その問題の解決を、今まさに友達と取り組んでる所なんです。
それで“感謝”に関する動画を撮影するために、田舎の放棄農地を開拓するって計画が立ち上がっていて。その移動手段を、どうしようかって今2人で悩んでた所なんです」
そう口走って、2人の女生徒はお互いにアレッと言う表情に。本音を上手く隠して喋ろうと思ってたのに、つい両者とも口が滑ってしまった感じ。
どうも懐かしの恩師を前にして、感情の昂りは相当なモノになっていた模様。知らぬうちに心のわだかまりを、声に出してしまっていたのは仕方のない事か。
やや慌ててる女生徒たちに、ビックリした表情の三宅先生である。そのままの驚き顔で、先生は食い付くようにフェンス越しに顔を近付けて来た。
それから、他人事じゃいられないと2人に対して質問を浴びせる。
「ええっ、どの子かしら……それは由々しき事態だわねぇ。佐原さんと日下部さんは、確か今は高校1年生だっけ?
はいはい、あの賑やかだったクラスの子たちね?」
5年前に受け持った学級を思い出しつつ、そんな事を呟く三宅先生。それから実は、うちのクラスにも不登校になった生徒がいるのだと告白して来る。
小学生にもやっぱりいるんだねぇと、朋子と知佳も同じく深刻な表情に。深刻だけに、簡単に最適解など出せない問題なのが悩ましい不登校問題である。
ウチの集会では、ガンちゃんとモッチーが指揮を執って、現在はニート問題に当たっているのだと。先生相手に、隠し事など考えも及ばない朋子は口調も滑らか。
あの2人ねと、三宅先生もすぐに思い出す程には印象に残っていた充希と基哉である。みんな4年6組の教えを、今も忠実に守ってますと知佳も誇らしげに報告する。
それに感動する先生は、やっぱり少し誇らしげな表情。とは言え、全て腹の内をさらけ出してしまった2人は、この事態をどう収束させようと内心で冷や汗タラリ。
何しろ充希には、三宅先生を巻き込まないようにときつく釘を刺されていたのだ。それを、ついうっかり口が滑って全て白状してしまうって体たらく振り。
有り得ない失態だが、やはり信頼のおける人の前では心を完全に閉ざすのは難しいモノ。そんな訳で、覚悟を決めた朋子は観念してあらましを全て語り始める。
それに乗っかって、知佳も話しちゃっていいんだみたいな表情での追随。そうして結成された同級生たちによる集団に、三宅先生はいたく感銘を受けた様子。
それには教え子たちが、こんな立派に育ってとの感想が含まれているのだろう。フェンスに手を掛けて、あなた達は本当に立派に成長したわねと労りを込めてのお褒めの言葉。
それにやっぱり感激する女生徒2人、傍から見ると相当に変な場面に見えるかも。しかし話に熱中している当人たちは、トンと気付かず会話を続けている。
話題は自然の流れで、三宅先生のクラスの不登校の生徒についてにも及んだ。この生徒もゴールデンウイークを境に不登校になって、現在は先生自ら対応に当たってるとの事。
原因は良く分かっておらず、家まで訪ねて行っても生徒とは会わせて貰えないそうな。両親も放っておいてって態度だし、家庭問題も絡んで来てそうで両親が味方でない可能性も。
そうなると、解決はちょっと大変かも……逆に学校に来たいけど通学させて貰えない可能性もあって、事態はかなり複雑になって来そう。
そんなパターンもあるんだと、驚く2人の女生徒は不幸せな家庭ってのを良く知らない模様。怖い想像を脳内に浮かべながら、どうしたらいいんだろうと言葉を発する。
「ええっ、それって児童虐待とかネグレクトとかそう言う系の問題ですか? 本当にそんな境遇だったら、確かに大変ですよね。
子供の命に関わって来る場合もあるし、どうしたらいいんだろうっ?」
「そう、そうなのよねぇ……とは言っても、こちらも昼間は仕事があるし。どうしたらいいかしら、個人で出来る事なんてたかが知れてるし。
親が協力的じゃない上に、生徒も未成年だし出来る事は限られて来るのよね」
「ニートや不登校問題は、現在私たちで解決方法を色々と探ってるんですけど。先生も参加出来たら良いけど、仕事持ってるし無理ですよねぇ」
確かに大勢の生徒を抱える身で、先生の仕事は毎日とっても忙しい。だからと言って、クラスの不登校児を見放して良いって事にはならない。
三宅先生はそう考えたのか、2人の元生徒に活動曜日と詳しい内容を尋ねて来た。朋子は躊躇いながらも、充希の打ち立てた壮大なニート救済計画と活動内容を、一部だけだが披露する事に。
赤の他人に話すのは不味いかもだが、元担任の三宅先生ならガンちゃんもオッケーを出すだろう。そんなフワッとした思いで、昨日の集会風景を思い出しながら語り始める。
そして飛び出た“感謝”や“情熱”と言うキーワードに、三宅先生はなるほどと頷く素振り。ただし、“強引に”とか“所属先を”とかの痛烈なワードには、軽く眉を顰める仕草。
確かに切り取って耳にすれば、強引に勧誘する怪しい集団に思えるかも。そう悟った知佳は、『ニー党連合』は決して怪しい集まりじゃ無いですよと必死のフォロー。
そんな知佳も、実はついこの間に初参加を決め込んだばかりである。会合の詳しい議事録なども、朋子から聞き及んで何となく理解している程度に過ぎない。
とは言え、朋子の決してそんな怪しくないし、強引に人を集めるつもりは全く無いとの弁明の言葉に。知佳も同意しつつも、正しい行いは強引にでも拡げるべきじゃと別の角度で意見を述べてみる。
それを軽く窘める三宅先生、それでは勝利者こそが正義だと論じるのと変わらないと。正しい行いに人は付いて来るから、若い内こそ焦りは禁物だとお説教モード。
言い換えれば、歳を取れば綺麗事ばかり言ってられないと気付くのだが。それを先生の口から語ってしまうと、色々と台無しには違いない。
素直な知佳も、分かりましたとそこは素直に従う素振り。そして正しい行いでニート問題を解決しますと、何故か鼻息も荒く宣言する。
それはそうと、週末の『ニー党連合』の初野外活動には三宅先生も感心した模様。つまりは“感謝”を得るために、農業を頑張って糧を得る行為は素晴らしいと。
良い活動ねと褒めるけど、知佳が困ったように朋子の祖父母の田舎に行く手段が無いのだと告白。家族に送迎して貰うには、最低2台の車が必要なのだと問題点を口にする。
1台は朋子の家族に頼むとして、もう1台が問題である。直哉の母親が、一応お父さんに頼んでみようかしらと提案してくれて、今はその返答待ちの現状なのだ。
土日も出掛ける用事の多い直哉の父親が、果たして快く了承してくれるかは不明である。他の皆も、一応両親に訊いてみる事にはなっているけど。
その辺は、トンと先行きは不透明となっている。
そんな事情を聞いた三宅先生は、何か閃いたようにポンと軽く手を叩いた。土日なら自分も休日だし、手助けは出来るかも知れないと。
何より真面目に社会問題に取り組んでいる元生徒達の、苦境を放っておく事など出来やしない。そしてすぐ近くに停めてある、白バンを指差してご満悦な表情。
「えっ、その白バンは先生の車だったんですか? 前は可愛い形をした、軽自動車に乗っていたと思ってたけど」
「以前はそうだったけどね……生徒がスポーツ大会とかに出た時用に、たくさん人が乗れる車が必要になっちゃって。
そんな訳で買い替えたの、このバンならみんな1度で目的地に着けるでしょ?」
確かにそれは、願っても無い申し出である。知佳は素直に喜んでいるが、朋子は少し複雑な表情。担任を持つ先生は超多忙だし、ガンちゃんが何て言うかなぁってのが問題。
それでも、週末ごとに先生と会って話せるのはとんでもないご褒美である。この活動で、三宅先生のクラスの不登校問題が解決すれば尚の事最良の結果である。
そんな訳で、最終的には朋子も先生の参加には喜んで賛成の構え。ついでに先生のクラスの問題も解決しましょうと、意気込んでの決意表明。
さすがに三宅先生の方は、そこまで楽観的にはなれないみたい。それでも今後は一緒に不登校問題に取り組んで、精一杯頑張らせて貰うねと言ってくれた。
その言葉に、真面目な頷き顔で返す朋子と知佳。
「みんなで頑張って、まずは直哉君の問題解決から取り組みましょう、先生! そこから良い案を導き出して、社会全体の風通しを良くしなきゃ。
先生のクラスの子の問題も、きっと良い方法が見付かりますよ!」
「そうね、そんな意気込みで頑張らなきゃ駄目だよね! うんっ、佐原さんに日下部さんっ、これから宜しくお願いねっ!」
――そんな訳で、『ニー党連合』に新たな仲間(顧問?)が加わる事に。