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習志野基哉と言う人物



「岩尾っち、放課後どっか寄って行かない……? 昨日も真っ直ぐ帰ったし、今日は遊びに付き合ってくれよ。せっかく違う中学出身の友達が出来たんだし、交友を深めるためにもゲーセンとかカラオケ行こうぜ!

 おっと、こっちから誘ったからって、おごれるほど俺は金持って無いからなっ!」

「井ノ原か……生憎だが、今日も少々先約があってな。窮地に追いやられた小学校時代の、友達を1人助ける任務を負っているんだ。

 そんな訳で、悪いが他の奴を誘ってくれ」

「え~っ、他って……新しいダチの中で、一番面白そうなのが岩尾っちだからなぁ。ところでその先約って、俺が混じっても差し支えない類いな感じ?

 そんなら、付いて行くのもアリなんじゃね?」


 井ノ原(いのはら)和也かずやは学区の違う隣町からこの高校に通う、充希とは今年の4月からの友達である。性格は割とお調子者だが、雑学など話題は豊富な印象だ。

 例えば昨日のテレビ番組の内容ばかり喋る、他の友達よりは実があると言うか。その点において、充希も気に入っている友達ではある。


 とは言え、お気楽な性格の井ノ原を、ニート予備群の直哉と対面させて果たして良いモノか。まぁ別に、直哉に対してれ物に触るような取り扱いをするのもどうかとも思う。

 むしろ、何らかの化学反応が生まれる可能性も無きにしもあらず。これも何かの縁ではあるし、それなら知恵を出してくれと充希は手短にこれからの予定を話す。


 それを耳にした和也の反応は、おおっと驚いたような感心したような表情だった。それから友達思いだねと、自分で力になれるなら手を貸すよと言って来る。

 半分は面白がっている気がしなくもないが、枯れ木も山の賑わいと言うし。それなら対策委員の頭数に入れてやると、何故か偉そうな態度の充希である。


 それから直哉なおやの経緯をこっそりと和也に伝えつつ、待ち合わせ場所へと歩き出す2人。今日も放課後が終わり次第、基哉もとなりと駅での待ち合わせを約束している。

 ラインで時間の遣り取りもしているので、変にすれ違う事もない。それは安心なのだが、不意に増えたタンコブ人員をどう紹介しようかと充希は頭を悩ませる。


 まさかバカ正直に、枯れ木も山の賑わいだと告白する訳にも行かない。せめてこの陽気な友達が、役に立つ存在だと思って貰わないと。

 悩んだ結果、充希は知り合いにニートがいないか和也に訊いてみる。


「あぁ、そりゃいるよ……知り合いってか、近所に住む親戚なんだけど。もう5年くらい引き籠ってて、親御さんも半分諦めてる感じ?

 いや、でも性格に関しては至って温厚なんだけどね。ブラック企業に勤めてたストレスで、神経遣られてそれを未だに引きってる感じかなぁ?

 本当に、ストレスって怖いよねぇ!」

「それは壮絶だな、いやあるいはテンプレなのかな。ふむっ、差し支えなければ来週あたり、その親戚のオッちゃんを呼び出すか自宅にうかがえるか出来ないか?

 やはりここは、実地の声ってのも聴いておきたいしな。直哉も先人の声を耳にするのは、何か感じるモノがあるかも知れない。

 1人の少年の未来を救う為だとか言って、ちょっと頼んでみてくれ」

「えっ、そんな大事おおごとにして頼む感じなのっ? それは責任重大だね……シノさん、引き受けてくれるかなぁ?」


 それを頑張るのがお前の仕事だと発破を掛けられ、まぁ頼むだけ頼んでみるよとお気楽な返事の和也。そんな話をしている間に、2人は数分後には地元の最寄り駅へと辿り着いた。

 そして先に着いて待っていた基哉もとなりと合流、それから初対面の基哉と和也の挨拶の時間が少々。充希は和也をニートの専門家だと説明して、基哉を面食らわせた。


 和也も適当に自己紹介をこなし、3人に増えた団体は住宅街へ向けて歩き出す。そして昨日もお邪魔した、浦浜と表札の出ているお宅の玄関チャイムを鳴らす。

 しばらく待っていると、昨日と同じく母親が一行を出迎えてくれた。どうやら母親は専業主婦らしく、息子の友達を温かい笑顔で招き入れてくれる。


 充希みつきは何の遠慮も無く、挨拶をこなして靴を脱ぐとさっさと2階へと上がって行く。第2ラウンドの開始だと、その勢いはこの難問を解く気満々なのは頼もしい限り。

 そんな解答者に、基哉は粛々と追従するのだった。




「お母さんも、今日は同席して貰って大丈夫ですよ。スポンサーの意見も訊いて、それから今後の直哉君の対策を立てましょう。

 復学か転校か、それとも就職かニート道を究めるか……まぁ、ニート道に関しては冗談ですが」

「そうねぇ、ウチの主人は稼ぎはそこそこいいけど……5年も10年も無職の子を養うのは、きっといい顔をしないと思うの。

 出来れば復学か、もしくはちゃんと高校は出て欲しいのだけど」

「高校を卒業しなくても、それなりの学力があれば高卒認定試験を受ける手もありますね。引き籠っていても、今はオンライン授業なんてのもあるし学力をつける手段は豊富です。

 問題は、本人のやる気に尽きるのですが……」


 それが無ければ、こちらが幾ら策をろうしてもせん無いだけだ。そして肝心の直哉だが、完全に高校生活の1ヶ月で心が折れている状態の模様。

 そんな彼の尻を叩いて、再びヤル気を取り戻させるのは割と大変な作業かも。それをある程度見越して、基哉は不思議なパワーを持つ充希を巻き込んでみたのだ。


 ところがである……何だかその当人が迷走していると言うか、妙な方向に張り切っているのがかなり気掛かりな基哉だったり。モチベが高いのは良い事だが、そのパワーを直哉へと分け与えて欲しいと切に願う。

 そんな基哉の願いもむなしく、昨日と同じく直哉の部屋へと入り込んだ一行なのだが。充希の連れて来た他称ニート専門家が、勝手にくつろぎ始めてしまっていた。


 具体的には、部屋の本棚から適当に漫画を抜き取ってベッドに腰掛け読み始める始末。何とも身勝手が過ぎるが、和也は愛読書の趣味が良いねと直哉とさっそく打ち解けている。

 漫画の話に過ぎないのに、褒められた直哉も嬉しそう。互いの距離を縮めるのは、確かに共通の趣味の話は手っ取り早くてうまいなと基哉も思う次第。


 それにしても、直哉の母親もいるのに見知らぬ他人の部屋で何とも自由ではある。充希もそんな友人を無視して、さあ話し合おうと気概きがいだけは高い。

 しかしまぁ、親の事をスポンサーと言い切る充希の視点には恐れ入った。確かに学費や生活費の面倒をみるのは、親の財力に他ならないし間違いではない。


 だからこの場に同席も当然との認識に、直哉も面食らいつつも同意をせざるを得ず。そんな充希の司会の進行の下、2日目の会議はスタートを切った。

 ここを漫画喫茶か何かと勘違いしている井ノ原も、充希のスポンサーと言う言葉に反応を示し。過去に読んだ漫画に、そんなシーンがあったなと突然の横入り発言。

 それを面白がって、発言の許可を出す議長の充希である。


「いや、『ベイビーステップ』ってタイトルの、アニメ化もされたテニス漫画なんだけどね? 自分がプロのテニスプレーヤー道へと進むのに、両親の承諾を得ようとするシーンがあってさ。

 両親もテニスのプロってのが、ちゃんと食べて行けるかなんて分からないじゃん。それで自分で企画書を作って、両親に向けてプレゼンするのよ。

 企業のスポンサーとスポーツ選手の関係性とか、そんな感じの説明とかをね」

「なるほど、それは随分と誠実だな……俺たち学生は両親に学費や小遣いを出して貰えてるから、日々安穏と学生生活を送れてるんだよな。

 それを言うなら、ニートも全く同じって考えが出来るかな。親の稼ぎに頼って、いつまでも脛をかじっているに過ぎない連中って訳だ。

 稼げていない内は、人間っていつまでも半人前だよな」


 痛烈な充希の言葉に、何となくシュンとなってしまうその場の雰囲気。その元凶の部屋のあるじは、当然何も反論出来ずにうつむいたままである。

 発言をした和也も、自分の言葉がそんな感じに揚げ足取りされて呆然として反論も無い。その空気を和ませるためにと、基哉は自分が収集した情報を発表するぞと口にする。


 鷹揚おうように頷く充希は、井ノ原を突っついてお前も真面目に聞けと催促の構え。何しろ和也の肩書は、曲がりにもニート専門家なのだ。

 呑気にコミックなどを読んでる暇など、与えてなるものかと充希の眼付きは鋭い。


 それを横目で見ながら、基哉はネットでかき集めた情報を報告する。まぁ、そんなのを改めて確認したところで、現状の打開に役立つかは不明なのだが。

 それでも問題に対する取っ掛かりは必要だと、まずはニートの定義から説明に掛かる。直哉の母親も、幸いにも呆れ返ったりせず真面目に会議に参加してくれている。


「そうだな、まずは直哉の現状だが……『不登校』や『ニート』や『引き籠り』など、現在の世の中には似通った言葉が色々とあふれている訳だ。

 まぁぶっちゃけ、細々とした違いはあるけど似たような解釈と思って貰っていい。そもそもその言葉が出来たのも、割と最近と言って差し支えないからね」

「つまり、微妙に違いはあるんだな……まぁ、直哉のカテゴリーを区分出来るなら、ちょっと聞いておこうか、基哉もとなり


 充希にうながされて、それではと細かな説明を始める基哉。まずは『不登校』だが、実はほんの30年前に出来た言葉である。それ以前は「学校嫌い」とか、フワッとした感じの言葉が使われていたらしい。

 その定義だが、文部科学省によると年間30日以上の欠席が目安との事。その原因も様々で、学校生活や家庭環境、はたまた本人の問題に起因と分類も細かい。


 困った事に、子供の数は年々減って来ているのに、不登校児は逆に増えているそうだ。小中学生でも、34万人以上の不登校者がいるとの最新情報も。

 高校生の不登校者の人数も、して知るべしって感じ。と言うか、たった3学年しかないのに6万人以上もいるとは、合計で9学年の小中学校より多少マシなだけの気も。


 義務教育では無い高校生には、「フリースクール」などの支援も存在しない。いや、最近はあるみたいだが、そこに通うだけでは高卒資格を得られないみたいだ。

 従って大学受験も目指せず、それなら通信制高校の方が良い場合もある。つまりは、不登校でもそれより上の進学を希望するなら、やはりある程度の学力は必要なのだ。


 要するに、転校が駄目なら通信制高校って手も一応は選択肢としてある模様。ただしガッツリ学力をつけるには、自宅学習だけでは心許ないのも確か。

 そう言う意味では、高校卒業まで頑張るにもそれ以上を狙うにも、独力で努力するには3年は長い道のりである。仮に復学出来るなら、留年が決まる前に戻った方が当然良い。





 ――要するに、講じる手段は色々あるが本人のヤル気が一番の課題か。








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