佐原朋子と言う人物③
「後は動画の撮影関連か……誰か家にハンディカムあれば、それを借りて撮影する感じか? それとも、スマホの撮影機能でも充分なのかな?」
「画質に拘らなければ、スマホで良いと思うけどねぇ。取り敢えずは、みんなで交代で撮影しながら素材を集めて行く感じかな?
その後で、最初位はみんなで編集すればいいよね?」
そう言うモノなのかと、こちらも良く分かっていない充希は首を傾げて思案顔。スマホで動画など撮った事が無いので、何ともコメントしようも無い感じ。
それじゃあ試しに撮って見ろと、何故か充希からご指名の入る直哉であった。それを聞いて、女性陣2人は途端に髪型や服のしわを気にする素振り。
そんな女性陣からも無言の圧力を感じ、仕方なく自分のスマホで動画を撮り始める直哉であった。充希はその間も司会進行を務め、農業用の道具は各自で揃えるのかと問うて来る。
朋子は少し考えて、家にある物はそれを持参して、無い物は休日にホームセンターで一緒に買おうと提案する。作業着はジャージで良いし、それ以外はそんなに高くは無い。
金銭的な負担は、そんなには無いだろうと朋子は皆に告げる。そもそも学生ばかりの集まりに、自費で負担を強いるのは宜しくは無い。
長く続けて行くためには、その辺の管理もチームとしてすべきなのも事実である。その辺の事を考える基哉は、SNSの収益化にやはり大きく期待してるのも確か。
もちろんそんな簡単には行くとは思って無いが、誰だって最初は素人である。美人処もチームにいるし、仲の良い活動を観たいって客層だって多い筈だ。
その辺を売りにして、活動を広めて行くのは大いにアリとは思う。
「あっ、でも最低限、長靴は買った方が良いかも……運動靴だと泥まみれになるし、毒蛇対策に農家の人はみんな長靴で畑作業するからね」
「えっ、本当に毒蛇とか出るの……っ!?」
「今はほぼいないかな、でも念の為の備えは大事だからね。そんな訳で、手袋と長靴と作業着と帽子がいるから、持って無い人はお金の用意をお願いね。
多分、作業着を除けば数千円で済むと思う」
了解と応じる充希は、動画を撮っている直哉に向けて勇ましくサムズアップ。『ニー党連合』がいよいよ週末から始動するぞと、スマホに向けて説明口調。
その隣では、新人の知佳もノリノリで撮影されるのを楽しんでいる。良く分からないが、その場の雰囲気を明るくするパワーを持っている少女である。
それから会合は、週末の予定に加えて木曜日にも集まりをするよと周知がなされた。その内容だが、ひょっとしたら和也の伝手で別のニートのお宅に訪れるかもとの充希の告知であった。
あんまり期待しないでねと、和也は変に持ち上げられるのを警戒している様子。とは言え貢献する気は充分なようで、もし決まったらすぐ知らせるよと言って来た。
それから、場はそろそろお開きかなと言う雰囲気に。今回は、1時間程度のミーティングではあったが、なかなか濃い内容だった気もする。ってか、そのタイミングで直哉の母親がお茶を持って来てくれた。
それに対して各自お礼を言いながら、それじゃあこれを頂いてから解散しようかって話の流れに。基哉は最後に、充希に良い感じに締めてくれとお茶を飲みながら言葉を促す。
それに応じる充希は、前回からの纏めを指折り数える仕草。
「前回は幾つ、導き出した指針を発表したかな、モッチー? ハッキリ言って、割とその場の雰囲気で適当に言ってるからあまり覚えてないんだが。
今後もひょっとしたら、増えたり減ったりするかも知れない」
「まぁ、それは試行錯誤をしながらだから仕方がないよ……前回は確か、3つの行動指針が確立したんじゃなかったかな?
今日の会合で、何か追加の閃きはあったのかい、ガンちゃん?」
「ああっ、ガンちゃんが議長みたいな事になってるんだ。面白いね、4年6組の頃には、モッチーと朋ちゃんが学級委員長やってたのにね?
まぁ、2人とも頭は良かったけど、破天荒では無かったもんね」
それは俺が破天荒って意味かと、幾分傷付いた様子の充希の返答である。この件に充希を確信犯で巻き込んだ基哉も、それに敢えて否定はせず。何しろ、杓子定規な処方箋では、この難問に解は出ないと思ったのも事実なので。
つまりは劇薬も、使用方法次第では事態の解決に有効となり得るのだ。もちろん使用量を間違えば、患者の健康が更に酷くなる事態も織り込み済み。
直哉の状態も分からない内に誘ったのも、基哉が進学校でリタイヤしていく友達を何人か見て来たからに他ならない。進学校内の競争も当然に熾烈で、疲弊して脱落して行く者は一定数存在するのだ。
それをただ見ている事しか出来ない基哉は、己の無力者をただ感じるしか無かった。そんな時、友達の充希ならどうしたかなとの思いが常にあったのも事実。
知佳は充希を“破天荒”と評したが、まさにその通りだと基哉も思う。その思考パターンは規格外で、エイリアンかと思う程にこちらの考えの斜め上を行く邪道振り。
壁にぶつかったら、穴を開けて通ってしまえと言わんばかりのその思考は、基哉みたいな人間にはちょっと図り切れない。それ故に頼りにもなるし、振り回されもするのだが。
故に社会が解決策を見い出せない問題には、ある意味有効かもとの思いも。
もちろん充希は魔法使いでも権力者でも何でもない、公立校に通う一般学生である。壁にぶつかって家に引き籠った直哉を簡単に救う能力などは当然無い。
それは基哉にだって無いし、偉そうな態度の先生やもっと偉そうな政治家にも無理な話だ。それでも直哉の直面した問題は、誰にも起こり得る事でもある。
統計では、各世代の4%余りが自己否定に直面して、ニート化してしまっているのが現状なのだ。潜在的な困窮者を含めると、もっと多いのは確実だ。
それを何とかしようと思うなら、時間が掛かるのは当たり前の事。
「えっと……ノートに書いてあるのは“感謝”と“強引に差し伸べる手”と、それから“手に職を”の3つだったかな。
始まったばかりの会にしては、指針は割と定まってると思うぞ、ガンちゃん」
「ふむっ、そうだったか……何か頭の中にあったのと、微妙に違う気がするな。まぁ、今日は初参加の知佳もいるから、改めてこの『ニー党連合』の計画を纏めて行こうか」
そう言いながら、充希は自分を注視する幾つもの視線にも怯んだ様子を見せない傍若無人振り。むしろ飄然とした態度は、頼もしいと取るべきかちょっと悩ましい。
それでも、この会に新たな人材が増えた事を素直に喜びつつ。新メンバーの知佳に、互いに切磋琢磨するぞと良く分からない励ましを送っている。
話を振られた知佳も、盛りあげて行くよと朋子と共に周囲に愛想を振りまく素振り。相変わらず動画の撮影は続いており、意味不明なポーズを繰り返している。
付き合わされる朋子も、この友達の奇行には既に慣れたモノ。
「それじゃあまずは“感謝”だが、これはニートだけじゃ無く俺たち学生全般にも言える事だな。つまりは半人前を自覚して、支えて貰っている全ての事象に感謝しようって事だ」
「そうだね、ニートも同じく生活費やら何やら面倒見て貰ってる立場なら尚更だね」
「うむ、和也の言う通り……それから“強引に差し伸べる手”だが、そんなぬるま湯生活からの脱出は、多少なりとも強引さは必要って事だな。
それから3つ目に、“所属先を作る”ってのが入って無かったか、モッチー?」
入って無いなと、書記役の基哉は首を傾げながらの返答である。直哉が所属先の無い不安を口にしていたので、それなら『ニー党連合』をその受け皿にと考えていた筈なのだが。
どうやら思考だけで終わっていたようで、前回の纏めには入っていなかった模様。それじゃそれを3つ目の指針に入れてくれと、これで会の大きな目標が出来た。
最終的な目標は、『ニー党連合』に全ニートが入会する事だと充希は大風呂敷を拡げる発言。それからどうやら4つ目に、“手に職を、年をとっても教育を”が入るらしい。
要するに、何年も引き籠っているニート達を、いきなり社会の荒波へ放り込むのは乱暴過ぎるって考えのよう。それよりネット教育や何やらで、基盤を作る努力の推進が先との考えみたい。
それをフムフムと、熱心に聞き入る同級生たち。
「そして5つ目の指針は“情熱”だな、俺らの情熱の炎でニート達を巻き込むぞ!」