日下部知佳と言う人物③
「さてと、これで和也が持ち寄った漫画ネタでの議論は終了かな……それじゃあ次は、基哉の持って来たネタでも行ってみるか」
「そうか、じゃあ少々語らせて貰おうかな……実は俺も前回の会合で話にあがった、プログラム技術を80歳で習得したお婆ちゃんの話が気になってな。
ネットで色々と調べてみたけど、『Webエンジニア』系の学校は半年以上で40~50万円と割とお高い感じだったんだ。自動車の免許を取るのとかと比較したら、そうでも無いのかも知れないけど。
ちなみに無料を謳ってるサイトもあるけど、詐欺や悪徳に引っ掛かる場合もあるそうだから注意は必要らしいね」
基哉は続けて、自動車の免許を取得すれば、職種に配送業とかタクシーとかドライバー関係の選択肢が一気に増えるねと口にした。ただし、アマゾンとかネット販売の会社が普及したお陰で、今は配達業は地獄の忙しさらしい。
それからプログラミング関係も、IT土木って言葉もあるし大変さは変わらないそうな。とは言え、そう言う資格系は1つでも取っていれば、潰しが利くのは大いなるメリットには違いなさそう。
そんな感じで、基哉は気になった『Webエンジニア』の学校についてネットで調べて来たと口にする。その結果、就職率は高いけど習得に結構なお金が掛かる事が判明したとの事。
ただし、プログラミング言語を使って、様々なアプリや各種サービスを開発するのは興味を示す者も多そうだ。将来性も高いだろうし、技術がモノを言う業界にも見える。
充希が前に言ってたように、この辺の技術をニートに行き渡らせる試みを行政が行うのは面白そうではある。何しろ授業も、ほぼオンラインで出来てしまうのだ。
恐らく就職した後も、在宅勤務がオッケーな業種とも言えるだろう。その辺の事を考えると、長年の引き籠り状態からいきなり社会の荒波に放り出されるよりも、随分とマシなルートな気がする。
とは言え、これも習得を含めて本人たちのヤル気次第だろうけれど。そのヤル気を出させるのも、さっきの漫画では無いけど内に秘めた“情熱”がモノを言うのだろう。
働く事に“情熱”を注ぐのも、正直難しくはあるとは思う。それでも今のニート生活から抜け出したいと思う人達も、何割かは存在すると信じたい。
「配送業かぁ……シノさんも少しやってたらしいけど、配送業はヤンキー率高くて怖かったらしいよ、岩尾っち? ルート配送とかも突然辞められたら向こうは困るから、傍から見たら健全そうに見えても結構圧が強かったらしいし。
まぁ、タクシー運転手とかは年をとっても雇って貰えるって聞いた気がするかな?」
「そうなのか、シノさんは色んな業種を経験してたんだな。また今度、そっち系の話を聞くのも悪くないな、出来れは週末の農地開拓にも参加して欲しいんだが。
それから和也、俺の事はガンちゃんもしくは充希と呼べ……基哉の事も下の名前でな」
どうやら知佳発案のあだ名or名前呼びは、和也にも及んでいるらしい。この集まりに正式に迎えられた気がして、悪い気がしない和也ではある。
そんな和也は、確かにネット内に解決法を見い出すのは、良い案かもねと基哉の話に乗っかる構え。以前に話した『東のエデン』ネタでは無いが、大抵のニートはパソコンとネット環境位は持っているだろう。
それを最大限に活用するのは、取っ掛かりとして良い気がする。それから配達や運転業にしてもそうで、現在の人手不足は本当に凄まじい模様。
ちょっと前にも、バスの運転手不足で町の主要ラインのバスが運休したとのニュースが流れていた。こんな事が続けば、町での生活が成り立たなくなってしまう。
そう話す基哉に、広島も他人事じゃないよねと学生たちも真剣な表情。何しろ広島は、4年連続で『転出超過』がワースト1位の県なのだ。
つまりは、若い働き手がどんどん県外に流出しているのが広島県の現状である。何か手を打たないと、景気は年を追うごとに悪くなって行きそうではある。
そうなると、充希たち学生の生活にまで悪影響が及んで来る可能性が。
それはともかく、先週ニートの人に直接会いに行ったって話を、知佳は驚き顔で聞き入っていた。そのリアクションを眺めながら、不登校の問題児ならここにもいるぞと直哉を指差す充希である。
急に話を振られた直哉は、ビクッと身を竦めて居たたまれない表情に。知佳は逆に、元気出しなよと彼の肩をバンバン叩いて気にしてないよって素振り。
何と言うか、壮大な話をしているねと一部流れについて行けないのを隠そうともしていない。朋子が何とかフォローしているが、知佳の理解が深まるのかは少し疑問かも。
とにかく今の基哉の話も、なかなか良い情報源となったと充希はご満悦。活用次第で情報源にも収入源にもなるネットの活用は、今後も積極的にやって行くべきだろう。
そんな感じで纏めに入る充希に、それは良いねと朋子や知佳は盛り上がっている。女子2人は、動画のアップを頑張るよと何ともアクティブ。
その元気と行動力を、直哉に分けて貰いたいと充希や基哉などは思っていたり。人生って儘ならないなと、難しい拗れの現状に2人は視線を合わせながらも。それを紐解く方法を、模索している段階だ。
などと思っていると、今度は私の番かなと朋子が元気に挙手して発言を求めて来た。この会合も回を重ねて、流れと言うのが自然に出来て来た感じ。
それに対して、待ってましたと知佳の合いの手が響き渡る。この両者は小学校時代から仲は良かったが、その関係は全く廃れていない模様。
それを受けて、充希が指名してからの朋子が元気に喋り出した。
「それじゃあ、次は私の番って事で発言するねっ……とは言っても、今回は報告位しかネタは無いんだけど。ここに来る途中に言ってた通り、祖父母からは畑のお手伝いに田舎へ訪問するのにはオッケーを貰えたわ。
両親はあまりいい顔をしなかったけど、友達や祖父母に迷惑を掛けなければって感じかな? 車も一応出して貰えそうだけど、ファミリーカーだと全員は乗れないかも?
その辺はどうしようかしら、ガンちゃん?」
「そうだなぁ……大勢が乗れるバン型のレンタカーを借りようにも、ウチにそんな資金はまだ無いしな。
困ったな、いっその事男連中は揃って自転車で向かうか?」
「う~ん、かなり大変そうだけど、車で20分程度の場所なら可能ではあるかもな。スマホのマップ見ながらでも、1時間以内で着くだろう。
ただまぁ、その後に労働が控えてると思うと大変かも?」
充希と基哉の提案に、マジかと驚愕の表情の和也と直哉である。話を聞いただけでゲンナリした顔付きは、何とも正直と言うか運動を毛嫌いしてるみたい。
それは気の毒だから、父親に何か良い案が無いか訊いてみると請け負う朋子。知佳も同じく、ウチの両親も土日は暇だから相談してみるとの事。
それを聞いて、明らかに安堵の表情へと変わる和也と直哉である。朋子は農作業用に揃える服や小道具があるんだけどと、各自で揃える品を羅列して行く。
つまりは作業着とか軍手とか、直射日光を避けるための帽子とか虫よけスプレーとか。虫はこの時期はまだ大丈夫だが、帽子は被って作業した方が良いらしい。
直射日光をモロに浴びる畑での作業は、この夏前の季節でも脱水症などには気を配るべし。給水アイテムなどに関しては、朋子の方で用意するとの事。
その辺の準備について話し合う一行だが、心情はそれぞれくっきり分かれていた。具体的には、週末の行事を楽しみにしている者と不安でしかない者だろうか。
それでも、出来たばかりの『ニー党連合』にとっては大事な行事には違いない。
――そんな訳で、是非とも成功させるぞと意気込む充希であった。




