日下部知佳と言う人物②
「確かに話し合いばかりじゃ、活動としても地味だし途中で飽きて来るかもな。内容は何でもいいから、練習用に動画をアップするのもアリかな、モッチー?
取り敢えず『ニー党連合』の紹介動画か、それとも農業系女子みたいな感じがいいかな。まぁ、別に練習なんだから内容は何でも良いけど。
将来は収益化して、活動費を自分達で賄うのもアリだな」
「農業系だと、週末に耕作放棄地を開拓する活動をしますとか、前もって宣伝する感じか? それは良いかもだけど、直哉をどっかに絡めないと意味がない気もするな。
う~ん、直哉には撮影役をやって貰おうか……主演は断然、女子2人組が映えるよな」
「いいねっ、知佳ちゃんも農地開拓やってくれるんでしょ? ウチの両親は渋ってたけど、爺ちゃんと婆ちゃんは友達連れて遊びに来るのは大歓迎だって言ってくれてたよ?」
朋子の両親の言い分は、そんなハードワークに高校生の友達を巻き込むのは如何なモノかって事らしい。田舎の祖父母に関しては、農業したいなら幾らでも教えてくれると割と乗り気だそう。
それは一歩前進だなと、充希は至って満足気な表情。閑静な住宅地の道路を歩きながら、ゴールデンウイーク前に企画したかったなと嘆いている。
確かに連休が使えていたら、開拓作業も捗ったであろう。今は5月も中旬で、夏野菜を植える時期にはやや遅れている感じだろうか。
そうは言っても致命的ではなく、急げば何とかって感じらしい。朋子の爺様的には、田舎は山の中なので麓の農地より遅くても割と平気らしい。
ただまぁ、それも荒れた畑を蘇らせる大仕事を行なう事が前提だけど。それに乗り気なのは、このメンツの中では充希だけってのがややアンバランスかも。
その辺は、やっぱりメンバーを増やすべきかなと基哉は考えを巡らせる。力仕事が苦にならず、働き者の友達が見付かれば良いのだが。
いなければ、最悪この前知り合ったシノさんでも良い気が。
「えっと、それじゃあ……農地開拓も頑張るし、その活動動画も同時に撮影するって事、ガンちゃん? それが直哉君が、ニートから脱出する手助けになるって認識なんだね?」
「まぁ、乱暴に言えばそうだな……家に引き籠って悶々としてるより、強引にでも外に連れ出すのがまずは第一歩って感じかな?
動画投稿は、『ニー党連合』を世に知らしめる役割もあるし、金を稼げばニートの枠から外れるって意味合いもある。それが活動資金になれば、取り敢えず最初の成功と言っていいかもな。
その辺の計算は抜かりはないぞ、知佳」
「なるほど、それじゃあ当面は2つの計画を進めて行く感じかぁ……何か会合ばっかりだなって思ってたけど、実は計画は随分と進んでたんだねっ!」
呑気な物言いの和也だが、充希は計画に抜かりは無いと重ねて不敵な口調。最初に質問した知佳も、やる事が分かって幾分か晴れやかな表情に。
それから、それじゃあ今からする事は何なのと改めて疑問が湧いた様子。それは参加して見れば分かると、基哉もちょっと楽し気に答えを返す。
意外にみんな議論を熱く交わすから面白いよと、朋子も友達に積極的な参加を促す構え。確かに意見やアイデアは多い方が良いが、知佳はそれには消極的。
まぁ、知佳のタイプとしては、頭を使うよりも体を使う労働の方が得意には違いない。そっち方面なら任せておいてと、頑張るアピールを一行に向けて来る。
何にしろ、新たな仲間はヤル気に関しては充分な様子。そう言う者がチームに1人でもいれば、皆の動きも釣られて活発になって行くので有り難い。
とは言え、今日の予定は部屋に籠っての定例会である。元気があり過ぎるのも考え物、そんな一行は何事もなく直哉の家へと辿り着いた。
今回は、新しく知佳が入っての初の集会である。
そして案の定、直哉の部屋に収まった集団はギチギチで身動きするのも大変な感じ。これは早急に、新たなスペースを確保しないと議論も儘ならない。
そんな事を話し合いながら、取り敢えず今回は我慢しようと言う事に。そして今日も前回と同じく、それぞれ持ち寄ったネタを披露して行くぞと充希の掛け声が放たれた。
それを皆で議論して、『ニー党連合』の新たな指針の手掛かりとするのだ。そうすれば、新たな活動の方針や今後手掛けるべき事がきっと見えて来る筈。
それがこの部屋の主の、直哉の社会復帰への切っ掛けになるかも知れない。そんな割と曖昧な理論で、始まる何度目かの会合である。
今回も、充希の指名によってトップバッターは和也の役割となった。それに何の疑問も抱かず、それでは僭越ながらと語り始める和也であった。
そのネタだが、今回も漫画から持って来たらしい。
「それじゃあ、毎度ながら漫画のネタで語らせて貰おうかな。今回のタイトルは『海が走るエンドロール』って言う、ちょっと前に話題になったコミックなんだけどさ。
ほら……前の会合で、80代のお婆ちゃんがプログラム技術で話題になったって話してたじゃん。この漫画の主人公も、旦那さんを亡くした老齢のお婆ちゃんなんだけど。ある日若者と出会って、映画を撮りたいって情熱が盛り上がるんだ。
それで思い立って、映像系の大学に入っちゃうってストーリーね」
「あれっ、それって確か女性誌コミックじゃなかったっけ? 確かに色んな分野で、話題にはなってたけど。
ニートに関しては、1人も出て来なかった筈じゃない?」
「まぁでも、今からみんなで動画撮影を手掛けようって話にはなってるしな。その辺の取っ掛かりには、なる題材の話なんじゃないのか?」
それもそうなんだけどと、和也は充希のフォローに真面目顔で応じる。それよりも、この漫画の主人公のお婆ちゃんの情熱の盛り上がりに着目したそうで。
ニートと一般人の違いと言うのは、お金を稼ぐとか以前に人との出会いや遣り取りでは無いか。そこで心を動かす出来事や、感動が生じるのが大きいのではないかと。
ニートはどうしても、世間への引け目から家から出たがらない傾向にある。今はネットで色んな物を観賞出来るけど、モニターの動画では限界もある。
何より生での人との繋がりは皆無だし、孤独は性格をねじ曲がらせる要因でもある。映像に対して心を燃え上がらせる漫画の主人公と較べて、心を動かすモノがあるのかと。
そんな訴えを込めての、今回の紹介らしい。
実際は、大学に入って葛藤もするし、周囲との年齢差とか浮いてる存在で苦悩もするのだが。その辺は逆にリアルで、何と言うか読んでいて頑張れと応援したくなるそうな。
年齢や性別が全く違うのに、この共感出来る感じは何だろうねと和也は不思議そうに語り終えた。頑張る人を応援するのは、皆が共通して持つ感情なのかもとついでのように口にする。
その推論に、思い切り共感したのは今回初参加の知佳だった。プロ野球の応援だって、縁も所縁もない大勢の人が団結して行なったりするのだ。
情熱をもって行動すれば、この訳の分からない活動もきっと皆から応援して貰えるよと。熱く語る知佳は、自分も頑張るよと良く分からないアピールに余念がない。
「分かったから少し落ち着け、知佳……取り敢えずこの『ニー党連合』の活動を、皆から共感して貰ったり応援して貰えるように、今後は本気で取り組もうって事でいいんだな?
それから情熱か……確かにそれは、ニート活動とはかけ離れている言葉かもな。それを持たせる事が、ニート問題の解決の糸口になるのかもって着眼点は凄くいいかも知れないな」
「まぁ、他人に情熱を持たせるって、口で言う程簡単じゃ無い気もするけどな。考え方としては、ガンちゃんの言うように正しいのかも知れない。
例えば就職したり復学しても、ある程度の情熱が無いと続かないだろうしな」
「そうかもねぇ、難しい問題だわ……取り敢えず私たちは、情熱をもって映像の撮影を頑張ろうね、知佳ちゃん!」
そんな感じで盛り上がる女性陣はともかく、確かに活動を1つに特定するのも将来性を狭めるかなと思い直す充希。動画撮影にも真面目に取り組んだりと、色々とやってみるのも良いかも知れない。
その結果、しっかりとした映像が出来れば、活動のメインの1つに据える方向で検討すべきかも。その活動に直哉が加われば、尚良いと充希は思う。
監督でも編集でも、まぁ出演は嫌がるかも知れないが。
――とにかく、そんな感じで今週末から活動を開始して行くべし。