日下部知佳と言う人物①
週末明けて月曜日の学校は、どこか気怠そうな雰囲気に満ちていた。何と言うか生徒が全員、放課後の開放を待ち侘びている感じが漂っている。
そしてようやくの放課後の訪れに、喧騒に満ち溢れる教室内だったり。そんな中、教室の机と人混みを掻き分けて、充希へと近付いて来る人影が。
和也はご機嫌な様子で、既に帰り支度を完璧に済ませて帰ろうぜと誘って来た。それを椅子に座って眺める充希は、いつもの飄然とした態度である。
近くには友達も数人いて、近寄って来る和也にも放課後の予定を訊いて来た。つまりは部活動に参加していない連中で、この後遊びに出ようぜとの誘いみたい。
そこは2人して、予定があるからと丁重に断りを入れる。向こうはオンラインゲームの布教を行なっている集団みたいで、それに興味のある和也は少しだけ後ろ髪を引かれる思い。
最近はチームを組んでの対戦型のゲームも多くて、そんなゲーム配信の動画もネットでは良く見掛ける。充希がそれをプレーしていないのは明らかだが、相手は初心者でも全然良いみたいで勧誘も熱心だ。
そこに割り込んで来る和也に、向こうの2人は何の用事よと突っ込んで来る。その質問に対しては、適当にはぐらかす両者であった。
『ニー党連合』の活動は、決して人目を忍ぶような恥ずかしいモノでは無いにしても。やはり変に誤解されたり、茶化されたりするのも面倒ではある。
そんな訳で、学校内では念の為にと活動を内緒にしている次第。もちろん、良さそうな人材がいたらチームに引っ張り込むのも吝かでは無い。
とは言え、そんなエネルギッシュで多才な生徒など、そう簡単に見つからないのも確か。そんな感じでゲームオタクの追従を振り払い、2人は教室を後にするのだった。
そうして、恒例となった2人での駅までの帰り道はそれなりに盛り上がった。まぁ、帰り道と言うよりは他のメンバーとの合流の為の移動なのだが。
そのメンバーである基哉と朋子は、既に駅前のいつもの場所で2人を待っていた。電車での移動時間があると言うのに、どうやら授業が終わるのは向こうの方が早いみたい。
そして今日はもう1人、小柄なポニーテールの女生徒の姿が。
「おっ、日下部か……会うのは割と久し振りだな。そう言えば、今日の会合から混じってくれるって話だったな。
朋子から聞いてるぞ、高校に入ってから放課後は暇を持て余してるって。中学校で打ち込んでたソフト部が、高校では無かったんだってな」
「そうなのよ、私の学力じゃ行ける学校限られてたし。その中でソフト部がある所が無かったから、そこはまぁ別にいいやって割り切ってたんだけどさ。
高校入って何もしないのもアレだし、親しい友達と何かしようかって連絡取ってたのよ。そしたら朋ちゃんから、元4年6組の危機を防ぐ会合があるって聞き及んでさ。
そんなら私も、一肌脱ごうって気になるじゃない?」
そう言って勇ましいポーズを取る、良く日に焼けた小柄な知佳である。その制服は金輪高校のモノだなと、初対面の和也は探りを入れてみる。
金輪高校は、この辺りでは普通かやや低ランクの私立高で、スポーツでは有名だが学力はそれ程でもって感じ。第一志望の東雲一校にスベっていたら、和也もお世話になっていたかも知れない。
それはともかく、この日下部知佳と言う名の女生徒も、目鼻立ちがクッキリしていて活力の目立つ美少女だ。和也は思わず下がりそうになる目尻を抑え、自己紹介からの仲良くなる努力に余念がない。
ところが知佳は、挨拶と自己紹介を終えて歩き出す前に不満を述べ始めた。何でガンちゃんとモッチーは、私の事を名字呼びなのと食って掛かる。
つまりは、元4年6組の団結力はどこに行ったのとの抗議みたい。
「いやまぁ、そこはやっぱり年頃の娘さんを呼び捨てには出来ないだろう。昔のあだ名呼びも、今更ちょっと恥ずかしいしな。
その辺はやはり、年相応で行くべきじゃ無いか?」
「でも元4年6組の集会なんでしょ、まぁ一部違う人も混じってるみたいだけど。他人行儀な呼び方じゃ、あの頃の団結力は発揮出来ないと思うわ!
物事を円滑に進めるのは、やっぱりチームワークが大事だと思うのっ」
「ふむっ、確かにその意見にも一理あるな……じゃあ今から、全員下の名前呼びで統一しようか。もしくはあだ名呼びだな、ルールで規制すればそれほど違和感もないだろう。
井ノ原……いや、和也もそれでいいな?」
和也は笑顔でそれでオッケーと応じ、最初にゴネていた基哉も結局は折れる形に。朋子も良い案だとそれに乗っかって、この件はアッサリ決着した。
そして改めて歩き出す、男子3名と女子2名の集団。制服は割とバラバラなので、すれ違う人が見たらビックリするかも知れない。
もしくは、ニコニコ笑顔の集団に、春の陽気に当てられたかと訝しむ者もいるかも?
その道すがら、基哉が知佳に一連の流れは聞き及んでいるのかと質問を飛ばす。朋ちゃんに訊いてバッチリ分かっていると、知佳は勇ましく自分の胸を叩いての返答。
しかし残念ながら、今回の会合に持ち寄ったネタは無いとの事。用意しようとは努力したらしいけど、ニート問題など改めて考えた事が無かったそうで。
そんな訳で、考えようにも取っ掛かりが全く無い状況だったみたい。確かに何か手掛かりが無い状況で、調べ物をするとなると大変には違いない。
それは仕方ないわねと、朋子は新入りの友達を擁護の構え。それより会合ばかりじゃ飽きるから、投稿の為の動画撮影も並行して進めるべきじゃ無いかと提案して来た。
せっかく綺麗どころが2人も揃ったんだから、世間に認知させる活動もするべきだと。ティックトックとかだと、確かにそこまで時間を掛けずに撮影は出来る。
そこからの投稿も、知佳はやった事があるらしい。自分のアカウントも持っていて、再生数もそれなりには稼げているとの話は頼もし過ぎる。
まぁ、そんな大層なコンテンツではなくて、歌ったり踊ったりの流行りモノのパクリがメインらしいけど。そんな知識を持つ者が混じってくれたのは、『ニー党連合』としても頼もしい限り。
そう口にする基哉は、知佳をそっちの役職について貰う算段を脳内で考える。直哉にも当然学んで欲しいが、やはり経験者がいる方がスピード感が違う。
そもそもどんな内容を撮影するかとか、その辺がまだ全然決まって無いのだ。その辺も会合で決めて行きながら、『ニー党連合』が最終的にどんな活動をするのかをはっきりとさせて行く必要がある。
うっすらと、ニート問題を何とかするんだろうなぁって認識は皆が持ってはいるのだが。充希が言うように、将来的に全ニートを救えるとは誰一人として本気で思ってはいない。
最低限、直哉の問題が解決すればそれで良いのは間違いのない事実。その過程で、うっかり日本中の全てのニートが救済されるって事はまず有り得ないだろう。
それでもうっすらとした期待と共に、今日も活動を精一杯頑張る所存の面々である。その期待感は、間違い無く過去の成功体験から来ているのを肌で感じながら。
つまり充希なら何かしてくれるってワクワク感は、全員が共通して持っていたり。
――それがある意味、『ニー党連合』の原動力でもある訳だ。