金曜日の定例会③
「ちょっと質問なんだけど、習志野君……年金取得者や生活保護受給者は、70万人以上のニート人口に含まれるんだったっけ?
いや、確かさっき含まれないって言ってたかな」
「そうだな、さっきも言った非労働力人口の方に含まれるんじゃないかな……その数は、70万以上どころじゃなくて、確か4千万人以上いるそうだよ。
ちなみに、ニートが生活保護を受けようと思っても今は相当に大変みたいだぞ。完全に近親者が不在で、本人が何らかの境遇で働く能力が無いと証明しないと受給は難しいそうだ。
まぁ、国民の税金を使う訳だから厳しい審査は当たり前なんだけどな。ちょっと前にも、不正受給がニュースで問題になってたし」
「年金取得者も、長い間年金を支払い続けてようやく取得出来る訳でしょう? 長い年月働いて、ようやく年金を受け取れるんだからニート扱いはさすがに可哀想よ。
それより4千万人って、日本の人口の約4割じゃないの。意外と凄い数字ね、つまりは人口の6割しか労働者はいないって事なんだよねぇ」
朋子の言葉はもっともで、その場の誰も返す言葉もない有り様。正論過ぎて、逆に不安になるレベルで充希は基哉に詳しい情報を求める視線を送る。
と言うか、生活保護に関する追加情報もなるほどと為になった。さすが基哉の下調べは、数値や何やらを含めてとっても秀逸である。
充希の言わんとする事を理解した基哉は、日本の労働者不足は今後どんどん深刻になるだろうねと深刻な表情での物言い。そもそも日本の少子化問題は、今となっては洒落にならないレベルなのだそう。
何しろ今年あたり、人口減少が70万人を突破するそうで。高齢化社会と出産率低下のダブルパンチは、今更ながら物凄く深刻な話みたい。
そう言う情報を、サクッとスマホのネットで調べてくれる基哉は大したモノだ。ただまぁ、その解決方法に関しては、さすがに簡単に提示は出来ず残念な限り。
それより、どうやって救いの手を伸ばすのとの朋子の改めての問いに。充希はフムと考え込んで、軽い口調で今後の活動に取り入れようと提言した。
えっと驚く一同だが、充希の『ニー党連合』の活動の算段は彼の中では大まかに既に出来上がっていた。つまりは、どうせこのメンバーで動画配信を始める予定じゃないかと、何ともお気楽な充希の返し。
その手始めに、学生たちによる放棄農地の開拓をアップする心積もりらしい。確かに問題提起にはなるかもだが、果たして世間受けするかは甚だ疑問ではある。
とは言え、朋子の祖父母は孫とその友達の手助けには感謝してくれるに違いない。その様子を配信するのは、一石二鳥で面白い試みかも。
ところが、仲間内から反論の声が……それは口で言う程簡単ではないんじゃと、和也などは驚いた表情で疑問を呈する。隣の直哉を前面に押し出して、そもそも彼の救済はどうするのともっともな反論に聞こえてしまう。
それに対して、働くニートを売りにする算段で良いじゃんと策略を口にする充希。
「もしくは、爺婆思いの女子高生の感動話でもいいけどな……そう言う売りが無いと、動画もバズり難いんだろう、良く分からないけど。
この中で、そんな動画制作に詳しいのは誰だ?」
「う~ん、知佳ちゃんは詳しいと思う……元々、私を巻き込んでダンス動画を撮って、ティックトックデビューしようって誘われてたから。
何か流行に乗りたいらしいけど、相変わらずアクティブだよねぇ」
そんな朋子の言葉に、なるほどと納得する男衆であった。特に、日下部知佳の性格と容姿を知る充希と基哉は、朋子とのペアは確かにバズりそうと内心で思ってみたり。
確かにそっちの方が再生回数は稼げそうだが、『ニー党連合』としてはやはりニート救済の目的動画で攻めたい気も。そう口にする充希に、確かにそうだねと同意する面々。
直哉の母親も、親や祖父母の孝行をするのは素晴らしい事よと言って、お茶の支度のために去って行った。つまり母親やその上世代には、この企画は刺さる可能性が高そう。
愚図る和也に、もちろんこの活動は参加したい者だけで行なうと断言する充希。この辺の統率力は、何と言うか頼り甲斐を感じてしまう一行である。
もっとも、幼馴染たちは既に知っている充希の資質以外の何物でもない。たまに突飛な事を言い出すので、そのマイナス分でバランスを保っている感じだろうか。
それよりその祖父母の家まで、土日にどうやって向かおうかと話は進んで行く。既に企画は立案されていて、それに突き進んで行くパワーはさすが充希だ。
妙な感心をする基哉だが、確かにその点は学生集団のウィークポイントではある。社会人より自由時間はあるけど、資金や移動手段には圧倒的に乏しい。
やはり顧問的な人物か、もしくは大人の協力者は何人か欲しい所。この『ニー党連合』をあまり大きくする気はないけど、活動して行くには両方あった方が有利なのは確か。
朋子が言うには、祖父母の実家は隣町で田舎のために電車の駅も近くにないそう。家族での里帰りの時も、いつも車でしか行った事が無いそうだ。
その説明を聞いて、一層考え込む充希と基哉である。
それについては色々と考える事も多そう、ついでに言えば明日の土曜日に急に押し掛けるのも不味いかも。せっかく働き手はあるんだがなぁと、近くに座る同級生を見回して充希は残念そうに呟く。
そんな急に働き手認定された、和也などはエッと言う驚きの表情を隠せない。直哉に至っては、もう何を言っても無駄なんだろうなと言う諦念感が滲み出ている。
逆に皆に頼んだ形の朋子は、張り切って前向きなのが凄い。それより農作業をどうやって動画にしようかと、基哉も実は前向きな様子。
と言うか、動画配信の話は本決まりで良かったのだろうか?
この辺は、ひょっとして外出の機会が極端に減ってしまった、引き籠り真っただ中の直哉への配慮なのかも。こうやって強引に、外出のきっかけを作ってしまうのは悪くない作戦な気もする基哉である。
そのついでに、こんな事をやってる学生集団があるよと世間に知らしめるのは、戦略的に悪く無いかも。そんな、いつの間にか決まりかけている動画配信について、基哉は幾つか充希に質問を飛ばしてみた。
「まぁ、そうだな……丁度、動画の内容を何にしようか迷ってたから、朋子の相談は渡りに船ではあったかな。ユーチューブへのデビューは、俺らの『ニー党連合』の存在を世に広めるのに一番手っ取り早いからな。
水曜日に議題に出たヒッピー活動の始まりみたいに、何かしらのムーブメントの切っ掛けになれば大成功だ。そのためには、ある程度の認知度を確立しておかないとな。
ちなみに、他に何か動画にしたい内容的な案はあるか、みんな?」
「私は歌ったり、ショートムービーが良いかなって思ってたんだけど。月曜日にちょっとだけ、そんな話も出た時にさ。浦浜君に監督とか撮影役をして貰って、知佳ちゃんを呼ぼうと思ったのも彼女は歌とか上手だからって理由かな?
でも、お爺ちゃんの農地を復活させて貰えるなら、そっちの方が千倍嬉しいわ! 知佳ちゃんにも、手伝って貰えるか後で訊いておくね!」
「……あの、僕たちに拒否権とか無いの?」
無いらしい、直哉のその問いに鋭い眼差しで応える充希は相変わらずの暴虐な王様気質。そのブルドーザーのようなパワーで、小学校の頃も様々なミラクルを起こして来たのだ。
この企画は既に走り出していて、その中心は引き籠り中の直哉そのものみたい。和也も厄介なイベントに巻き込まれちゃったかなと、顔色は決して良くはない。
和也も拒否権無いんだと呟いて、それを聞いた充希に途中下車は出来るぞと突っ込まれている。何ならシノさんも誘うぞと、それはある意味救済の手の差し伸べだったか。
シノさんは確かに免許持ってたなぁと、和也の呟きは続行して元気が無いけど。何とかマインドを建て直した直哉は、それじゃあ動画の編集やアップ作業は自分も手伝えばいいんだねと確認言する。
その言葉に、それは当然だと鷹揚に頷く充希。役割を与えられた直哉は、何となく嬉しそうで頑張ってみるよと小声で呟いている。
この有無を言わさぬ突進力に、和也はこれが噂の元4年6組のパワーなのかと慄いている。その強引なパワーは、確かに称賛に値する気もして来た。
いやまぁ、周囲の人間は随分と大変には違いないけど。
――いつの間にか巻き込まれてる和也は、そんな自分の身を案じるばかり。




