金曜日の定例会②
今回のネタとなった漫画と言うか小説は、和也が言うには『マージナルオペレーション』と言うタイトルらしい。主人公は働いていたが、仕事場が倒産してそこからニートになったって流れみたい。
しかもオタニートと言う、アニメ関係のグッズやゲームなどに大量のお金を使うニートだとの事。それは資金力が無いと無理で、そのお金は一体どこから出て来るのやら。
まぁ、その小説の主人公は元は働いていたので、その頃の給料から出していたのだろう。そこから資金が尽きて、親に催促も限界を感じて再就職に外資系の怪しい職を選んだのだそうだ。
そこの採用試験だが、「このボタンを押すと人が〇ぬけど押せる?」って感じの怪しいモノ。それを平然と突破した主人公は、最初はゲーム感覚で戦場オペレーターの道を歩み始めて行くのだそう。
そんな和也の説明を聞いて、なかなか面白そうだねと読んでみたい雰囲気を醸し出している部屋の主の直哉である。充希はそれで、小説の中のニートの扱いはどうなんだと和也に詰め寄る素振り。
それを訊かれると、逆に困るんだけどと和也の返答はしどろもどろ。主人公がニートから脱するのは、今話したように独り暮らしで金に困っての結果であるそうな。
自発的に、趣味のオタ活の為の資金集めでって感じで、そこに葛藤やドラマの類いは無かったそう。ただし、オタ活には『戦闘系シミュレーションゲーム』も混じっていて、主人公はそこで稀有な才能を発揮していたそうだ。
つまり主人公のニート設定は、物語を底辺から盛り上げるための手法でしか無かった模様。務めていた会社が倒産したのも、恐らく底辺感を煽る演出の為だろう。
そこから、民間の軍事会社の求人応募へと繋がる流れはまるで現代の闇バイトみたい。その頃には無かった筈だが、似た手法は昔からネットの中に潜んでいたみたい。
ただし、主人公の就職先は軍事会社ってだけで比較的まとも(?)ではあった。
「ふむっ……つまり世間一般的には、ニートは職を持たない底辺的な存在だと。なのに親の金で、オタ活はしっかりしてる人種って認識されているのかな?
酷い偏見に聞こえるが、案外そんな輩も多いのかもな」
「直哉はまだ不登校から、完全にニート化には至ってないけど……このまま行けば、そんな感じで変貌を遂げるのかもな。
ちょっと興味深いが、まさかずっと観察する訳にもいかないしな」
「ちょっと、直哉の現状を弄らないって約束でしょうに! 全く、男どもは本当に仕方ないんだから……それで、物語は結局どんな感じで終わるの?
それは話してしまうと、今から小説を読む者に対して興醒めだろうと尤もな言い分の和也である。取り敢えず、主人公は少年兵達の指揮を執る事にはなる訳だ。
そんな中で主人公は、いつしか彼ら彼女らに銃を置いて貰って、傭兵稼業から足を洗う未来を願うのだ。そんな子供たちが他に金を稼ぐ手段は、売春や窃盗や薬の売人しか無い現状を憂いつつ。
いつかの子供達の楽園を夢見ながら、子供達を戦わせている矛盾に苦悩する主人公。最後は4千人の子供達の父親として、矜持を果たすみたいな感じの終焉らしい。
その辺は読んでのお楽しみと、和也もその線は譲らない構え。
「まぁ、結局はこの前話題に出したアニメの『東のエデン』みたいにさ。1人の秀でた先導者が、皆を養う形が結局は落ち着くのかもねぇ。
だから今の社会問題も、優秀な政治家かニートを先導する王様が出て来ないと解決しない気がするな」
「それってニートの境遇の人達は、自分からは何もアクションを取らないって事じゃ無いの。今言ってた小説の主人公みたいに、切っ掛けさえあれば世に出る人もいるんじゃないの?」
「あれは主人公が独り暮らしで、家族にお金を借りる微妙な距離感もあったからね。生活費全般やら小遣いを、親が出してくれたら働く意欲は湧かないんじゃないかな?
親が悪いって話じゃ無いけど、境遇で人は変るって言うし」
それはそうだなと、和也のもっともな反論に充希も同意の構え。何しろ水曜日の会合でも、ニートの“ぬるま湯”理論は実証済みなのだ。
そこから抜け出す気力を発揮するのは、自力では無理かもとの認識は強い。ぬるま湯と言うのは、それほどいつまでも浸かっていたいと思わせる引力が強いのだ。
論破された形の朋子は、多少ムッとした顔付きだが反論も弱々しい。気力はあっても、体や心が動かない場合だってあるじゃないのと再度の申し立て。
それはあるかもしれないが、今の所は『ニー党連合』で面談を申し込んだ現役ニートはたった1人である。データが足りな過ぎて、比較検証など出来ないのが正直なところ。
基哉も、ネットのデータではやはり上っ面しか判断出来ないと述べるに留まる。ただし学生の場合に限ると、直哉みたいに虐めなどが原因でニート化した実例は半数に及ぶそうだ。
そこはやっぱり、予想通りのデータなのかも知れない。
「そう言えば、岩尾っちに頼まれてた件だけど……あれから母さんに、他のニートに伝手が無いか聞いといてって頼んでたんだけどさ。
近所の人に声を掛けたら、話の好きな中年ニートを紹介してくれるって。良く分からないけど、癖は強いけど人畜無害らしいよ?」
「なんだそりゃ、まぁ……ニートのデータ収集には、嬉しい報告には違いないな。井ノ原母にはお礼を言っといてくれ、水曜のシノさんの件を含めて。
そう言えば、シノさんの続報で変なコトにはなって無いよな?」
それをお前が訊くかって表情の和也だが、充希には特に何も言われてないよと事実を述べるに留める。それは基哉も気になっていたので、変化は無いとの和也の物言いにホッと安堵の表情。
それが良かったのか、それとも悪かったのかは微妙な判断ではあるのだが。ちょっと詰め過ぎたとの思いは、充希にもあったので何事も無くて本当に良かった。
取り敢えず安心しつつ、もう少し詰めれたかもなと黒い思いを内心で思う充希である。何しろシノさんの母親には、スパイスの役割を秘かに期待されていたっポイのだ。
何の変化も無かったとの報告は、シノさんの内心で何の化学反応も起こらなかったと言う事だ。何となく負けた気分になりながら、悔しさを内心で噛みしめる充希である。
とにかく生の情報は、ネットなどからでは手に入らない貴重なモノである。それに触れる事によって、閃くアイデアもあるだろうし貴重な時間には違いない。
そんな感じで、シノさん案件でポイントを稼いだ和也は意気揚々な雰囲気。今回持ち込んだ小説の提示では、充希にイマイチな反応をされただけに、面目を保てたと和也はとっても嬉しそう。
それを横目に見て、今度は朋子が何となく息を荒げている。ライバル認定しているのか、充希と仲の良い和也が気に入らないのかは不明だけど。
今度は自分の番だと、自分の祖父母の話になるのだけどと語り出す朋子。隣の田舎町で、既に定年退職して数年前まで農業に携わっていたのだけれど。
腰を悪くして、今は所有農地の大半が放置状態なのだそう。
「あぁ、それは大変だな……腰痛はともかく、無職で働いていない者をニートと呼ぶなら、確かに大半の高齢者はそうなっちゃう可能性があるな。
基哉、その辺のラインはどうなってるんだっけ?」
「年金受給者は、確かニートでは無くて非労働力人口に含まれるんじゃなかったかな? それでも農業とかで収入を得ていたら、また違って来てたんだろうけど。
それにしても、確かに働く意欲があるのに無理な状況は可哀想だな」
「でしょでしょ、私も両親も何とかしてあげたいんだけど……ガンちゃん、何か祖父母を救う良い知恵は無いかな?」
そう振られた充希は、ふむぅと考え込む仕草。これはニート問題とは少々かけ離れているが、非労働力人口を減らすって成功体験の役に立つかも知れない。
そもそも友達が困っているのだ、それは素直に手助けしてあげたいと考えるのは道理。この会合の意義を考えると、根っこはそれに尽きるのではなかったか?
つまりは、不登校と言う壁にぶつかった友達を救うために、元4年6組の同級生が集ったのだ。そう考えると、この朋子の悩みも救うのが当然と思える不思議。
むしろ、皆で行う最初の活動としては、丁度良い難易度かも知れない。『ニー党連合』の華々しい第1歩としては、存分に頭を捻る価値はありそうだ。
と言うか、代わりの労働力としてなら、幾らでも若いパワーを捧げる事が出来てしまう。朋子の祖父母の田舎が、どこかは知らないけどどうやらそんなに離れていないみたい。
それならば、土日にちょっくらお邪魔も悪くないかも?
――それならアレだろう、“感謝”と労働の喜びの一挙両得だ。