金曜日の定例会①
水曜日の出張会合は、そんな感じで体面的には無事に終わってくれた。成功かどうかはとっても微妙で、別れ際のシノさんの顔色は割と優れなかった。
とは言え、充希に限っては随分と有意義な時間を過ごせたと嬉しそう。それを見て、紹介した立場の和也もホッとした表情を浮かべていた。基哉と朋子も、同じく有意義だったと口にしてくれてまずは良かった。
肝心の直哉にしても、先輩ニートとの触れ合いは何か心に響くモノがあった様子。家へと戻る道中、ずっと何やら真剣に考え込む素振りを見せていた。自分の将来について、やはり本気で思い悩んでいるのだろう。
それは確かにその通りで、他人事で済まされないのは学生ズの中では直哉のみである。その当人がヘラヘラしていたら、集まった他のメンバーもやってられない。
とにかく、そんな感じで水曜日の会合はひと段落ついたのだった。その後は次の曜日を決めて、持ち寄るネタを各々で探すって事で話は纏まった。
もちろん、今回のシノさんのインタビュー案件も、1つの情報として今後に生かす方針である。ただし、具体的にどう生かすかと問われると返答には困ってしまう。
何しろ得たのは、数いるニートの中の1人分の情報でしかないのだ。それが異端なのか、それとも王道パターンなのかすら分からないと来ている。
社会をはじき出されて、引き籠った理由はそれこそ人の数ほどあるのかも知れない。それともパターンはほぼ決まっていて、シノさんみたいな人が世に溢れている可能性も。
やはり今後も、ニートに渡りをつけての情報収集は必要になって来そう。
ちなみに次の集会予定日は、週末の金曜日と周知がなされた。その時には、各自でまた新しいネタを仕入れて集まろうと言う話に落ち付いた。
ヒッピーの話が思いの外盛り上がって、それを提案した朋子は鼻高々である。次もとっておきのネタを持ち寄るわよと、意気が高いのは良い事だと思いたい。ちなみに集合場所に関しては、毎度の直哉の家と決まった。
これは一応、本人の同意も得ていて辛うじて合法の元での取り決めだ。まぁ、充希からしたらニート案件を話し合うので、当の直哉が場所提供して当たり前って感覚なのかも。
とは言え、毎回の場所提供も大変には違いなく。一応は、基哉は毎回学校から授業のプリントを預かって、それを渡しに行くと言う名目は取り付けてある。
それでも常識派の朋子辺りから、毎回大勢で押し掛けるのは如何なモノかとの意見も出た。この集会も、会を重ねるにつれて参加人数も増えて行く可能性もあるのだ。
実際、朋子からはもう1人女生徒を参加させたいとの申し出が。
学校のクラブ活動なら、どこか校舎内の空いてる教室を使わせて貰えたりもするのだろう。ただこの集まりは、学校がそれぞれ違う上に顧問の当てもないと来ている。
その辺りも今後の課題なのかなと、のんびりした物言いの充希だけれど。基哉辺りは、早急に解決すべき問題だよなぁと頭をフル回転させている。
とは言え、ある程度広い場所を自由に使わせて貰える当てなど、たかが学生の身分で簡単に思いつく訳もない。ある程度のお金を出せば、例えばカラオケ店の個室とかファミレスの席など幾つか思い浮かぶのだが。
財力的に不安がつき纏うのも、週に何度も会合を開く手前あまり宜しくは無い。金の切れ目で集団が空中分解となっては、それはあまりに悲し過ぎる。
例えば朋子などは、週に1度くらいはお店の支払いを持ってもいいわよと豪気な発言。そうは言っても、個人の財布に頼る風潮はやはり避けるべき。
この発言から分かる通り、朋子の家は割とお金持ちである。お小遣いもそれなりに貰っているみたいで、正直羨ましいがその提案に乗っかるべきではない。
他の男性陣も、お小遣いはそれなりに貰っているけどその額は平均に過ぎない。その中から出す案も検討されたけど、さすがに週に2~3回となると大変だ。
やはり学生の身分だと、金銭的な面では不利である……ただ、学校内の活動で収めれば、無料で部室を借りる事が出来たかも知れない。
それが無理となると、早急に別の方法を考えるしかない訳だ。
ちなみに、元4年6組の担任だった、三宅先生に顧問になって貰おうかとの提案も基哉から出た。その案には、何故か充希が大反対して結局はお流れに。
何なら場所も提供してくれたかもなのに、『ニー党連合』の会長的にはNGだった模様。その理由だが、要するに今度会う時には立派な姿でとの男の意地の為らしかった。
基哉としても、男のプライドを理解出来るので、そんなの関係ないと言えないのが難点だ。確かに、少し困ったからと言って大人に泣きつくのは、男の矜持が許さないかも。
相手が幾ら年上で、教職を持っているとかも関係ない。男と言うのは、そう言う不器用な生き物なのだ……女性の朋子には、全く共感して貰えなかったけど。
とにかく、そんな感じで『ニー党連合』の諸々の事情は進展しないまま次の日程だけが決定の運びに。それは仕方がない、何しろ全員が学生の集まりなのだ。
資金や活動内容に、大幅な制限が掛かるのは致し方が無い。
「う~ん、三宅先生に顧問を頼むのは、我ながら名案だと思ったんだけどな。ガンちゃんが嫌がるなら仕方ない……それじゃあ済まないが、もうしばらく直哉の部屋を借りていいか?
その代わりプリントの配達と採点、こっちで責任を持って行なうから。それからユーチューブにあがっている、自宅勉強に良さげな配信もチェックしておくよ。
勉強の方、1人だからってサボるなよ、直哉」
「あっ、うん……諸々ありがとう、習志野君。会合場所の提供くらいなら、僕の方は別に構わないんだけど。
これ以上人数が増えると、ウチの部屋じゃ手狭かも」
「確かにそうだな、朋子がまた1人連れて来るとして……4年6組で部活動してない奴が、追加でふらっと入会を希望して来るかも知れないもんな。
或いは別のニートが、連合入りを希望する可能性もあるかも」
どこまで本気か分からないけど、充希の言葉はありそうで怖い。今の時点で、直哉の部屋での定期集会は割とぎゅうぎゅう詰めの有り様である。
たまに直哉の母親が参加すると、本気で狭く感じてしまう。メンバーが増える前に、何とか集会場所を確保したいのは割と切実な願いかも。
その辺も踏まえて、発進したばかりの『ニー党連合』の先行きは決して安泰ではないのは確か。それでもボチボチ、新たな参加者など明るい情報も窺えて来ていた。
直哉の不登校問題は、依然として解消はされていないとは言え。そこは本人次第なのだし、無理強いで事態を解決するのが集会の目的では決してない。
この集まりは、世の中のニート問題を解決すべく動いているのだ。
そんな訳で、いつものメンバーが終結した金曜日の定例会である。場所はいつもの直哉の部屋で、当然の様に直哉の母親も嬉しそうに家へと招き入れてくれた。
それから各々が、行儀良くお決まりとなった場所に腰掛けて行く。やはり手狭だが、そこは文句など言っていられない。そんな中、それじゃ始めるぞと充希が言葉を発した。
順番は特に決めてなかったけど、まずは朋子が真っ先に発言の素振り。まずは水曜日の帰りに語っていた、もう1人の元4年6組の同級生を誘う件について。
そこは本人も乗り気で、皆に合う事を楽しみにしていたのだけれど。今日はどうしても都合が付かず、次回以降に参加は持ち越しとなってしまった。
誰の事だと基哉が名前を訊ねると、知佳ちゃんだと朋子の返答。それを聞いて、進行役の充希も納得の顔付きに。
どうやら朋子と仲の良かった、女生徒に当たりをつけていたらしい。
「何だ、日下部だったか……アイツも、高校に入って部活動とかしてないのか。活発な印象があったんだけどな、中学でもソフト部とか入って無かったか?」
「そうね、行ける高校にソフト部が無かったから、部活動自体を諦めちゃったみたい。だから私と一緒に、何か活動を始めようよって誘われてたのよね。
それでこの会合の事を話したら、自分も参加したいって」
「仲間になりそうな奴ならいいけど、皆あんまり他に集会内容を漏らさないようにな。直哉にとってはセンシティブな問題だし、集会自体が変な目で見られる可能性もあるからな。
学生は黙って勉強だけしてろって、未だに古い考えの輩もいるんだから」
確かにそうだねと、口チャックのポーズで了解を示す和也である。それより何より、新たに同い年の女子が増えると言う知らせに嬉しそう。
分かり易い奴だなと、充希は呆れた視線を級友に投げ掛けつつ。それじゃあ井ノ原から新たに仕入れたネタを発表しろと、恒例のワンマン司会振りを発揮する。
待ってましたと、和也は毎度の漫画ネタでアレなんだけどと前置きして。『マージナル・オペレーション』と言う、割と長編シリーズの小説があってねと披露する。
コミックにもなったし、割とその筋では有名なこのタイトル。その筋と言うのは、この小説はミリタリー系の物語で、主人公はオタクニートから軍事オペレーターに転身を遂げるのだ。
その赴任先で、少年兵の部隊と出会ってから物語は急変して行く。その部隊の面倒を見ながら、主人公は務めていた民間軍事会社を脱退する流れに。
それから“子供使い”の悪名と共に、主人公は数千人の少年兵の指揮を執るようになって行くのだ。これはお勧めだよと、和也は充希に貸す気満々で鞄から小説の束を取り出す。
とは言え、先に釣れたのは充希よりも直哉の方だったけど。
――それにしても、オタニートから軍事オペレーターとは派手な転身である。