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篠原忍(シノさん)と言う人物③



「お待たせっ、ちょっと場所をあけてくれるかなっ? この中にシュークリームとか、甘味が苦手な人はいないよねっ。

 駅前のお店の奴だって、有り難く頂こうっ!」

「おっ、ありがとう……帰りにちゃんと母君にお礼を言わなきゃな。それじゃあ少しの時間、休憩にしようか、充希?」


 鷹揚おうように頷く充希みつきだが、その場の雰囲気は何と言うか重く沈んだ感じのまま。特に部屋の主のシノさんの表情と来たら、ムッとした髭面は確実に何かあったと知らしめている。

 それに敏感に気付いた和也が、充希に何か言ったでしょと詰め寄るも。有意義な問答を繰り広げただけだと、直哉なおやに同意を求めてはぐらかす素振り。


 そう振られた直哉も、そうだねと同意するしか無い。隣に座る基哉もとなりも、皆で政治談話に花を咲かせていたぞと、回って来たシュークリームとコーヒーカップを手に無実を主張する物言いである。

 当の充希はれっとした表情で、頂きますとティータイムに突入している。


 基哉も休憩時間と言いながら、確かに有意義な問答ではあったなと一連の遣り取りを席を外した2人に報告する。つまりは、充希の発した“感謝”と“差し伸べる手”の2つのワードに、相当な手応えを感じていると。

 そこまで厚かましくなれない直哉は、背中に嫌な汗を掻いてひたすら気配を殺す仕草。お陰で美味しそうなシュークリームも、ほとんど味を感じない有り様である。


「そんな訳で、踏ん切りの付かない“ぬるま湯生活”を、ニートからいかに上手に手放させるかって事が解決の糸口かな。これが独り暮らしで、親からの支援が無かったら嫌でも働きに出なけりゃならないだろう。

 ニートを取り巻く環境も、当然ながら大きな一因なんだよな。それが分かっただけでも、ここに来た甲斐はあったと思うぞ」

「なるほど、さっそく手ごたえを得られたみたいだな、充希。そう言う意味じゃ、この機会を作ってくれた井ノ原君とシノさんに感謝だな。

 出来たら今後も定期的に、色んなニートの人と話をする機会を作れたらいいかもな。それによって、また別の角度からの情報も手に入るだろうし」


 私が離籍中に、大事な話を進めないでよと憤慨ふんがいする朋子はともかくとして。この場は唯一の女性が加わった事で、随分と和やかにほぐれて来た気が。

 そう言う意味では、朋子の存在は『ニー党連合』の中で貢献度的には大きい。文句を甘んじて受けている基哉は、ひたすら謝りながら内心ではそんな事を思っていたり。


 そんな感じで休憩時間に、甘味とコーヒーで良い感じに和んだ一行であった。お陰でシノさんの室内も、直哉が隠密を使わずに済みそうな程度に居心地は改善されて来た。

 もっとも、口を開いているのは朋子や和也などのお喋りなメンツばかり。和也は他にニートの伝手をと無茶振りされて、そんな便利な伝手は無いよと反論している。


「そんな事より、目の前のシノさんを無視しないであげてよっ。そもそも、質問もまだたった2つか3つしかしてないでしょ。

 もっとこの場を有効活用してよ、みんなっ!」

「いや、俺はそこまでして主役にはなりたくないんだけど……」


 部屋の主にしては謙虚なシノさんの言葉に、しかし学生たちは何の反応も示さず。確かにこの話は、ニートであるシノさんを無視して進めるべきではない。

 我がまま放題で傍若無人な学生ズに、今は自陣を占領された気分のシノさんではあるけど。どうやらその面々は、まだまだ目の前の獲物を離してはくれそうもない。


 何しろシノさん、意外とお人好しな性格が透けて見えて、取っ掛かりが良い人物なのは丸分かり。例えば、真面目に学生たちの質問にも答えてくれたし、似たような境遇の直哉にシンパシーも感じてくれていた。

 従弟の和也の伝手とは言え、大半は得体の知れない学生たちである。インタビューを受けようなんて、シノさん側には何のメリットもありはしない。


 そんな連中の相手を、面倒臭がらずにしてくれただけでも有り難い。その件は素直に、シノさんと和也に済まなかったと謝罪する基哉もとなりであった。

 ただし充希に関しては、そんな感情は湧かなかったみたい。




 取り敢えずティータイムは終わって、さてどうしようかと相談する朋子や和也。このまま質問タイムを続けるのか、それともいつもの会合みたいな感じに移行するのか。

 質問があれば受け付けるけどと、どうやら先程の詰め寄りは水に流す事にしたらしいシノさんの言葉に。それならばと、朋子が綺麗な姿勢で挙手して発言を求める仕草。


 何でしょうと、幾分緊張気味の部屋の主のシノさんである。どうやら朋子の放つ現役女子高生パワーに、未だに慣れていないような印象を受ける。

 発言権利を得た朋子は、至って真面目な口調で先程の搾取されていると言うシノさんの言葉を蒸し返す。それに対して、ひょっとして個人での政治的な反抗心でのストライキを実行中なのかと問うて来た。


 つまりは、1960年時代の米国の『ヒッピー』的な意図での、世間的なムーブメントが根底にあるのかと。70万人以上の現役ニートの、根底にそんな思いがあるのならそれはしっかりと把握しておかないと。

 そう口にする朋子に、それは確かに盲点だったなと充希も膝を打って納得の表情に。てっきり後ろ向きな動機しかないと思い込んでいたが、まさかそんなアクティブな真意があったとは。


 いや、それもまだ仮定での話でしか無いし、直哉はそんな訳ないでしょと呆れた心持ち。かつての同級生たちは、こんな感じで好意的な感情の持ち主が多い気がしてちょっと心配なレベル。

 つまりは、深読みし過ぎで勝手に納得されてしまった事が過去にも何度かあったのだ。人間は皆が勤勉な訳では無いと、何度説明したか覚えてない。


 それより、聞き慣れない『ヒッピー』なる単語に、和也がそれ何と問うて来た。それを受けて、基哉もとなりと朋子が交互に説明を始めてくれた。

 ヒッピー文化は、半世紀以上も昔アメリカの若者を中心に流行った、社会を巻き込むムーブメントである。映画になったりファッションや音楽が残っていたり、その影響力は今も多少は残っている。

 彼らも就職をせず、反戦や愛や平和を唱えるニートの集団だったそう。自然を愛して定宿を持たず、随分とフリーダムな生活をしていたらしい。


 その半面で、麻薬やフリーセックスなどの、反社会的な側面も持っていたようだ。それでもベトナム戦争に対する反対運動など、自分達を人質に取るように社会から離脱する若者が多かったとの話である。

 そんなウンチクを良く知ってたなと、感心した素振りの充希のセリフに。朋子は多少自慢げに、ヒッピーファッションから興味を持ったのだと説明する。


 今はネットを調べれば、その辺の情報は簡単に調べられよと基哉もとなりも同意の構え。ただし、ヒッピーと現代のニート問題を繋げる発想は無かった。

 基哉もそこは感心して、朋子を見遣って完敗の素振り。


「ふむっ、言われてみれば古い映画とかで観た事があった気がするな。ヒッピー連中って、無職だったのは確かなのか、朋子?」

「ええ、彼らは放浪して過ごしてたから、現代のニートとはちょっと区分が違うかもだけど。主な収入源は、親からの仕送りとか麻薬の売買だったらしいわね。

 ヒッピーと言う言葉は、『ヒップ』と言う言葉から来ているそうね。昔の過激な詩人が現代社会の歪みや愛や自然や反戦を詩で叫んでいて、それらをヒップと呼んでたみたい。

 凄いわよね、誌人の言葉が若い世代を動かすなんて」

「なるほどな、今も有名なユーチューバーの発言は、それなりに世論を動かす事があるけど。そんなの無かった時代は、詩とか文庫とかの出版物が若者を動かしていたのかもな。

 ただまぁ、親からの仕送りが主な収入源って事は、ヒッピーは裕福層に限られてたのかな」


 麻薬の売買は別として、出資してくれるスポンサーがいなければ活動は成り立たない。朋子によればヒッピー集団の原則は自然回帰らしく、野外生活が基本だったらしい。

 とは言え、生きて行くにはそれなりにお金が掛かるのが節理でもある。今もその『自然回帰』文化や、ファッションに憧れる者は一定人数存在して、活動は模倣されているとの事。


 ただしそれは、ちゃんと職業や家庭を持った上での文化の真似事って感じらしい。そうなると、元のヒッピーとは全く違う活動ではあるが、それだけヒッピー文化のファッションや音楽は魅力的だったのだろう。

 朋子もそこから興味を持って、友達と一緒に色々と調べてみたそうだ。そこから意外とヒッピーもヤバい集団だったと理解して、眉をひそめたと言う経緯が。


 何しろ自由と称して、麻薬の売買に手を染めていた集団なのだ。自由にはお金が必要で、それを楽して得ようとすると犯罪に手を染めるのが手っ取り早い。

 現代も同じく、闇バイトなんてSNSを使った犯罪が蔓延はびこる始末。今も昔も、楽して無償で自由を得るなんてのは幻想に過ぎないのかも。

 ニート生活も、ひょっとしたら大事な何かを差し出し続けているのかも知れない。





 ――シノさんを見ていると、そう思わずにはいられない朋子だった。








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