篠原忍(シノさん)と言う人物②
モロに年下の学生に論破されて、シノさんはガックリと肩を落とす素振り。それは確かに正論で、全く弁論の予知がないのが本音。
いやしかし、全てのニートを救済するなんて、そんな壮大なトンデモ話を成し遂げる根拠か何かがあるのかと窺うも。どうやら何も無さそうで、詐欺師のやり口にしか見えない充希の態度である。
そして同時に、この学生集団のリーダーはこの充希と言う若者なのが判明した。てっきり、七都万高校に通う基哉かと思ってたが違うみたい。
何にしろ、この集団が直哉と言う不登校児の救済に動いているのは本当っぽい。それだけを取っても、友達想いの良い連中だなとシノさんは感じてしまう。
自信だけはある素振りの充希に、和也もやっぱり不審顔で約束が違うだろとの表情。確かにカンフル剤に期待はしたが、既にその言葉は致死量ギリギリな気がする。
そもそも、直哉を党首に抱え上げる案など、『ニー党連合』の話は本気なのか冗談なのか分からない。その辺を、切々と問うてみたい和也である。
窓際に座っている直哉も、大人を言い負かすなんてとやや引いた表情。その隣の基哉が、正論パンチはさすが充希だなと感心しているのが逆に怖い。
当の充希は、言葉が過ぎたなと己の非を認める有り様。
「なんだ、ビックリしたよ……岩尾っちってば、たまに真顔で冗談を織り交ぜるからね。さすがに『ニー党連合』の意義が全ニートの救済だからって、話が飛び過ぎだよ。
日本中のニートを纏め上げるなんて、絶対に無理じゃん」
「確かにそうかも知れないが、一考の余地はありそうな案件だな。ただまぁ、どうやって上手にニートや非労働人口を、味方に取り込むかはよく案を練らないと。
そこさえクリア出来れば、途端に政党立ち上げの現実味は帯びて来るかも」
基哉まで真面目顔で、そんな話をブッ込んで場はいつものようにカオス状態へ。それを痴れっとした顔つきで、楽しんでいる風な充希である。
その時階下から、お茶の準備が出来たわよと和也を呼ぶ声が。シノさんの母親が、有り難い事に来客を持て成す準備をしてくれていた様子。
それに応えて、お茶を運んで来るねとその場を後にする和也である。手伝うべきかしらと、この場で唯一の女性の朋子もそれに同席する構え。
周囲への気遣いが出来るのは、さすがのスペックである。
直哉など、何とか気配を押し殺すので精いっぱいの有り様だ。そんな直哉に向けて、充希がお前も何か質問しろと突然に話を振って来た。
彼の気配消しスキルは、どうやら全く効果は無かった様子。そんな訳で、おずおずと当たり障りのない質問を口にする直哉であった。
「えっ、と……それじゃあ、今後はどうする予定なのかとか? 社会復帰の意欲はあるのかとか、その辺の事を聞きたいです」
「ふむっ、どうやっても両親の方が寿命が早く尽きる確率は高いものな。親の死後の事までキッチリ考えて、ニート業を全うしているのかって質問か。
なるほど、さすが同じ境遇だけあって将来が心配になると見える」
直哉の質問に対して、充希の容赦の無い追従振り。それにウグッと、喉から変な音を立ててぐうの音も出ない様子のシノさんである。
そのセリフを聞いて、基哉はすかさず直哉をフォローする。要するに、直哉には心配して集まってくれた仲間がいるから、今後の心配は軽微で済むぞと。
その言葉が、シノさんを更に追い詰めているとは2人ともあまり考えていない模様。和也が席を外している今、容赦の無いコンビでの言葉の抜刀振りである。
直哉はそんなシノさんを気の毒に思いこそすれ、身代わりになろうとかフォローしようとは思い浮かばない。気の弱さは折り紙付きで、それは直哉なりの処世術。
半ギレしたシノさんは、自分の正当性を声高に主張する。
「君たちはそんな境遇に陥った事が無いから、そんな簡単な事と他人を批難出来るんだろうけどねっ。長年ニートに甘んじていた者が、最初の一歩を踏み出すのにどれだけの勇気が必要か!
きっと一生分からないだろうっ、この億劫な生活が一生続くかもって恐怖もね!」
「そうなのか、俺たちには一生分からないのか……それは少し寂しい気もするが、直哉はそんな感情が分かるのか?」
「えっ、うんまぁ……自分はどこにも所属していないって言う、漠然とした不安は確かにあるかな? 例えばこのまませっかく入った高校を退学したら、学生と言う身分は僕の物じゃ無くなる訳だから。
それじゃあ転校するとか、バイトしながら定時制に入学するとか他の手段を選ぶとしてもさ。一度ドロップアウトした自分が、ちゃんと新たな居場所を作り出せるかって不安はもちろんあるよ」
なるほどと頷きながら、今の直哉の告白を吟味する充希の表情は真剣そのもの。基哉も同じく、果たして新たな人生を踏み出すのに必要なのは、勇気だけなのかと思いを馳せて考え込む素振り。
もちろんそうなのだろう、環境を変化させるのには誰だって一定の勇気が必要だ。現状が居心地の良いぬるま湯状態で、なかなか抜け出せない境遇だったら尚更の事。
ただし、明らかにその先はドン詰まりなのは目に見えている。そんな列車に乗っている、多くのニート達はどうなのだろう? 途中下車すれば、壁に衝突は回避出来るのにそれをしない理由は、果たして本当に勇気の有無のみなのだろうか?
恐らく、列車から飛び降りる勇気が無いのは本当なのだろう。それはつまり、現状のぬるま湯から抜け出す気力って意味でもある訳だ。
それはある意味、現状の豊かな日本の欠点なのかも知れないと充希は考える。豊か過ぎると、依存している家族への感謝とか、生きている喜びだとかが圧倒的に足りなくなるのはある意味当然だ。
支えてくれる親や友達、命の元となる糧への感謝的なモノは、確かに現代の日々の生活で感じろと言うのは難しいかも知れない。だからそれが足りないと相手を批難するのも、やや見当違いな所業だって気もする。
或いは、列車がちゃんと減速から停車して、駅に辿り着いたら降りる者も増えるのかも? 現状は本人の意志で、飛び降りるしか手が無いのが問題なのであって。
目の前のシノさんにも、この2つの手段は有効なのかも……そう思った瞬間、充希の中に閃くモノがあった。つまりは“感謝”と、駅となり得る“差し伸べる手”だ。
それが全てのニートの手元に行き渡れば、70万人以上と言われている迷える子羊達の救済となるのではないか。まだ現状では、その“感謝”と“差し伸べる手”を行き渡らせる策は思い浮かばないけど。
取っ掛かりを得た気分で、充希は我ながらナイス案だとテンション爆上がり。後はこの方針を、突っついたり引っ繰り返したりして仕上げるのみ。
2人減ったシノさんの自室は、現在は険悪な空気に支配されて大変な有り様。振られて質問した直哉など、早く2人が帰って来ないかと身を縮こまらせている。
そんな空気を物ともしない充希は、案が浮かんだからメモを頼むと基哉に語り掛けている。それを受けて、朋子が残したメモ帳を手に取る基哉であった。
「さて、いいかな……ニート救済に必要なのは、まずは“感謝”と“差し伸べる手”じゃないかと俺は思う。これはまだ剥き出しの言葉だから、後から肉付けは必要だな。
政党的には何て言うんだったかな、モッチー……こう言うのを幾つか繋げて行けば、出口が見えて来る気がしないか?」
「なるほど、確かに闇雲に突き進むよりは随分と建設的だな、ガンちゃん。確か政治的には、マニフェストとか活動方針とか、公約って言うんだっけな。
まぁ、現状では選挙中だけやたらと取りだたされて、守らない政治家ばかりだけどな」
「あぁ、マニフェスト問題ね……前回の与党であった自民党の公約は笑えたな。新しい自民党はルールを守るって力説してて、そんじゃ今まで守ってなかったんかいって思わず突っ込んじゃったよ。
その後に過半数割れして、しかも裏金問題が発覚と散々だったね。あんなのが政治家として威張っている内は、日本は衰退の一途を辿るしかないんじゃないかな?」
どうやらシノさんは、政治に関してはある程度詳しいみたい。今年は更に波乱があるかもなと、基哉も笑いながら話に乗っかっている。
なるほど、仮にも政党を名乗るなら、本物の政治にもある程度は詳しくなっておく必要もあるのかも。今度みんなで、勉強会を行なったりするのも良いかも。
そんな事を考えながら、何故か場は現行の政治の話にシフトしていた。語り手はもっぱらシノさんと基哉で、さすが基哉はどの分野も幅広く知識を貯め込んでいる。
そんな友達を頼もしく思いながら、この後の進行を考える充希である。この会合を有意義に終わらせるためには、果たしてどんな展開が望ましいだろうか。
――そのタイミングで、お盆を持った和也と朋子が戻って来た。




