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水曜日の馴れ初め①



「へえっ、そりゃあ何とも研究熱心だねぇ、岩尾っち……それでどうだった、『東のエデン』全話を一気に観た感想は?

 作中のニートの扱い、俺の言うようにかなり雑だったでしょ?」

「確かにニートは皆が皆、ネット民でスキルが高いって決めつけは無理があったな。ただし、主人公はニート全員をさらってなくて、その辺は説明されてないだけかも。

 役に立つ連中だけ、ネット中毒のニートだけ攫って役立たせようとしたのかも知れない。俺もニートの生態を、全て理解している訳じゃないしな。

 その点では、今日のインタビューは貴重かもな」

「言われてみたらそうかも……でも、じゃあ逆に1日中部屋に籠って、彼らは何をしてるんだって話にもなっちゃうよな。俺も興味が湧いて来て、ネットで色々と調べてみたんだ。

 ニートにも形態によって、色んな呼び方があるんだってさ。例えば学生ニートとか社内ニートとか、ネオニートとかセレブニートとか高学歴ニートとか。

 まぁ、半分は茶化して面白がってる感じなんだろうけど」


 和也の話では、他にもプライドニートとかヲタクニート、ヒキニートにベテランニートと様々なカテゴリー分けをされているそうだ。それにあまり意味は無いが、流行はやり言葉ってそう言うモノでもある。

 中でも問題なのは、中年以上の無職状態をずっと続けているニートらしい。こうなると本人が就職を望んでも、引っ掛かりが全く無い状況におちいってしまう。


 それを支援する『就職エージェント』制度もあるらしいのだが、一般的にはあまり知られていないみたい。そもそもずっと引きこもっていた者に、次の日からバリバリ働けと言うのも乱暴な話だ。

 日本人は外国人から見たら『ワーカーホリック』じゃ無いかって程、休みも無く働いているように見えるそうだ。長期休みはお盆と正月、しかもせいぜい1週間が限度である。

 今は多少は改善されているが、製造業は作ってナンボの考えが未だにある感じ。


「うむっ、ニート問題を解決するには、今の社会の構造も把握しないといけないってのが何ともな。働く者に過剰にノルマを課す企業は、それが会社にとって正義だと思い込んでる節があるのは分かるな。

 逆に言えば、歯車なんて幾らでも替えが効くって思想の管理職や、経営者が多いのが問題なんだろう。大事な社員なんて考えが微塵みじんも無いから、社畜やらブラック企業なんて言葉が世間で流行るんだろうな。

 そんな言葉が溢れてる社会には、正直俺も出たくない気持ちでいっぱいだ」

「それは俺も、全くの同感だけどさ……何だかニート問題を考えてたつもりが、壮大に現代社会をディスってないかい、岩尾っち?

 いやまぁ、現代社会の構造が問題だらけなのは賛同するけど」


 そんな和也の合いの手に、難しい話だなと充希みつきは素直に同意の構え。現在2人は、学校終わりの放課後に揃って待ち合わせの地元の駅に向かっている所。

 同じ高校の制服姿は、意外と少なくてまっすぐ帰る学生は多くないのが窺える。つまり充希と和也の通う、東雲一しののめいち高は真面目に部活動に勤しむ者が多いのだろう。


 それはそれで良い事だ、同じクラスの学友たちも8割以上が何かしらの部活動にいている。乗り遅れた感の充希と和也だが、何故か色々と忙しいと言う。

 しかも結構、真面目な議題を抱えて毎日忙しく過ごしている次第。4月に高校生活が始まった時には、そんな未来になるとは夢にも思っていなかった。


「そうだな、ニートを何十万人も放置している時点で、現代社会は確かに問題だらけなんだろう。井ノ原、お前も『ニー党連合』の一員なんだから、その辺は共にしっかり勉強しようぜ?

 将来的に、その問題は俺たちが解決するんだからな」

「えっと、そんな難しい話になってたんだっけ?」


 そんな壮大な話になってたのかと、思わず慄然とする和也である。飽くまで真面目顔の充希の顔を見ると、本気で言ってるみたいでちょっと怖い。

 恐らくは、小学校の頃の同級生を案じているのは本心なのだろう。それ以上に、知的好奇心と言うか、物事の解決方法を試行錯誤して探し出すのが楽しいのかも。


 逆境になればなる程に燃える人間って、まぁ近場にいるとどうなのかなと思う和也だが。少なくとも退屈はしないだろうし、充希はアレで友達も多いみたいで刺激にあふれる友達には違いない。

 恐らく昔から面倒見も良いのだろう、そんな性格は好感が持てる……まぁ、多少は振り回されるのを覚悟しての話だが。そんな事を考えつつ、雑談をしながら2人は駅前へ。

 そこには既に、3人の人影が待ち受けていた。



 基哉もとなり朋子ともこは、学校帰りみたいで制服に通学鞄を所持して駅の改札口前に立っていた。その隣の小柄な姿は、恐らく直哉なのだろう。

 私服姿で、マスクに帽子を被っていてまるで変装した芸能人みたい。まぁ、そうでもしないと、外出して後ろ指差される危険を回避出来ないと思っているのかも。


 その気持ちは分かるので、充希も敢えて合流して指摘はしないみたい。良く出て来たなと一言(ねぎら)って、それから今日の進行役の和也へと視線を向ける。

 その当人は心得た顔付きで、皆に向かって少し歩くよと先頭切って進み始めた。一応はご近所だが、駅からだと15分程度歩く事になる。


 それに従って、他のメンツも大人しく歩き始める……いや、大人しくってのはかなりの誇張かも。つまりは途端に雑談が、あちこちで交わされ始めるのはご愛敬と言う事で。

 何しろ、学校が違うと普段の雑談も気楽に出来ないのだ。


 もちろんラインなど、便利な機能は皆が使っているけど、学校って案外と不便な空間である。特に基哉の通う七都万ななつま高は、エリート校だけあってスマホの規制は厳しい。

 公立の東雲一高校は、比較的(ゆる)いとは言えさすがに触るのは休憩時間くらいである。朋子の聖和華せいわか女学院も、開放的とは言い難い校風みたい。


 そんな愚痴をこぼしながら、和也の先導で一行は賑やかに市街地の方向へ。線路沿いをしばらく進んで、住宅街へと入ると人通りも一気に少なくなった。

 この辺りは、海岸沿いから少しだけ離れていて割と坂も多い感じ。広島県自体が、平地が少ない環境なのでそれは仕方がない……広島で有名な尾道や宮島なんて、まさに典型的な“海の見渡せる坂の町”である。


 その間に、和也はご近所のシノさんとの関係や境遇を簡単に説明する。今日面談予定のシノさんは30代で、ご近所に住む5年選手のニートであるらしい。

 ご近所だけに、親同士は地域行事などで交流は盛んである。シノさんとも普通に良く喋る仲だし、ニート中も交流は絶えていないとの事。

 それ故に、門前払いはされないだろうと口にする和也。


 そんなシノさん、元はちゃんとした所で働いていたのだが、途中退職からフリーターに転身。そこからしばらくは、働いたり働かなかったりの繰り返しみたい。そして現在は、ほぼ家にこもりっぱなしのニートとなっているのだそう。

 親に対する理由は精神的な病気と言い張って、とは言え定期的に病院に通う事もせず。いわゆる“うつ病”の世間認知がなされた頃だったせいで、シノさんの両親も過剰反応してしまい。


 そうして、無理に強い言葉で働けと言えず時は過ぎて今に至る。確かに精神を病んで、社会からドロップアウトして行った者達の数は多くて問題となった。

 最悪の結果として、自死を選んで社会どころか人生にまでケリをつける事例も発生した。そこで政府もようやく重い腰をあげて、『働き方改革』なる政策が打ち出された訳だ。


 そこで過剰な残業の廃止や、非正規社員と正社員の格差の是正ぜせいや高齢者の就労促進などの政策が定められる事に。もっともそれで、働く現場が正常に改善されたかと言われれば疑問ではある。

 こういう政策は、大抵は立派な文面が踊るが所詮しょせんは“おためごかし”である。現場の声を拾おうともせず、戸惑う企業や労働者も多かった筈。


 百歩譲って、確かに多少は弱い立場の労働者は働きやすくなったのかも知れない。ただし、それ以上の改革案はそれ以降ほとんど出て来ない有り様である。

 そういきどお基哉もとなりは、その辺の事情も既にリサーチ済みらしい。さすが優秀な、チーム『ニー党連合』のブレーン役である。


 こういう人が1人でもいると、抱えた問題の解決もスムーズに行きそうって思える不思議。そんな基哉が、何故に充希のような変わりモノを信頼しているのかが良く分からない。

 心中でそんな失礼な思考の和也だが、これらシノさんに合わせても大丈夫そう。実は過激な発言の充希辺りは、引き合わせるのにかなりの不安があったのだ。

 それも杞憂きゆうに終わりそうで、ホッと一息の和也であった。



「ああっ、うつ病って言葉は確かに一時期流行(はや)ったわよね……この辛さは、かかった者しか分からないって患者さんは言うんだけど。

 外野はその辛さも分からず、大袈裟な事言ってるけど仮病だろうって責め立てて。症状が表に出ない患者に対して、社会って冷たいんだなぁって思った記憶があるわ」

「このやまいの流行も、日本社会の仕事詰めの弊害だって、最初は騒がれてたっけな。突発的に自殺する会社員なんかも話題になって、その割にはすぐ下火になった話題だよな。

 そう簡単に改善されるとは、思わない社会現象だと思うんだがどうなんだ?」


 朋子の発言に、すぐさま乗って来る基哉だが詳細は不明である。ただしその原因の放置が、大量のニートの発生に至ってるなら大問題だ。少なくとも、今日会うシノさんとやらはそうみたいって話。

 和也からも、なるべくデリケートな質問は避けてくれとの切実なお願い。彼にとっては親戚関係でもある訳で、当のシノさんを心配してない訳が無いのだ。


 その点は安心しろと、一番発言が心配な充希がそう口にする。長閑のどかな住宅街を、そんなやり取りをしながら進む学生チーム『ニー党連合』である。

 案内する和也は、この先に進むと俺ん家だよとかのたまっている。って事はもう近くなんだなと、先頭を進む充希は何故か臨戦態勢モード。

 和也はそれを見て、本当にお手柔らかにねと再度の念押し。





 ――そんな友人の言葉に、充希は不敵に微笑むのだった。








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