浦浜直哉と言う人物
結局、直哉の部屋で行われた月曜日の会合は、毎度のように何も決まらないまま終了した。とは言え、いつものメンバーに加えて新たに佐原朋子も突発的に参加を決め込む事となった。
そんな良く分からないメンツのまま、計画だけはやたらと大きくなって行く。最後に出た案は、政治家や神様になるよりは、社長になってお金を儲けるのが現実的かなぁと。
ただしその目的が、世の中のニートを救済すると言う良く分からない理由付け。目的がやたらと大き過ぎて、直哉は笑うに笑えない状況に。
そもそも、直哉が何の分野で成果を遂げるかが全くの未定である。第一候補はユーチューバーらしいが、それもどんな分野の撮影をするかで内容は変わって来る。
それで大金を稼ぐのも、果たして何年掛かるのやら?
「うむっ、やはりユーチューバーも現実的ではないかも知れないな……どういう風に修正すべきだろう、基哉?」
「そうだな、まぁ計画は幾つもあっていいと思うんだが。そう言う案出しは、皆で募れはいいんじゃ無いかな。その中で実用的なモノを選り分けて、残りの俺らで肉付けして行けばいい。
後で会合ノートを買って、俺がこの会合の書記をやろうか」
「それはいいわね、じゃあガンちゃんが会長で私が副会長を務めるわ……何だか楽しくなって来たわね、それで次の会合はいつ開催されるの?」
充希は水曜の予定だと言って、素早く和也とアイコンタクト。それで思い出したように、ウチのご近所に年上のニートがいるから事情聴取に行こうと口にする。
それはいいわねと、真っ先に朋子が賛同の意を示した。一番前向きな彼女だが、皆と同じように現在は高校のクラブには属していないそう。
放課後はすっぽり空いていて、ただし塾や習い事で来れない曜日もあるとの事。さすがお嬢様だと、内心で男衆は思ったが誰も口には出さず。
和也も同じく、ヒラ会員でいいから次の会合にも出席するよとの参加表明。そんな訳で、充希はいつの間にやらこの会合に会長に就任してしまう流れに。
しかしこの会合、目的はあっても名前は無いの?
「いや、名前を付けるほど大仰な集まりじゃないんだが……でもそうだな、敢えて名前をつけるとしたら『ニー党連合』とでも名乗っておこうか。
直哉は特別名誉顧問だな、いや会合の核でもあるんだが」
「へえっ、響きはダサいけどまぁいいんじゃないかな……それでこの『ニー党連合』は、今後会員の数は増えて行くのかな?」
茶化したような和也の言葉に、ちょっと傷付いた様子の充希だったり。恐らく、本人は至って真面目に命名したつもりだったのかも知れない。
その点、誰にでも欠点はあるさと、良く分からない基哉のフォローは更に傷口を抉ってる気も。それはともかく、こうして月曜日の会合はお開きに。
帰り際、各自でプロジェクトの内容を考えておくようにとの会長のお達しに。了解と方々から元気な返事、やる気だけは充分にある『ニー党連合』の面々であった。
そして水曜日の集合場所は、いつもの駅前に決定。
「次の集会日の水曜は、直哉も駅前に集合だからな。まさか不登校中だからって、1人で外出まで不可能だとか言うなよ?」
「それはまぁ、出れるけど……本当に、そのニートの人の所にお邪魔するの? 何て言うか、怒られたりとかしないのかな?
ちょっと不躾と言うか、遠慮が無いんじゃないかな」
「俺の知り合いってか親戚だから、多分大丈夫だとは思うけどね。変に傷口に塩を塗るような質問さえ投下しなければ、平気なんじゃないかな?
昔から温厚な性格の人だったし、そのせいで精神的に病んだってのもあるんだけどね。シノさんにしても、若い人と話し合うのは良い刺激になるんじゃないかな」
そんな呑気な和也の言葉に、玄関まで送りに出た直哉は随分と不安そうな表情に。その半面、充希などはいつも通りに他人の感情など関係無いって素振り。
つまりは、こちらの目的の為に多少の犠牲はやむを得ないと。
「ふむっ、和也の親戚のシノさんとやらは、元は社会人だったのか……良さそうな人なら、俺たちの『ニー党連合』の会員になって貰おうか。
何しろ壮大な計画だからな、人手はなるべくたくさんあった方が良い」
「そうだな……何しろ将来的には、ニート全員を救うプロジェクトを立ち上げるんだから。やり方としては、出来の良い計画書を作成して政府に送り付けるのもアリか?
それだと実行は、政府の資金で行われる事になっちゃいそうだな。そっちより、クラウドファンディング……いや、一介の高校生が手を出す類いのプランでは無いな。
やはり地道に、直哉の社長計画を……」
ブツブツと独り言を言い始めた基哉を尻目に、直哉の母親にお暇を告げる高校生たち。朋子も来た時の派手な演出は影を潜め、おしとやかに退出している。
直哉に限っては、玄関を出て行く充希に愚痴り始める始末。自分は社長の器じゃないんだけどと、尤もな言い分も意に介されず仕舞いなのは悲しい所。
逆に安心しろと励まされ、サポート体制は万全だと良く分からないフォローまでされる有り様。スタッフも全員身内で固めるし、間違っても裏切る者はいないと。
そんな素人の、全然安心出来ないセリフを口にしつつその場を後にする充希であった。その顔は、飽くまで自身に満ち溢れてとっても偉そうに見えるのは気のせい?
母親の方が感銘を受けて、何て良いお友達たちなんでしょうとウットリとした表情。完全に信用している様だが、将来変な詐欺にあわないか心配な息子である。
いや、詐欺ならまだ良いけど……この冗談みたいなプロジェクトは、一体どんな着地点に落ち付くのだろうか。分からない事がこんなに怖いって、高校入試の結果待ち気分以来の直哉であった。
あの頃は、人生に不安はあれど解決は出来ると信じていたような。今はお先が真っ暗な中で、ランタンを持った友達が強引に道案内を買って出て来ているような心境。
果たしてその後ろを、自分の意思なく付いて行って良いモノやら。ひょっとしたら、奈落へと真っ逆さまのルートってのもあり得るのかも。
いや、決して友達を疑っている訳では無いのだけれど。
そもそも浦浜直哉と言う人物は、中学時代にはヒエラルキーの底辺に近い存在だった。元から気弱な性格で、体格も標準生徒より随分と劣っていた。
そのせいで、気が付いたらクラスのヤンキー連中に目を付けられる始末。それから、いつの間にやらパシリや虐めの標的に。充希のような頼れる存在が、近場に入ればまた違って来たのだろう。
しかし生憎と、小学校の知り合いは同じクラスどころか同じ階にすらいないと言う不幸。相談する親しい生徒も教師も存在せず、直哉が取ったのは中学を卒業するまでの我慢だった。
幸い、虐めのレベルも暴力やカツアゲ程には酷くはなかった。その虐めっ子と距離を取りたい一心で、受験勉強をとにかく必死で頑張った結果が現在である。
ただ詰め込んだだけの知識では、進学校の授業に太刀打ち出来ないと分かったのは、1学期が始まってすぐの事だった。その上、中学からのエスカレーター組が幅を利かせるクラスに馴染めず、気が付けば1か月余りが過ぎており。
敢え無くドロップアウトとなったのだが、こうもツイてないと本当に人生を呪いたくなる。それでも親不幸な行いも出来ず、不登校を決め込み悶々としていた所。
何故か小学校の同級生が、揃って家に押し掛けて来て今に至る。
それからてっきり復学を強要されるかと思ったら、転校するかニートを極めろと破天荒な提案をぶつけられて戸惑うばかり。ぶっちゃけ、彼らの目的は壮大な実験なんじゃ無いかと訝しむ直哉であった。
とは言え、自分のためにと時間を費やしてくれる彼らを無碍にも出来ない。そんな感じで様子を見ていると、良く分からない提案が次々と舞い込む始末。
そんな訳で、戸惑うばかりのこの1週間である。
その提案の中身だが、政治家になれとか神様になれとか……まぁ、社長になる提案は悪い気はしなかったけど絶対に無理。高校も中退が濃厚な自分に、そんなの務まる訳もない。
何と言うか、彼らの論議はそんな感じで行き当たりばったりなモノばかり。傍から聞いているだけなら、結構面白いし為にもなるとも思う。
問題は、議題の中心が当の自分だと言う事だけ……正直、素直に復学した方が傷は浅い気もする直哉である。この1週間で、その考えが何度も頭をよぎったのは紛れもない事実。
その行いは、果たして心配して家にまで来てくれた彼らに対して不義理になるのかは置いといて。やっぱり、そんな逃げの考えで学校に戻れたら世話は無い。
進むも地獄、留まるも地獄なら留まる事を選択するのが人の常である。怠惰である事は、恐らく人間が持つ傷付かないための防衛本能なのだろう。
とは言え、今の現状は長く留まる事でも傷口は大きく開いて行く。ニートと言われる人々の葛藤は、動きたくても長く留まり過ぎて動けない事が大きいのだろう。
そしてそのほとんどに、後押ししてくれる存在がいないのも問題なのかも。
直哉に限っては、その後押ししてくれる同級生が、やたらと場を引っ搔き回しているのが問題な気も。そう思うと、少しでも自主学習に励んだ方が良いのかなとも思ってしまう。
彼の性格は、基本が真面目なのだ……今日の集会の終わりに、同じ学校の基哉がさり気なく学校のプリントを置いて行ってくれた。内容を見ると、英語と数学、それから国語の授業範囲らしい。
それに感謝しながら、とにかく怠惰になり切れない自分って凄いと感心してみたり。あれだけ自分を苦しめた勉強だが、拠り所もまた学習なのだと感じつつ。
持って来て貰ったプリントの分くらいは、真面目に取り組もうと誓う直哉だった。
――それが現在、自分を構築する唯一のアイデンティティだと信じて。