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岩尾充希と言う人物



 岩尾いわお充希みつきの通う東雲一しののめいち校は、割と平均的な公立校だった。入るための倍率が特に高いわけでもなく、校則が厳しいって訳でも無く。

 とは言え、高校1年生の彼は通い始めてまだ1か月と少々である。噛み締めて味わうには時間は全然足りず、或いは見えない所に閉塞感的な塊が転がってるのかも。


 まぁ、そんな雰囲気は同級生の呑気に騒ぐ姿からは今の所想像も出来ない。放課後の解放感が加味された現状、その騒がしさは留まる所を知らず。

 とは言え、今から部活にいそししもうって言う、運動部の連中の顔色は決して明るくない。何しろ1年の入り立てのこの時期、新人のやる事と言ったら体力作りなのだろうから。

 日中からシップの匂いが漂っている事から、その事実も知れようと言うモノ。


 充希みつきは部活には属しておらず、従って放課後の時間は比較的自由に使う事が出来る。帰り支度は既に整っており、友達の誘いも今日は寄る所があると華麗にかわす。

 出来立てホヤホヤの友達の誘いを断るのも、抵抗が無かったと言えば噓になる。ただし、先約で小学校の同級生から、相談があるから久々に会わないかとコールを貰ったのだ。


 ラインでそんな誘いの文言を貰うと、やはり心配になってしまうのは致し方が無い。何はともあれ、先行して処理すべき事象には違いないだろう。

 そう結論付けての行動だ、何しろ彼等の間で小学4年6組の絆は永遠なのだ。


 それは彼――ガンちゃんと呼ばれていたあの頃の、自分を含めた同級生全員が共有する想いでもある。同級生から一歩踏み込んだ絆が形成された、そんな仲間からのコールなのだ。

 そんな訳で、約束の時間に間に合うようにと足早に校門を通り抜けて駅へと向かう。充希の通学ルートでは全く無いのだが、待ち合わせの場所指定が駅なのだ。


 小学校の同級生なのだから、待ち合わせの人物も充希の近所に住んでいた同世代である。ただしその人物――習志野(ならしの)基哉もとなりは、小学生時代から秀才と呼ばれていた学生ではあった。

 中学は学区外の、付属のエリート進学校へと進んでしまった為に。残念ながら、基哉もとなりとは中学時代から全く接点が無くなってしまっていた。


 馬の合う友達だったので、今でもラインでの遣り取りは続いている次第。その友達が急に、割と深刻な内容を匂わせる「会って直接話せないか」的な通達である。

 それは充希でなくても、ちょっと構えてしまう内容である。


 幸いにも、東雲一校の立地は恵まれていて、5分も歩かない内に最寄りの『東雲駅』が見えて来た。小さな可愛い感じの駅で、ラッシュアワー以外は至って静か。

 現に今も、それ程に多くは人の往来はうかがえない。そのお陰もあって、充希はすぐに基哉の姿を確認出来た。この辺では余り見掛けない制服姿が、やや目立って浮いている。


「スマン基哉、待たせたかな……授業が終わって、急いで真っ直ぐ来たんだが」

「いや、こっちもさっき電車で戻って来たばかりだ。こうやって会うのも久し振りかな、充希……いや、敢えてガンちゃんと呼んだ方が良いのか?」


 茶化した感じでそう言う基哉だが、表情は至って真面目な様子。こうやって会うのも、確か1年振りくらいだった覚えが充希にはある。

 あの時は確かお互い中学3年生で、充希は進学先に悩んでいたのだった。地元で歩いて通える東雲一校か、もう1ランク上の学校を選択するか。


 一方の基哉は、既にエスカレーター式で付属の高校へと進む事に決まっていた。割と気楽な立場な上に、既に遠方の付属中学の生活にも馴染んでいて。

 そんな感じの2人が、偶然に地元でバッタリと出会ったのだった。そこから色々と1時間以上話し合って、お互いスッキリして別れたと言う経緯が。

 それも含めて、充希は地元の高校に進学を決定したのだ。


「ガンちゃん呼びって事は、かつての4年6組に関する事かな、モッチー。基哉もとなり自身の悩みや相談事なら、わざわざ外で会ってってのも考えにくいしな」

「まぁ、実はその通りなんだが……充希は、同級生の浦浜うらはま直哉なおやを覚えてるかい? アイツも高校から、俺と同じ七都万ななつま高校に進学して来てな。

 クラスが違うからそんなに顔は合わせてないんだけど、この5月からどうも不登校を決め込んでるみたいでな。

 実は今日で2週間近く、学校に来てないそうなんだ」

「おっと、5月病かいじめによる引き籠りか……それとも単に、学校に馴染めなかったか。理由は色々と推測出来るけど、まぁ本人に確認するのが一番手っ取り早いな。

 俺に相談したって事は、そう言う手筈でいいんだな、基哉?」


 ブレザー制服姿の習志野基哉は、そんな充希の問いに真面目顔で頷きを返す。それからウチの高校の半数以上は、付属中学からエスカレーター進学だと補足で情報を付け足した。

 そのせいで、別の中学から受験で入学して来た学生は、仲間外れ感を味わう事も多いそうで。そんな生徒が、5月あたりから学校に来なくなる事態も実は多いとの話である。


 確かに苦労して入った進学校で、友達が1人も作れなかったら悲し過ぎる。授業の進め方も、進学校だけあって独特らしくて初見でついて行くのは辛いそう。

 進学校ってそうなのかと、その内情は入ってみないと分からないモノである。とは言え、元4年6組の同級生が、不登校におちいったとなれば手助けするのが確かに筋だろう。


 そう思い直した充希は、それじゃあ家に向かおうと速攻で原因究明へと向かう構え。それを目にして、基哉もとなりも一瞬呆れた表情を浮かべる。

 ただまぁ、確かに本人不在であれこれ憶測を並べ立ても仕方がない。


 その行動力は、まさに4年6組を伝説へと押し上げた原動力の1つでもあった。頼もしく思いながら、住所は担任に訊いて来たと追従する構えの基哉である。

 彼も同じ考えで、仮にも元同級生がピンチならば動かざるを得まいって考え。中学からは直哉なおやとは全く接点が無かったけれど、話を聞くぐらいは出来ると割り切って充希を誘ったのだった。

 そんな2人の行動で、物語は大きく動き始める――。




 そんな訳で、取り敢えずは2人でお宅にお邪魔しようと、メモを頼りに住宅街を彷徨さまよう事10分余り。辿り着いたのは、何の変哲もない普通の造りの1軒家だった。

 周囲にも似たような家が建ち並んでいるので、恐らくは建売住宅なのだろう。一応庭もついてるし、それ程に建物も古くは無くて外観はお洒落に見える。

 要するに、他の家と較べても家庭環境は悪くない様子。


「ここだな、間違いない……ところで、母親とか出て来たら何て言おう、充希? 馬鹿正直に、お宅の息子さんは現在不登校の引き籠りですかって聞くのもアレだし」

「そんなの、心配でお見舞いに来ましたで押し通れば良いだろう。プリントとか担任から預かって来たんだろう、正義は我にアリだ。

 本人が嫌がっても、強引に部屋まで上がる気で行くぞ、基哉」


 物騒な事を平気で口にするが、行動力がとにかくずば抜けていた充希は、小学生時代から友達の信頼も物凄く厚かった。人気者と言うカテゴリーとも微妙に違うが、何と言うか学級内では周囲に常に人が集まっていた。

 それなら任せると、基哉は一歩引いた視点で巻き込んだ友達の遣り方を眺める構え。それから呼び出しチャイムを鳴らして、母親らしき人物に出迎えられても平気そうな友達に頼もしい視線を送る。


 その女性はやっぱり母親で、2人の同級生をよく覚えていた様子。子供時代、近所ではヤンチャに遊び回っていたので、保護者の覚えは良かった可能性が。

 それに追加して、4年6組はあらゆる面で有名だったのも影響しているのかも。とにかく母親に温かく招き入れられた2人は、無事に当初の目的を果たす事が出来た。


 そうして見事、2人は直哉なおやの部屋の前まで辿り着く事に成功する。その間に、浦浜家の母親に事情を聞いてみたのだけれど、その返答はかなり微妙だった。

 最初は具合が悪いからとの学校休みが、ズルズルといつの間にか10日以上も続いてるそうで。母親も心配はしているのだが、本人は病院にも学校にも行きたがらずなこの状況。

 結局は、何の手も打つ事が出来ず現在に至っているそう。


 例えば5月病だとしても、これ以上休むと学校の勉強について行けなくなってしまう。せっかくの難関を通り抜けて掴んだ第一志望の高校生活を、フイにしてしまう恐れが。

 それは余りに勿体もったい無いってのが、直哉の母親の弁であるようだ。それは確かにその通りで、本人の意志やヤル気はともかくとして、はたから見たら勿体無い限りである。


 とは言え、本人のヤル気に関しては、周りの人間はどうする事も出来そうもない。病気だったら、まだ治療を受けろと病院に担ぎ込めば済むだろうけど。

 せめて理由だけでもハッキリさせようと、充希は部屋の扉をノックした。後ろからは母親の、お友達が心配して来てくれたわよの掛け声が。


 そんな母親に対して、基哉が助言と言うか提案を飛ばしている。要するに、親にこそ言えない事情があるかもだから、20分ほど席を外して貰えないかと。

 直哉の母親は、心配顔ながらも素直にそれを承諾してくれた。20分後にお茶とケーキを持って行きますねと、2人によろしくと頼み込んで階段を降りて行くのだった。

 その気配を察して、そっと開かれる直哉の自室の扉。


 すかさず充希がその隙間に足をねじ込み、そのままの勢いで室内へと突入して行った。基哉も遅れじと、その後ろ姿を追い駆けて扉を潜って行く。

 行儀が悪いとか、この際そんな事は言ってられない。


 そして室内の景色を改めて見回しながら、会話が漏れないようにと念の為に扉を閉める。ついでに部屋着と言うかスウェット姿の少年を一瞥いちべつ、確かに直哉なおや本人に間違いはない。

 一緒に室内に突入した充希も、自分が部屋の主の様にくつろいで座っている。逆に部屋主の直哉は、小さな体を縮こまらせておどおどしていた。


 同じ学校で同じ学年と言え、基哉はクラスが違うのでほぼ顔を合わせていなかった。壁に掛けられた見慣れた制服を見て、その真新しさに何故か胸に痛みを覚える。

 基哉はエスカレーター進学だったが、当然ながらそれは普段の努力の結果勝ち取った権利である。直哉も同じく、難関受験の末に勝ち取ったあのブレザーを着る権利。

 それをたった1ヶ月で、放棄しようとしているなんて。


「ええっと、久し振りだな浦浜……学校を休んでいるって聞いたから、心配して充希と一緒に寄ってみたんだ。ほら、4年6組の岩尾充希……ガンちゃんだ、覚えてるだろ?

 俺の自己紹介はいらないよな、まぁ一応……同じ高校の、習志野基哉だ」

「同じ町内なのに、中学や高校が違うとほとんど顔を合わさなくなるよな。俺は地元の東雲一校に進学したんだ、取り敢えず覚えといてくれ。

 それで、せっかく受かった七都万高校に、最近は通って無いんだって?」

「…………」





 ――ストレートな充希の質問に、ビクッと肩を震わせる直哉であった。








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