電ノコJK、たまごを生む
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あたしの名前なんてどーでもいいのだ。重要なのはあたしの性質――タチだ。それでもあたしは親切だから、あたしはあたしをトモミと名乗っておく。年齢は言ってもいい、職業も。あたしは十七歳のぴちぴちJKだ。宮城から東京とやらに引っ越してきた。国の偉いヒトが「アンデッド(ゾンビ)を殺せば金をくれてやる」と言いまくっているから。「殺せば」のくだりがとても気に入った。率直すぎて笑えるからだ。強いメッセージだ。ほんとうにそこに興味を持った。
あたしは父方の祖父の影響で木を薙ぎ倒してやることが得意だ。当該祖父は仙台から離れた山奥で林業を営んでいた。言わずもがな、チェンソーをぶいぶい言わせていた。あたしはその姿に憧れた。プロレスラーみたいに大木を薙ぎ倒すその姿を魅力的だと感じたのである。
あたしは祖父に頼み込んで、小学生の低学年の折からチェンソー(電ノコ)の扱い教わった。ウォンウォンウォンッ――電ノコの勇ましい叫び声は尖りすぎているがゆえに、イジメに遭っていたあたしに勇気をくれた。ウォンウォンウォンッ ウォンウォンウォンッ! ウォンウォンウォンッ!! だ。
あたしは小六になる頃には、祖父くらい電ノコが上手になっていた。周りの大人も驚いてくれた。揃って「トモミはいいキコリになるな」と朗らかに笑ったものである。あたしもキコリになろうと考えていた――なんてのは嘘っぱちだ。なんとなくではあるけれど、もっと危険な――剣呑な仕事に役割に、身を置きたいと考えていた。危険、剣呑。ほんとうにいい言葉だと思う。ニンゲン、そうでなくちゃなとすら思うくらいだ。そうでなくちゃな、ホント、そうでなくちゃ。危なっかしいことと背中合わせでなくちゃ――な?
それからまもなくして、あたしはゾンビを知ることになった――否、その存在くらいはかねてから存じ上げていたのだ。が、身近な連中ではないと思っていたから、イマイチ現実味がなかったのだ。しかし、平たく言えば「ぶち殺せば金をくれてやるぞ」とまでのたまわれてしまうと、交ざらないわけにはいかないということだ。そう。あたしはすっかり日常に飽いていた。なにより――少し話は脱線するが――両親の浪費癖による家の貧乏を呪わしいとすら考えていた――ものの、あたしは父さんのことも母さんのことも嫌いはないので、生んでもらって育ててもらった以上、なんらかのかたちで恩返しがしたいな、って。そのなれの果て――手段が、「ゾンビ殺し」というわけである。父さんと母さんに楽をさせてやりたい。セックスばかりすることでセックスにしか救いの道を見出せない二人なので、二人には「セックス以外にも気持ちがいいことくらいあるんだよ?」と教えてやりたかった、いや、あたしはヴァージ○だからセックスの気持ち良さなんて知ったこっちゃないのだけれど、だから「そのへん」が何かの判断材料になったりなんてことはまるでないのだけれど。
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もはや大田区の三分の一もがゾンビに乗っ取られてしまった。あたしは頑張っている。周りの大人も頑張っている。だけど、そろそろ我がK高校もその勢い――波、に飲み込まれんとしている。
仲良しの男子、茶髪のイケメン、ケイが言うのだ、「もうそろそろよくね? どうせ蒲田なんてなーんもないんだからよ」とかほざくのだ。だからあたしは悔しさ込みで言い返すのだ。「だったらおまえはなんでその蒲田の高校に通っているのだ?」と。そしたら、「まあそう言われたら、言い返しようがないな」とケイはケロっと言うのだ。「だけど、なんせ家から近いから」とか必然性と蓋然性に満ちた言葉を吐くのである。
「乗り掛かった船ってやつだよ。テメーもゾンビ、狩ってみなよ」
「えー、やだよ。おまえみてーにチェンソー使うとか、考えらんねーもんよ」
「殴り倒しても、いいんだよ?」
「やだよ俺、潔癖症だし」
ケイは言い訳ばかりする、ほんとうにおもしろくない男子なのである。
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あたしはどんな物語においても「おしまい」から逆算するタチなので、そうなれば必然、話についてはできるだけ手短に終えたいという性格なのである。学校に通うよりも、どう考えたって金銭が得られる行為のほうが尊い。だからあたしは今日も朝もはよからウォンウォンウォンッ! ウォンウォンウォンッ!! なのである。紐を一つ、勢いよく引っ張ってやるだけで著しく勇ましいエンジンの音を響かせることができる――ほんとうにチェンソーとはどれだけ尊いのか。あたしはチェンソーと結婚したいとまで考えている。そういえばチェンソーマ○なる奴がいたな、ああ、そうです、あたしはデン○くんみたいな男のコと一緒になりたいのですよ。
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今日は西新宿に踏み入った。西新宿――何もないイメージだったけれど、「有名IT企業の要所」があったりなかったりするらしい。それはそうであってどうでもよいのだけれど、国家の根幹を担っている土地であろうにもかかわらず、ゾンビにあふれているとはどういう了見か。まったくもって、この国――ニッポンはいったいどうなってしまったのか。こんなんじゃトラン○だって来てくれないぞ――いや、変わり者を地で行く彼ならば喜んで来るのかもしれないが。現状、お越しいただいてもかまわないだろうと考える。ゾンビの存在はニッポンでしか見られないらしいのだから、安全性だけ担保されればインバウンドが増えるかもしれない。いっぽうで、奴らの活動範囲をナパームで焼いてやれば終わる話なのかもしれないとも思考する。優しい世界が啓蒙される昨今においてはそれってヤバい話なのかもしれないが。
チェンソーがウォンウォン唸る。
ゾンビの紫色の返り血はあたしを強くしてくれる、してくれた――。
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ある日の学校、K高等学校、昼休み。将来はホストになるであろう、そのへん赤裸々で開けっ広げな二枚目ケイに、中庭に呼び出されたのである。ケイは言った。「おまえさぁ、知ってんぜ? ゾンビとか、そんなどうでもいいもん、いよいよ殺して回ってんだってな」って。そんなの前から伝えている。今更改まって問いかけられることでもない。ゆえに、「だったらどうかした?」と、あたしは問い返した次第だ。「ゾンビ殺せばお金もらえるんだよ? ぼろい商売じゃん」と続けた。
「いや、本音言っちまうと、ゾンビぶっ殺すのはどうでもいいんだけどよ」
「だったら、なに?」
「おまえとセックスしたい」
「えっ……?」
「しようぜ? 減るもんじゃねーだろ?」
あたしは流されるままに、夜、やっすいラブボでケイと三回、した。
喘ぎ声――そう、喘ぎ声だ、あたし史上、一番大きな声が出た。
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危ねーことすんなよ。俺、もうおまえのこと、俺のもんだと思ってるぜ? ケイは今夜も枕元であたしにそんなことをささやいたけれど、あたしはそういうんじゃない、そういうんじゃないんだ。しょっぱなに三回、そのあとも何回も寝て、寝てしまったことをじつは後悔している。大事なモノができてしまうのって、よくない。とことんまで自由でありたいのであれば、顧みるモノなんて持つべきじゃないんだ。あたしはそうであるとしつこいほどに自分に言い聞かせて、以来、ケイとは寝なくなった。あたしは好きだ、チェンソーが、電ノコがなにより好きだ、要するに言えることは、ゾンビを愛しているということなのだろう。ぶっ殺す相手を愛せるだなんてめったにあることではないだろう。言ってみればゾンビ連中はカネヅルだ。だけどやっぱり、そんな事情をさておき好きなのだ、ゾンビさんたちのことを、なにより電ノコを振るうあたしのことを。
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あたしは今日も昼間っから急ぎであるゆえに電ノコでもって蒲田を駆けていた。駅前のバーボンロードに攻め入ってくるあたり気が利いているというかマニアックというか。ウナギを出す立ち飲み屋の主人が店先で倒れているのを見ていたたまれなくなった。美容室の若い店長が死んでいるのを目の当たりにして悲しみに暮れた。ああ、そうか。もうこんな近くにまでゾンビははびこっているのか……。
紫色の返り血で頬を濡らしながらゾンビを駆逐している最中、商店街の駄菓子屋から出てきたケイを見つけた。のんきなもので――口にくわえているのはチュッパチャップスだろう。あたしはケイに近づいた。あきれてしまい、「あんたねぇ」が第一声だった。
「ってゆーか、駄菓子屋のおばあちゃん、こんなときまで店開けてるの?」
「おばあちゃんだけじゃねーよ。蕎麦屋もやってんぜ?」
「自慢げに言われても困るんだけど」あたしはなおいっそう、あきれた。「もはや大田区に安全地帯はないのだよ、ケイくん。大人しく家に帰りたまえ」
「えー、やだよ。会っちまった以上、おまえ置いてくなんて、ヤだよ」
「あたしにはこれがあるからね」言って、あたしはチェンソーを吹かした。「こいつがあるときのあたしは無敵なのだよ」
「でも、ワンチャン? 万一? ひょっとしたら、ともすれば? ――ってことが、あるかもじゃんよ」
まったくめんどうな男だ。
あたしはこんな奴とどうして何度もセックスしたのだ?
前方左の店舗からえらく賑やかに勢いよく誰かが飛びだしてきたのは、そのときだった。刹那、見えた。真っ白な髪は湯婆婆みたいだ。かのおばあちゃんは駄菓子屋の主だ。異常な運動能力。ゾンビだろう。アンデッドな連中は揃ってのろまなものだけれど、例外もいることは経験則から知っている。ってかおばあちゃん、あなたもじつは怪物だったの?
背筋が凍った。
ゾッとなった。
あっという間に、駄菓子屋ばあちゃんがケイの頭部を食ったからだ
熱くなったら負けだ。
でも――。
チェンソーを右手に提げ、突っかかる。
駄菓子屋ばあちゃんが、「ヒーハハハッ! かかってこいよぉ、小娘ぇぇっ!!」などと叫んだ。
あの優しいおばあちゃんがそんなこと、言うはずがない。
ホント、ゾンビウィルスってやつは罪深い。
ぶっ殺してやるとの思いも確かに、やがて刃を喉元につきつけた。
刃を回転させても、ばあちゃんは心底おかしそうに笑っていた。
あたしは泣かなかった。
ただ、地面には、おばあちゃんが吐き出したケイの頭が転がっていて――。
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意味不明なことに、二か月後、あたしはそれなりに苦しい思いをして一つの白いたまごを生んだ。心当たりと言えば、いや、にしたってニンゲンがたまごを? とは考えたくなるのだけれど、くどいようだけれど、心当たりと言えば、「ケイとのこと」しかなくて。殻を割って出てきたのは――たった五百グラムしかなかったけれど、ニンゲンの赤ちゃん然とした赤ちゃんだった。あたしにもケイにも似ているというわけではなかったから「あれれぇ?」と思ったものだ。最大の特徴は背中に小さな翼が生えていたこと。「ケイってば天使だったの?」とか思ったものの、大雑把なあたしは「赤ちゃんなんてそんなものかもしれないな」と変にしっかり納得したりもした。良くも悪くも、かくしてあたしは「お母さん」になった。それでもまだ、暇させあればチェンソーを握っている。赤ちゃんを育てるためだとか、そういうわけじゃない。殺したいから殺している。ぶっ壊したいからぶっ殺している。
ゾンビさんたち、テメーらなんかに負けるかよ。
折れない心が、あたしのパワーの源だ。