5.エミィの事情
「はぁ~、おいしい」
「オレンジと紅茶って、こんなに合うんだね」
「ね。最近フレーバーティーって人気だけど、これは確かに人気になるのも分かるよ」
私たちはブティックに勤めているので、お客さんと直接話す機会もかなり多い。しかも当然ながら女性ばかりなので、待ち時間に話し相手になって世間話をすることもしばしば。その中で様々な出来事や流行を知ることもあり、このカフェやフレーバーティーについても、エミィはそこから情報を得たと以前話していた。
「見てこれ。今回のジャム、マーマレードだよ。きっとこれもどの紅茶を選んだかによって、お店側が決めてるんだろうね」
「ちぐはぐな味にならないようにっていう、細かい心遣いだよね。だから新しくできたばっかりなのに、すぐ人気になったんだね」
だからかもしれない。どうしても仕事目線で、こういった流行のお店などを見てしまう癖がある。次回の話題作りになるので悪いことではないのだけれど、少しだけ純粋に楽しめなくなっている部分も、もしかしたらあるのかもしれない。
「ねー。……で? 話の続きは?」
「あれ? いきなり?」
「だって、そっちのほうがよっぽど気になるんだもん!」
もう耐えきれないという雰囲気でエミィにそう言われてしまえば、私は笑うしかなくて。そのまま、先ほどの会話の続きに戻る。
「とはいっても、夜に働くくらいなら顧客も増えてきて一人じゃ手が回らなくなってきたから、オーナーの助手兼事務員兼お世話係になってほしいって言われただけなの。その分お給料も高くするからって」
「はぁ~、なるほどね~」
つまり私の境遇に、オーナーが同情してくれたからということなのだろう。少なくとも私はそう思っている。そうでなければ、いくら秘密を知っているからといっても急にそんなことにはならないだろう。
それに、昼も夜も働き詰めという部分を心配してくれていたから、そこも大きかったのかもしれない。ただ逆に言ってしまえば、おそらくはそれだけの理由だったのではないだろうか。
「じゃあ、別に悪いことじゃなかったんだ」
「うん。むしろ、すごくありがたいことかな。仕事内容は今までより多くなるけど、同じ時間働いてお給料が上がるなら、そのほうがいいでしょ?」
「確かに」
深く頷いてくれるエミィは、納得するのと同時に安心してくれたようだった。先ほどよりもずっと、張り詰めた空気がなくなっていたから。
ただ、今回二人でカフェに来ることにした本当の理由は、私の話をするためではなくて。
「それで、エミィの話は? 例の彼氏とは、どう?」
「そう、それ! その話がしたくて、今回誘ったんだから! ちょっと聞いてよ!」
ここからは本来の目的に戻って、私は聞き役に徹することにした。
実はエミィの彼氏というのが、このあたりでは比較的有名な商家の長男で。そこの両親にはまだ付き合っていることを言っていない、いわば秘密の恋をしている状態だった。というのも、その彼氏の両親が口にしていたそうなのだ。恋愛結婚でもいいが、長男として必ず家の利になる人物にしなさいと。
こちらも有名なブティックとはいえ、残念ながらただ勤めているだけではきっと認められないだろうというのが、エミィと彼氏の共通見解らしく。結果、エミィは彼のご両親に認めてもらうために、毎日必死でお針子としての腕を磨いているのだ。
「けど、やっぱりなかなか難しくてさ。アイディアは出てくるのに、まだまだ腕がそこまで追いつかないの~」
「それならむしろ、あとは腕を磨くだけじゃない。私なんて、エミィみたいにアイディアが浮かぶような才能なんてないんだから」
「ライラはそう言ってくれるけどさ~。彼だって、ずっと独り身っていうわけにもいかないじゃない?」
「でも特にお見合いの話は出てきてないんでしょ?」
「そうだけど~」
それでも不安に思ってしまうのだと、エミィは口にする。
私は生きるのに精一杯で、今まで恋をしたことなど一度もなかったから、彼女の気持ちを正確に分かってあげることはできないけれど。常に明るくて前向きなエミィが、こんなにも自信なさそうな顔をするのはこの時だけだからこそ、少しでも元気づけてあげたくなってしまうのだ。
とはいえ私に何ができるのかと聞かれると、これといって特別あるわけではない。ただ同時に、話を聞くことだけはできるから。
「今日はヴェルにも、エミィとお茶してくるってちゃんと言ってあるから。役に立てるか分からないけど、不安に思ってることがあるなら全部話して」
せめてそれだけはと、私は口にする。
「ライラ~! やっぱり持つべきものは友達だよね~!」
そう嬉しそうに言ってくれたエミィは、手元の紅茶で口を潤してから。
「実はね、先輩に縫い目の処理方法とか色々見てもらってて――」
詳細に、今どんなことをしてどんな努力をしているのかを教えてくれた。
正直なことを言うと、お針子としてどんどん先へ先へ行こうとしているエミィが、とても眩しく輝いて見えて。同時に、彼女がここまで努力できる原動力となっている恋というのは、なんて素敵ですごいことなのだろうと素直に感心してしまって。
(今はまだ、そんな余裕はないけど)
いつか私にも、その気持ちが分かる日が来るのだろうかと思いながら。爽やかな香りのオレンジティーを口に含んだのだった。