3.エミィの報告
「それで、どうだったの?」
昨日ついにエミィが恋人のご両親に会いに行く日だったので、その結果を教えてもらえることになっていた私は普段よりもずっと早く業務を終わらせて、エミィと二人カフェに入っていた。
選んだお店は、今大人気のお店というわけではないけれど。その分この時間でも混雑することはなく、すんなり席に着くことができるのがありがたい。
よく知っている場所だからこそ、二人とも注文するものも決まっていて。すぐに会話に入ることができるところも、今日の私たちにとっては魅力的だった。
「それが……」
「それが?」
じっと見つめてくるエミィの明るいブラウンの瞳を見つめながら、私は緊張からか小さく喉を鳴らす。親友の人生がかかっているのだから、緊張しないはずがないのだ。
そんな私の様子を見ていたエミィが、いつものようにニッと明るい笑顔を見せたかと思えば。
「なんと! 結婚を認めてもらえました!」
嬉しそうに、そう報告してくれたのだった。
それに本気で安堵した私は、知らず知らずのうちに力が入っていたらしい体から一気に脱力までして、ため息までこぼれ落ちる。
「よか、ったぁ~……」
「ありがとう、ライラ。私のこと、心配しててくれたんでしょ?」
「もちろんだよ! エミィが頑張ってたことも私は知ってるから、どうか報われますようにって昨日ずっと願ってたんだから!」
むしろ昨日の私はソワソワしすぎていて、ヴェルにまでどうしたのかと聞かれてしまったくらいだったのだから。本当に、全然落ち着きがなかったと思う。
「じゃあ、ライラのその願いがちゃんと届いたんだ」
「違うよ、エミィが一生懸命頑張ってたからだよ」
商家の長男との結婚ともなれば、きっと私が聞いている以上に大変なこともたくさんあったはずで。でもそれを一つずつ乗り越えてきたのは、他でもないエミィだから。恋人の支えもあっただろうけれど、それでも一番頑張っていたのはエミィで間違いない。少なくとも私は、そう断言できる。
「いやぁ、それがね。私が『スノードロップ』でお針子として働いてますって言ったら、親戚の子が『スノードロップ』の商品が大のお気に入りなのよって言われて、そっから話がすっごく弾んだんだよねー」
「え!? そんなことってあるの!?」
「だよねー、驚きだよねー。私だって驚いたもん」
実際エミィの恋人も、そのことは初耳だったらしく。そこからはお店の新商品の説明や、親戚の子の見た目や好みの話になって、大いに盛り上がり。そしてあの『スノードロップ』で働いているのならば問題なんてないだろうと、結婚を許可してもらえたのだとか。
「いやぁ本当に、先にオーナーに確認しておいてよかったって思ったよ」
「そっか。そうじゃなかったら、言えなかったかもしれないもんね」
「それにただのお針子ですって言うよりは、どう考えても『スノードロップ』の名前を出したほうが強かったからね。本当に『スノードロップ』様様ですよ」
エミィが言うには、今一番勢いがあると言っても過言ではないお店のお針子というところが、きっと商家としても価値があると思ってもらえたのだろうということだけれど。それでもエミィ自身の性格やその後の対応も含めて、全てが認められたからなのではないかと私は思う。
「ってことで、私はまだまだ『スノードロップ』のお針子として働いてても大丈夫そうなんだよね」
「よかった~。もしこれでエミィが辞めちゃうってなってたら、すっごく寂しいもん」
「大丈夫! 私今の仕事好きだから、結婚して子供を産んでも続けるつもりだよ!」
「それは嬉しいけど、ちゃんと体を休めてからじゃないとダメだからね?」
このままの勢いだと、本当に彼女は産後すぐに職場復帰してしまいそうだから、一応そこは止めておく。それに子供の手が離れるまでは、ちゃんと一緒にいてあげてほしいし。
「オーナーの助手に直接そう言われちゃったら、休まないわけにはいかなくなっちゃうんだけど」
「それ以前に、たぶんオーナーが許してくれないと思うよ。ちゃんと休みなさいって、怒られるんじゃないかな」
「うわっ、すっごい想像できるんだけど……!」
そもそもオーナーは、母親に女手一つで育ててもらった人だから。そういうところで無理させるようなことは、きっと本人の性格的にも許せないのではないだろうか。
そうでなくても女性用の服を手掛けているのだから、普通の男性よりも女性のことを考える時間は長いだろうし、もしかしたらこれがきっかけで妊婦用の服や子供服にまで手を伸ばすかもしれない。
(あ、すごくありそう)
嬉々として子供服を作っている姿が容易に想像できて、ついクスリと笑ってしまった。
そんな私の様子に気付いたわけではないと思うけれど、オーナーに怒られている未来を想像して頭を抱えていたエミィが、ふとこちらに視線を向けてきて。
「そういえば、ライラは?」
「ん? 何が?」
「恋人とか、好きな人とか、いないの? 一回もそういう話、聞いたことないんだけど」
そんなことを、真っ直ぐに聞いてくるから。
「こっ……!?」
驚いて、つい過剰に反応してしまって。同時に頭の中に思い浮かんだ人物の顔のせいで、一気に体温が上がってしまった。
「だって、いっつも私の話を聞いてもらうばっかりだったなーって思って」
「そ、そうだけど」
「だから、そういう人はいないのかなーって思ったんだけどさ」
「う、うん」
さてどう答えるのが正解なのだろうかと、頭の中だけで必死に考える。一応恋人がいることは公言していいと、オーナーとは話し合って決めていた。その相手が誰なのかが分からなければ問題ないのだ、と。
ただ、親友にどこまで黙っていられるのかも分からなくて。どう話せばいいものかと、顔に出さないように気を付けようと意識していたのだけれど。私は一つ、この時点で認識を間違っていたことに、直後に気付かされることになる。
「……ライラ、いるでしょ。好きな人」
「ぅえぇ!?」
どうして分かってしまったのだろうかと、本気で驚いてエミィを見ると。彼女は得意気な顔をして、ふふんと笑う。
「何年親友やってると思ってるのー? 急に焦り出したってことは、そりゃあもう確実にいますって言ってるようなものなんだからね」
「うぅぅ……」
しかもエミィは、私よりもずっと長い間恋をしていたわけだから。恋愛初心者の私よりも、そういったことを見抜く目はずっと鋭いのだろう。
「で? で? どんな人なの?」
「え、っと……」
このあとは結局、答えられる範囲でエミィの質問に返答する時間になってしまったのだけれど。以前よりもこういった話が楽しいと思えるようになったのは、私も恋をしたからなのかもしれない。
ただ、一つだけ困ったことがあるとすれば。
「ね~ぇ~。会わせてよ~」
「そ、それはちょっと……。聞いてみないと分からないから、ね?」
「えぇー!」
素の姿しか紹介することはないとはいえ、よく見知った人と同一人物なのに会わせてしまって大丈夫なのかと、心配になってしまって。
(今度、ちゃんと確認しなきゃ……!)
こればっかりは私一人では答えを出せないからと、この場では問題を先送りにするしかできなかったのだけは、仕方がなかったと信じたい。




